2023
07.28

私と朝日新聞 岐阜支局の22 子ども見つけた、の11 秘密

らかす日誌

秘密
 自発的に月を観測
  先生の休んだ日に相談

11月17日朝。前の日、頭痛で休んだ畑中世理子先生(48)は、子どもたちの顔を見るのを楽しみに、3年2組の教室に向かった。古い校舎の2階だ。
戸の前に立つと、話し合いをしているような声が聞こえる。「元気なようだわ」。ガラッと戸を開けた。すると——
   ▇みんな席でシーン
シーン。みんな席について口をつぐんでいる。
「何やっとたの。教えてよ」
「ダーメ。来週の火曜日の5時間目まで待ってよ、先生」。それ以上聞いても、だれも答えてくれない。
翌朝、教室の前まで行くと、やはり話し声。戸を開けるとシーン。「教えてよ」。「ダーメ」
隠されると知りたくなる。次の朝、先生は、子どもたちの裏をかこうと、後ろの戸から入ってみた。やはり同じ。「どうしてわかったの」。「だって、先生が来るの、見張っとったもん」。“敵”のガードは固い。先生はあきらめた。
そして、その火曜日。
給食が終わった昼休み、美絵ちゃんが来た。「先生、先生に秘密を作ることはいややった。いま、こっそり教えてあげるで、みんなから聞いたときは、初めて聞いたような顔してびっくりしてね」。気持ちはうれしかった。でも「先生ね、初めて聞いたような顔はできんで、がまんするわ」仲間割れさせたくなかった。
   ▇ノートを積み上げて
5時間目。「やっとこさ、約束の時間やよ。何やの」。子どもたちが、ノートを持って教壇にかけ寄った。それを積み上げる。「何よ、これ」。「月の観察ノートやよ」。「どうしてこんな研究したの」
「先生を心配させんとこ、思うてさ」
「心配させると、また頭が痛くなるやろ」
胸がいっぱいになった。「……ありがとう。先生、幸せやな」。教員生活28年。こんなにすてきな贈り物は初めてだ。
子どもたちは——
32人みんな、畑中先生が大好き。けなさないでほめてくれる。すると、何か自信がわいて来る。いま、みんなが“乗ってる”日記の回し読みも、先生のアイデア。仲間同士で批評したり、認め合ったり。不思議なことに、日記が大好きになったし、友だちのいいところがわかって来た。毎日、自分たちで日記のチャンピオンを選ぶけど、「私、なったことあるで、なったことのないあの子を選んだって」という子も出て来たんだ。
   ▇先生を心配させん
その畑中先生が、頭が痛い、と休んだ。その日、麻紀ちゃんがいった。「授業でやった月の観察ノートをみんなで作らへん。先生を少しでも心配させんように」
ブツブツいう子もいたけど、「勉強すりゃあ、先生が安心する」が効いた。観察時間は7、8,9時。その夜から。ノートは毎朝、始業前に朝紀ちゃんが点検。先生をびっくりさせるため、火曜の5時間目までは「秘密」の約束だ。
翌朝、先生が教室に来た時、実は観察ノートを忘れてきた子に、みんなで理由を聞いていた。そこへ戸がガタガタッと開いたんで、すぐに席に飛んで帰ったんだ。ばれては面白くないから。聞かれても「火曜までダメ」っていっておいた。
3日たったら、もう忘れる子もいなくなって、見張りもいらなくなった。
火曜日の5時間目。本当は冬休みまで秘密にしておきたかったけど、約束だから教えてあげた。そしたら、先生はしばらく何もいわんで、やがて「幸せやな」といった。
泣きそうな顔やったよ。
✖️     ✖️     ✖️
いくつもある子ども批判の中で、とりわけ一線の先生たちの口をつくのは「進んで何かをやろうとしない」「自分の意見を持たない」」「1人ひとりが孤独で、思いやりに欠ける」などだ。
そうした主体性、協調性のなさ、生きがいの喪失、精神的な孤独が、激増する青少年の自殺につながっている、といわれる。52年中の全国の自殺者のうち、小学生13人、中学生103人、最低年齢は9歳(警察庁まとめ)。
教室の後ろで、級友が泣いているのに、だれ1人近寄ろうとしない。クラスの優等生の転校を聞いて、胸の中で手をたたく。こんな冷えびえとした話が県下の小学校でもあった。
見た目には友だち同士でも、裏に回ると、互いに中傷し合ったり、1人ひとりがひどくさびしい。「人間関係が希薄になってきた」と県下のある先生は、今さらのように危機を受け止めている。(1979年1月13日)