2023
07.06

私と朝日新聞 津支局の21 社員差別問題

らかす日誌

津支局の最後は、ちょっと良くて、あとで悪くなった話である。

私が入社するずっと前、朝日新聞記者には2つの階級があった。入社試験を受けて正規入社した記者(確か、練習生とかいったと、入社試験を経ずに入社した記者である。
というと、何だかおかしな会社に聞こえるが、朝日新聞でアルバイトをしていて優秀さがが目にとまり、

「君、朝日の記者にならないか?」

と声をかけられた人がいたのである。
記者になる資質を入社試験で測ることができるものなのかどうか。東京本社編集局長室にいる偉いさんでも、たった1人しか足切りラインを越えられなかったほど難題ばかりのペーパーテストは、記者としての資質を見出す役に立っているのか?
そう考えれば、新聞社でアルバイトをしている学生の中から、資質があると思える人に入社を促すのは、採用の一方法だと思う。あってもいい。

ところが、差別があった。
朝日新聞で記者として働くと、基本給と時間外手当が出る。私が入った頃は同じ日にまとめてもらうようになっていたが、ある時代まで、基本給と時間外手当が別の日に支給されていた。
差別はここからである。非正規に入社した記者には、時間外手当が出なかったのである。
当時、給与、時間外手当は支局長が手渡していた。

「だからな、時間外手当が出る日は、夕方になると非正規入社の記者はコソコソという感じで支局を出て行ったもんだ」

と話してくれたのは、津支局のデスクであった。彼も非正規入社である。コソコソ出て行った方だ。

同じ仕事をしているのに、この差別は許せない、と労働組合が立ち上がった。会社側と協議を続け、

「原資がないというのなら、我々正規入社組の給与を減らしてもかまわない

とまで会社側に迫ったらしい。その結果差別はなくなり、全員が同じ日に、時間外所得を含めた給与を支給されるようになったそうだ。

この話を聞いて、私はすっかり嬉しくなった。差別のない会社。良識が通じる会社。誰に向かっても

「私は朝日新聞の記者である」

と胸が張れる。

ずっとそう思っていた。朝日新聞への認識が変わったのは55歳を過ぎてからである。
私はデジタルキャスト・インターナショナルへの5年間にわたる出向を終え、事業局に所属した。社内に置かれた喫煙室(いまは全廃された)でタバコをくゆらせる時間は、他局の人たちとの交流の時間でもある。その場には、愛煙家の若い女性たちも顔を出した。

「君たち、どこで働いているの?」

「電子電波メディア局です」

「アルバイト?」

「いえ、派遣です」

ギョッとした。朝日新聞が派遣労働者を使っている!
企業が派遣楼走者を使う狙いは、人件費の削減である。

朝日新聞社員として働けば、社内規定に沿って給与と時間外手当が支払われる。私が知っていた例外は学生アルバイトだけだった。編集局にも多数いて、部長、デスク、記者の命でコマネズミのように動き回っていた。
学生アルバイトなら問題はない。いずれ彼らは大学を卒業し、社会人として旅立つ。それまでの間、アルバイトをするのは社会勉強、小遣い稼ぎ、生活資金の補填など様々な理由があろうが、社会人になるまでの話でしかない。
それに、朝日新聞のアルバイトは給与がかなり高かったらしい。アルバイトの中にはほとんど学校に行かず、朝日新聞で寝泊まりし、夕刊番(夕刊を発行する作業をする間のアルバイト)、朝刊番を連続してこなして

「この間、学生アルバイトに酒を飲ませたんだよ。慰労してやろうと思ってね。でも、話を聞いて頭にきた。あいつ、夕刊、朝刊とほぼ毎日連続して働いているだろ? 聞いたら、毎月の手取りが俺より多いんだわ。何で俺が馳走しなきゃならんのだ!」

という強者もいた。中には朝日新聞のアルバイトに味を占め、大学を中退する連中まで存在したほどである。

だが、派遣労働者は違う。彼らはすでに社会人なのだ。それを学生アルバイトと比べれば見劣りする給与で働かせる。紙面では非正規雇用の問題点を種々指摘しながら、その新聞を発行している会社は、非正規雇用を使って人件費を押さえ込む。2枚舌といわれても、反論することは難しいはずだ。

無論、この間、新聞の経営環境は大きく悪化した。何とか利益を確保しようという窮余の策だったのかもしれない。しかし、

「朝日で働く者は同一の賃金体系のもとにある」

という原則を放り出し、朝日新聞はどこにでもある収益第一の企業に落ちぶれた、と私は受け取った。朝日新聞は碑石入社組の待遇を正規入社組と横並びにした精神を忘れてしまったのである。
私は、自分に会社に対する敬意をなくした。

付け加えれば、派遣労働者の問題を朝日の労働組合が取り上げて会社側と交渉したという記憶は、私にない。組合も劣化したのだろう。
ああ、どこに行く、朝日新聞?

念の為に書き添えておくが、給与体系の一元化で、非正規入社組の差別待遇が完全に一掃されたわけではない。
非正規入社の方々は、主に地方要員とされた。取材網の末端である支局、通信局勤務という地方取材を任されたのである。
記者たるもの、一度は中央で取材をしてみたい。せめて、輪転機のある本社(全国に4つある)で働きたい。非正規入社の記者が本社で働いた例がないわけではない。だが、正規入社ならほぼ100%、その望みは叶えられるのに対し、非正規入社組は余程の実績をあげなければ、そういう機会を手にすることができなかったのも事実である。

まあ、そこまで同じにしてしまっては、難しい入社試験を課す意味がなくなってしまう。では、入社試験を全廃して社員の推薦がある若者だけを採用の対象にするもの、情実がからんで難しい事になるだろう。
そうすればいいのか。私には答の持ち合わせがない。新入社員の採用とは、難しいものである。