2023
07.16

私と朝日新聞 岐阜支局の10 しつこいようだが、また長良川河口堰

らかす日誌

どこかに行ってしまったと思っていた記事が見付かった。「岐阜支局の7」で書いた「比較的長文の解説」。そうそう、上京してきた後輩記者が持ってきたというアレである。

懐かしくて読み返していたら、懐かしくなって転載したくなった。入社から4年ほどで、私はどんな記者になっていたのか。

根本問題なお未解決
 下流部しゅんせつ
  まだない具体策
   利水面でも欠ける理念

 上松岐阜県知事が13日、水資源開発公団の山本総裁と会ってゴーサインを出したことで、長良川河口ぜきは建設に向かって動き出す。“見切り発車”の感が強かったとはいえ、これで法的には着工を阻むものはなくなり、公団はすぐにも着工の準備にかかる方針。しかし一方では、2万5000余人の建設差し止め訴訟を中心とする反対運動が続き、河口ぜきの治水面として強調されている下流部のしゅんせつについては、その計画さえまだ出来ておらず、また利水面でも、本当にいわれているほどの水が必要なのか、あるいは沿岸住民の不賛成を積み残したまま大量の水の確保に走るのがこれからの社会のあり方として望ましいのか、など根本的な問題が未解決のままになっている。
 河口ぜきが建設されるのは河川敷内、建設省が管理する土地であるため、民有地の買収をめぐって対立した成田空港のようにはならない。原子力発電所建設問題のように消滅する漁業権もない。また、公団は着工前に補償問題を解決する必要もない。知事のゴーサインが出たことで、すぐにでも着工できる条件が整っている。
 本体着工までの準備にかかる期間が約半年。着工は渇水期にする必要がある。こうしたことから、将来の利水計画をもとに早期完成を目指す公団は、来秋にも着工の意向だ。
 法的、技術的な問題は取り除かれた。しかし、残された問題は多い。河口ぜき建設の最大のねらいと説明されている治水=下流部のしゅんせつもその一つだ。せき本体については詳細な計画がある。が、しゅんせつについてはないに等しい。反対派が「しゅんせつは利水の隠れミノ」と反論する理由の1つである。
 大まかなものはある。しゅんせつ土砂は河口から30㎞地点まで計3200万立方メートル。17.2㎞地点の河床を一部残して塩水のそ上を食い止める潮止めとし、残りの部分は本体完成までにしゅんせつ、完成後に潮止めの部分も取り除く、という。が、どこから着手するのか、予算は。また莫大な量の土砂をどうするのか、など基本的な部分についての具体的プランがない。
 差し止め訴訟で原告側の訴訟代理人をしている清田信栄弁護士は「土砂のうち700万立方メートルは流れと堤の間のふだんは水が流れないブランケット部分に使うという。しかし残りの2500万立方メートルはどうするのか。埋め立てぐらいにしか使えないが、10トン車に積めるのは6立方メートルだから、ざっと420万台分。実現不可能なプランじゃないですか」
 また、完成までの間、河床の一部を残して潮止めに使う点をとらえて、こうもいう。「それで塩水が止まるのなら、河床を残せばせきはいらないはずだ。しかも、それで治水上も安全なことは裁判の鑑定でも明らかにされている」
 一方、利水面でも問題がある。水はそんなに必要なのだろうか。河口ぜき計画の基本になっている木曽川水系の水需要計画は、48年3月に閣議決定された。高度成長の絶頂期である。長野、岐阜、愛知、三重4県で、60年度に必要とされている水は毎秒120トン。対して、供給計画は毎秒84トン。この中に長良川河口ぜきで生み出される毎秒22.5トンも含まれている。
 だが、オイルショックを境に、それまでの「水は使い捨て」時代は去った。理念だけではない。現実に水の使用量も減っている。例えば愛知県。45年1月に立てた60年度目標の水需要は、年間64億330万トン。それが51年3月の見直し作業で49億7700万トンに下げた。三重県も51年、それまでの水需要見通しを減らした。水道水用は46年3月に立てた60年の需要見通しが日量で101万8000トン。それを51年には88万—91万トンへ。工業用水需要は日量544万5000トンを255万—321万トンへ、半減させている。全国レベルでも、同じ作業が国土庁の手で進められている。
 「工業用水はしばしば予期した契約数量を得られないで遊休化している」と指摘する高橋裕東大教授は、その著書(岩波書店「現代都市政策Ⅷ」)でこういっている。「一時的な便宜のみにとらわれて、水循環の分断のままに委ねることは、やがては別の形で水は分断に復讐するに違いない」。また「早計に川を捨ててはならず、その復元こそ検討すべきである」

反対派住民 公団・岐阜県
しゅんせつで、いわれている通りの治水能力が出るか疑問。せきで川の水を止めると洪水時の危険性が増す。公団や県は「三者択一」の論理を使うが、3つを組み合わせればいい。河口から17.2㎞にある河床の出っ張りが塩水のそ上を止めており、しゅんせつ後も隠れぜきとして使うのもいい。洪水時の安全性は裁判の鑑定で出ている。 治水 長良川の水害を防ぐには、下流部で毎秒7500トンの水が流れるようにする必要がある。引き堤、堤防のかさ上げ、しゅんせつの3つの方法があるが、費用や人家の立ち退きが必要になることから全2者はとれない。しゅんせつをすると塩水がそ上して塩害が発生する恐れがあるので、河口ぜきで塩水を止めなければならない。
塩害発生のメカニズムは明らかでなく、かつて長良川の河床が低かったころにも高須輪中などで塩害は出ていない。万一出るとしても、水面下に潮止めぜきを作れば解決する。また、三重県桑名郡長島町では、多様な多様な塩害防止策で効果を上げている。塩害論は“河口ダム”を作るための口実に過ぎない。 利水 下流部の河床をしゅんせつすれば、現在河口から17㎞までそ上している塩水が28㎞にまで上がるようになる。そうすれば塩害の被害が広がる恐れがあるので、河口ぜきを作って5.4㎞地点で塩水を止める。被害の恐れに対し、事前に対策を講ずるの派業績の責任だ。
ふ化したアユは海に入るまでは体内の栄養だけで生きているが、せきができれば川の流速が遅くなり、海に着くまでに栄養を消化しきって死ぬ。降下や上を助けるため様々なアイデアが出されているが、どれも効果はないか、あっても微々たるもの。アユ漁は打撃を受け、アユも住めなくなった川は人間もしっぺ返しをする。 アユ せきに魚道を作るなどの対策を考えており、大部分のアユの降下、そ上には影響はない。少なくなった分については、現在種苗生産の技術を開発中であり、それで補う。また、しゅんせつ・河口ぜき建設は治水が主目的であり、人命の尊重さを考えた場合、ほかの動植物に多少の影響が出てもやむを得ない。
地下水圧が高まれば、ほぼ海抜ゼロメートル地帯である輪中地域は自噴水の多発、流域の湿田化、内水排除の困難化は避けられず、水害の危険とともに死活問題だ。建設省も、公団がいうような対応策ではこうした問題は防げないといっており、不安は消えない。 湿田化 河口ぜきで上流部の水位が常に高く保たれ、地下水圧は上がるが、まず堤防に沿った川側に幅50—70mのブランケットを作り、川の流れを遠ざける。さらにその反対側には堤防沿いに承水路を、堤地内には排水路を設け、浸み出た水はこれで受けて流すなど、万全の対策をとる。
オイルショック以降水需要は減り、河口ぜき計画の基本の48年3月閣議決定の水需要計画見直しも進んでいるはず。水も有限の資源であり、「水の使い捨て」の考えは改める必要がある。きれいな水が工業用水として使われ、汚されて伊勢湾に入れば、伊勢湾の汚染も進む。地盤沈下対策など論点のすりかえだ。 利水 河口ぜき65%は利水が目的。現在は確かに水需要は減っているが、正体の下流部の人口増、工業開発などを考えると、水は確保できるうちに確保しておかねばならない。地下水のくみ上げによる地盤沈下対策でもある。岐阜県の発展は下流域の発展と密接な関係があることも忘れてはならない点だ。

いやはや、自分で書きながら、一部分かりにくいところもある。例えば「ブランケット」。ネットで検索すると、「堤外地の透水層上に不透水性の土やアスファルトなどを用いて表面を被覆する方法」とある。この程度の解説は加えておくべきだった。筆者が読み返しても

「これ、なんだろう?」

と首をひねるのだから。
高橋裕東大教授も難解だ。著書から引いたらしいので(こんな本、読んでいたんだな!)仕方がないが、

「一時的な便宜のみにとらわれて、水循環の分断のままに委ねることは、やがては別の形で水は分断に復讐するに違いない」

とは、自然は自然のままに放っておけ、ということか。長良川の水害訴訟を深く知りたくてわざわざ福岡まで行って聞いた信玄堤がやっぱり理想らしい、と読み取ったいまの私である。

この切り抜きを持って上京してきた後輩記者は、この訴訟の上告審を担当していたのだろう。しかし、私がこの解説を書いてからそれまで10数年はたっていた。その間、この程度の解説を越える解説は誰も書かなかったのか?
ふむ。