07.08
私と朝日新聞 岐阜支局2 長良川は溢れるか
PANTAが死んだ。
頭脳警察のPANTAが身罷った。
横浜の我が家に遊びに来たPANTAが消え去った。
ビートルズのコピーをしようかと思っているというPANTAに、海賊盤を数十枚あげた。
マーティン・スコセッシのブルース・シリーズもコピーして渡した。
近くの「火の国」で絶品の豚骨ラーメン、チャンポンを一緒に食った。
桐生まで遊びに来たPANTAが没した。
肺に影が出たのでタバコをやめたといっていたが、その甲斐もなく肺がんで逝っちゃった。
桐生でコンサートを開き、「招いてくれた大道さんのため」と、「さよなら世界婦人よ」を歌ったPANTAが他界した。
あれは名曲だなあ。
学生時代に行った能古の島の徹夜コンサートで頭に巻いていたバンダナが格好良かった、といったら、「あれは額に湿疹ができていて、それを隠すためだった」と話したPANTAが幽明境を異にした。
合掌。今日はPANTAを聴く。
という次第で、岐阜支局である。
支局員は毎日交替で支局に泊まり込む。深夜、早朝に発生する事件への備えだ。
赴任から間もない4月21日早朝、支局の宿直室で眠りを貪っていた私をけたたましい電話のベルが起こした。時計を見る。まだ7時前である。何かあったか?
「はい、朝日新聞岐阜支局ですが」
「ああ、読者なんですが」
「ご愛読、ありがとうございます。何かありましたか?」
「ええ、今日の朝刊なんですけどね。アユの放流の記事が出ていますね」
出ている。だって県庁担当の私が書いた記事だからだ。
「放流量が62万トン、ってあるんですが、長良川に62万トンも放流したら、川が溢れるんじゃないかと思いましてね」
えっ、何言ってんだ、この人? 瞬時読者を疑った。長良川が溢れるはずはないじゃないか。しかし、62万トン。川が溢れるか? ……ひょっとしたら溢れるかもしれないな……。
「ありがとうございます。調べ直してご連絡します。ご連絡先を教えてくださいませんか」
「あ、いいですよ、連絡なんかして頂かなくても。ちょっと気になって電話をしただけですから」
こうして電話は切れた。私はベッドから飛び起きると1階の仕事場に駆けつけた。前日、岐阜県庁で配布された広報資料を鞄から引き出す。
「確かに62万トンと書いてあったはずだ。しかし、それだと川が溢れる……」
見た。62トンと印刷してあった。おい、「万」はどこへ行った? いや、あの原稿を書く時、「万」はどこからやって来た?
やがて出勤してきた松本でデスクに報告した。
「私の思い込みで『万』を付け加えたようなんです。それを見たある読者が『62万トンも放流したら長良川が溢れませんか』と今朝電話をしてきて……」
叱られる、きっと叱られる。
が、松本デスクはいった。
「洒落た読者だねえ、長良川が溢れませんか、なんて。で、連絡先は聞いたの?」
「聞いたけど教えてもらえませんでしたでも、どうしましょう?」
「訂正を出すのが原則なんだろうが、もう1回アユの放流の記事を書いて、知らん顔で正しい数字を入れておくという手もあるよ」
こうして私は、鮎の放流の記事を2度書いた。1つ目は、問題の「万」を付け加えてしまった記事で、見出しは
「62万トンを放流 今年度の県下の稚アユ」
4月21日の記事である。
そして翌22日朝刊には
「異常率大幅に減る アユの種苗生産 県水産試験場実用化に見通し」
という記事が掲載された。その記事は
「アユ解禁も目前。今年も、各漁協が買い入れた琵琶湖産のアユ約62トンの放流が始まっているが」
と始まっている。
しかしなあ、原稿は支局長かデスクの目を通っているし、名古屋本社には校閲部もある。紙面のレイアウトをする整理部員だってこの原稿は読んだはずだ。だれも
「62万トンも放流したら長良川で洪水が起きる!」
とは気付かなかったのか?
まあ、書いた私が最大の責任者であることには違いないが……。
苦い想い出。でも読者から受けた電話思い出すと、にやりとしたくなる失敗記である。