2023
09.06

私と朝日新聞 東京経済部の6 方針原稿

らかす日誌

さて、私は通産省担当としてどんな仕事をしたのか。
スクラップをめくると、マクロ経済の動き、その中での通産省の役割などほとんど知るはずもない私でもそこそこ記事は書いていたようだ。その程度の記者でも、何となく記事らしきものは書けるということの証明でもある。

通産省担当になって最初に書いた記事は4月4日付朝刊だから、担当して3日目には早くも記事を書いたらしい。

「カナダも昨年度並み 車輸出規制で通産省方針」

の見出しがついた42行の記事である。

「カナダ向けの乗用車輸出規制について、通産省は3日、今年度(4月—来年3月)の自粛枠を昨年度と同じ17万4000台とする方針を固めた」

と書き出していいるから、特ダネのようである。もっとも、この程度の記事は、抜かれた他社が追いかけてくることはまずなく。だから「独自ダネ」と呼ばれていたが。

それはいいとして、ご注目いただきたいのは書き出しの最後にある「方針を固めた」という書き方である。これは、通産省がこうしたいと思っている、というだけのことで、「決めた」あるいは「決まった」のではない。つまり、この数字で国内自動車メーカーの了解をこれから取り付け、まとまればカナダ政府に通告するというだけのことで、自動車業界が了解しなければ再調整となって数字は変わるし、カナダ政府だってこの数字を受け入れてくれるかどうかも不明ないのだ。つまり、世の中の動きを伝える記事ではなく、通産省の頭の中を書いただけの記事なのである。あまり社会的意味はない、ともいえる。

こうした原稿を「方針原稿」といった。スクラップをさらにめくると、

「太陽光発電を輸出の花形に」
「新産業として育成」
「利用拡大へ青写真づくり」
「通産省方針」

「国立の研究機関」
「海外の頭脳採用」
「摩擦解消の一環」
「通産省方針」

「国産衛星で資源探査」
「60年代初めを目標に」
「通産省方針」

「資源衛星、共同開発で」
「サミット 米欧に提案の方針」

出るわ、出るわ。「方針原稿」のオンパレードである。

当時の霞ヶ関官庁担当に求められたのは、担当役所が何をしようとしているのか。役所の「頭の中」を他に先駆けて記事にすることだったのだ。特に、通産省にその傾向が目立った。本当にそうなるかどうか分からない話を大きな記事にする。そんな詰まらないことに血道を上げたといってもいい。
上に挙げた例だけでも、最初は「国産衛星で資源探査」のはずだったのに、「資源衛星、共同開発で」と変わる。この間、わずか2週間ほどである。
いま思えば、なんと詰まらない、読者の役に立つかどうか分からない、読者を迷わせるだけかも知れないことのために動き回っていたものよ、と呆れるしかない。
しかし、当時の官庁担当に求められたのはそんな取材だった。

その「方針原稿」でも、裏付けがなくては書けない。もっとも確実な裏付けは、役所がつくる書類である。少なくとも担当課長が認めた書類がいる。この書類を我々は「ペーパー」と呼んでいた。ペーパーを求めて役所の中を走り回るのである。

「ねえ、あの話、そろそろまとまってペーパーになってるんじゃない? あったらコピーをちょうだいよ」

何とも情けないことだが、そんな作業を日々重ねていた。

だが、上手がいた。私が担当するずっと前に、通産省を担当した朝日の先輩記者である。

「あの人は、ペーパーをもらうんじゃなく、ペーパーを持って来ちゃっていたんだよ」

こういうことである。通産省の朝は遅かった。キャリア組が席に着くのは午前10時頃である。国際的に広がる経済を担当する役所である。時差もあり、深夜まで、時には午前0時を過ぎても、海外と電話で情報を交換する日々が続く。そんな官僚たちに、

「午前8時半着席」

などは出来ない。だから、各課の実情に応じて、まるでフレックスタイムのような勤務になるのは仕方がない。
ここに目をつけたらしい。まだ誰も出て来ない午前8時頃、課長の机に置かれたペーパーをあさり、

「こいつはニュースになる!」

というヤツを引っこ抜いて「方針原稿」を盛んに書いた記者がいたというのだ。
朝日にペーパーを渡したはずはない情報が次々に朝日新聞で記事になる。そこで通産省はfake paperを用意して、ある課長席に置いた。そのパーパーが数日後、朝日の記事になった、

「やっぱりあいつか!」

とその記者は出入禁止になったというのである。
聞いた話だから、真偽のほどは保証しない。しかし、私も知るその記者は、

「そうだったかも知れないな」

と思わせる雰囲気の持ち主だった。

新聞記者=情報乞食、までなら、ひょっとしたら許容限度内かも知れない。しかし、新聞記者=情報泥棒、になってもいいのかどうか。
私は乞食にまではなったと思う。だが、泥棒にだけはならなかった。