07.04
私と朝日新聞 津支局の19 支局長の人格
そろそろ津市を去る時が迫ってきた。しかし、その前にあと3つだけ書いておきたいことがある。今日はそのうちのひとつ、M支局長についてである。
私は津支局に3年半いた。その間、支局長は替わらなかった。つまり私は、たった1人の支局長としか付き合わなかった。
その支局長は支局員のほぼ全員から嫌われていた。部下が上司を嫌うのは日常茶飯事である。しかし、支局員がM支局長に向ける目には蔑みが混じっていたことが特徴である。ああ、哀れな人間だな、と。
津支局は3階建てだった。1回は仕事場、2回は会議室など。そして3階は支局長住宅である。1階の仕事場では夜な夜な、というほど麻雀牌の音がした。音がし始めるのは支局長が1階での仕事を済ませて3階に昇っていった後である。
「いなくなったよ」
「もう降りてこないかな」
「牌の音を聞くと『俺も入れろ』と降りてくるから、静かにな」
先輩記者がそんなひそひそ話をしながら麻雀卓を引き出し、麻雀牌をできるだけ音を出さないようにかき混ぜる。チー、ポン、という声も抑え気味である。
みんな支局長と麻雀卓を囲むのが嫌なのだ。何故なんだ? 赴任した頃の私には謎だった。M 支局長は何故嫌われるんだ?
「おい、知ってる?」
といったのは先輩記者だ。
「あいつ(支局長)さ、住宅の方に冷蔵庫を置いてないのかな。自分のものを1階の仕事場の冷蔵庫に入れてるんだよ」
それだけでも、やや敬遠したくなる人柄ではある。
「そしてさ。自分のものにはパンでも牛乳でも自分の名前をマジックインキででかでかと書いてるんだぜ」
つまり、職場の冷蔵庫に入れているが、これは俺の私物である。手を触れるな、ということなのだろう。
人の上に立つ人のすることではない。百歩譲って、何か事情があって仕事場の冷蔵庫を使うことには目をつむってもいい。しかし、そんな場合は
「ここ俺の食料を入れておく。牛乳もあるしジュースも入れておいた。みんなも腹が減ったら食って、飲んでいいぞ」
とでも仁義を切るのが上司ではないのか?
それからしばらくして、さらなる出来事が起きた。
「昨日のことだけど、冷蔵庫を開けたらジャムの瓶が落ちてね。割れちゃったのを見たら『〇〇』って支局長の名前が書いてある。あ、こりゃいかんと思って、今朝1番にデパート(当時、津市にはデパートが1軒だけあった)に行って一番高いジャムを買って冷蔵庫に入れておいたんだわ。スーパーなんかで買うと、『こんな安物!』っていわれかねないからさ」
普通なら「ごめんなさい。私の不注意でした」で済む事故である。そもそも、冷蔵庫の扉を開けた瞬間にジャムの瓶が落ちたのは、落ちるような入れ方をしたからである。そんな入れ方をしたのは支局長ではないか。この先輩記者には責任はないはずである。
しかし、この支局長の下では「ごめんなさい」は通用しないと、この先輩は考えた。そして、スーパーで売られているジャムでは2次災害が起きると考えた。
部下としてこまで配慮すれば、普通は一件落着となる。ところが落着しなかった。
「それでな。昼過ぎに顔を見たから、実はこういう事情で支局長のジャムの瓶を割ってしまった。申しわけないと思い、今朝、デパートで一瓶買ってきて冷蔵庫に入れておきました。済みませんでした、って謝ったんだよ。あいつ、何と言ったと思う?」
何と言ったのですか?
「このジャム、美味くないな、だってさ」
こういう人である。こういう人が人の上に立つと嫌われ、蔑まれても仕方がないと私は思う。
ケチであるのは個人の自由である。しかし、人の上に立つ以上、上司としての気配りは必須だ。それに欠けていれば単なるケチではなく、ドケチになる。
合わせていえば、ドケチを支局長という相応しくない役職に就けるのは間違いである。何か情実でもあったのか?
この支局長にはひとつだけ自慢があった。本人によると、愛知県教育委員会に食い込んでいたというのだ。
「それでな、俺が新婚旅行に出て何日目だったか、突然会社から『すぐに帰ってこい』と連絡が入ってな。何でも県教委人事の取材が山場に来た。戻って来て取材してくれというんだわ。しょうがないから、新婚旅行を打ち切って名古屋に帰ったわ。アッハッハ」
悲しいことに、そんな取材が大事だと考える朝日新聞記者がいた。そんなつまらない取材を得意とした朝日新聞記者がいた。どっちみち、すぐに発表される人事をちょっとばかり先に書いて何になる? それも、新婚旅行を打ち切って!
残念だが、それが朝日新聞に関する事実の1つである。
この支局長に、私は1度も賀状を出したことがない。それが彼に対する私の評価である。ほかの支局員は出していたのだろうか?