2023
07.27

私と朝日新聞 岐阜支局の21 子ども見つけた、の10 背筋力よいしょ

らかす日誌

背筋力よいしょ
 目立つ異常な低下
  町ぐるみで強化運動に

上矢作の町を歩けば、たちまち「背筋力」ということばにぶつかる。「ハイキンリョク」と保育園児が口ずさむ。それは過疎の山村の“流行語”になっている。
下原田小学校の校庭の桜の木には「サルの群れ」が出没する。高さ3、4mの木のまたに1年生が1人、2人。サルのように枝を伝う。
担任の山内和子先生が一度、木登りをやらせてみたのがきっかけ。林業の町なのに、子どもが木に触れようともしないからだった。
   ▇木登り競争に発展
それが、子どもだけの木登り競争へと発展する。「あっ、危ない」といいたくなるのをこらえて、山内先生は見守った。ズリ落ちないよう、枝にすがりついている。腕や足に力が入る。命がけの顔つき。そうして、自然にコツを会得した。いまでは全員がサル並だ。だれもが、もっと背筋力をつけるには何をしたらいいか、を知りはじめている。
上小学校の、のぶお君は2年生のとき、ふとんの上げ下ろしを始めた。毎朝、押し入れの上の段まで、ふとんを持ち上げるとき、つい声が出た。「背筋力よいしょ」。4年になって、ベッドが入った。代わりに、部屋の掃除が日課になった。
恵那郡上矢作町。奥三河と信州に接する町で、なぜ背筋力が。
その答えは50年夏、町に診療所ができたときにさかのぼる。大島紀玖夫医師(現上矢作病院長)と先生たちの間で「子どもの危機」が話題になった。どちらともなく「最近の子どもはヘンだ」。これまで、学校は心を、病院は体だけをみていたのではないか。子どもをつかむには心と体の両面が必要だ。1年後「子どもの心と体部会」が生まれた。とくに、異常に低下している背筋力に目をつけた。
それは、人間が人間であるための大事な筋である。弱ると、立つことがおっくうになり、働く意欲も失う。大げさにいえば、人類の危機……。
   ▇自分の体は自分で
病院の診察室に張り紙が出たのも、間もなくのことである。
小学生の子どもたちへ——
「1人で診察室に入り、自分の身体の具合の悪いところをはっきりといって下さい」
自分の体を自分でコントロールできる子になってほしい。そんな思いからだった。
初めは、どちらにも戸惑いがみえた。子どもはカーテンの方をチラチラ見た。親は外でそわそわした。親がしゃべりまくり、子どもは親にまかせっきり。それが以前の姿だったから。しかし——
「かぜ」「せき」。単語ばかりだった子どもが、変わった。
2年生のすすむ君はある朝、1人で病院に来た。「2日前からせきが出て、そのせいか胸が痛い。熱は36度8分。喉も痛い」。先生の質問に答えつつ、正確に自覚症状を表現した。
   ▇ぞうきんがけ復活
町の4つの小中学校で、ぞうきんがけが復活した。病院に張り紙が出たころだった。いま、どの教室も、廊下も、油気がとれて、白い木の色がのぞいている。
先の秋の運動会は、どの学校も、まさに「背筋力大会」だった。親と子が15㎏の砂袋をかつぎ、走った。竹馬の玉入れもあった。すっかり「背筋力の町」になっていた。
同じころ、各校でそれぞれ背筋力調査をした。どこでも1年前より、また伸びていた。背筋力は全国的に下がる一方だが、少なくとも、上矢作は歯止めがかかっている、と病院や学校の先生たちは見ている。
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上矢作の特徴は①背筋力を“戦略”の中心に据えた②学校、病院、地域がかみ合った③必要なことはすぐ調査し、わかったことは即実行した④大人はあくまで“黒衣(くろこ)”、などである。
「子どもの心と体部会」は、2年余の間に膨大な調査をこなした。背筋力、疲労度、生活、栄養、運動機能……。それらを繰り返し、さらに背筋力と疲労度の関係を調べるなどあらゆる角度から子どもに迫った。
わかったことは、大まかに次の点である。
中学生の背筋力は4年間(47—51年)に約3割低下した。子どもの疲労度は農繁期の農家の主婦並みで、とくに朝の疲れが激しい。背筋力の低い層は疲れやすく、偏食が多い。また生活補導を受けた例もかなりある。
瞬発力でなく、力を長く保つことが本当の背筋力ではないか。背筋力計を改造して、持続力を調べた。比較するデータがないが、よく働き、活発な子は持続力が長く、飽きっぽい子は短い——そんな傾向が読み取れる。(1979年1月12日)