2023
10.04

私と朝日新聞 北海道報道部の15 札幌ア・ラ・カルト

らかす日誌

札幌に赴任したサラリーマンは2度泣くといわれる。
1度は札幌転勤の辞令が出て

「ああ、俺も花の都東京から都落ちか……」

と泣く。
2度目は

「もう東京に戻るのか。もっと札幌にいたいのに……」

と泣く。それほど札幌はよそ者を受け入れ、暖かくもてなす街だそうだ。私が知る限り、博多もそう言われる。

だから、だろう。東京に本社がある会社の支店長さんたちは人生を楽しんでいた。

「いやあ、札幌っていいね!」

といったのは、ある金融機関の札幌支店長である。

「私、ゴルフやるんだけど、ここだと、仕事をしながら毎日でもグリーンに出ることができるんだよ」

何でも、、朝6時に家を出てゴルフ場に向かう。ハーフラウンド、というから9ホール回ってシャワーを浴び、朝食もゴルフクラブで取って職場に向かう。

「そうすると、10時には着席できるんです。支店長の仕事が始まるのはそんな時間からですからね」

確かに、札幌の人々は遊びに貪欲だ。赴任直後の1985年4月、編集部で一番偉い人、編集総務に呼ばれた。

「君は月寒に住んでるんだったね。ちょっと頼みがあるんだが」

何でしょうと聞くと、間もなく私の住まいの近くの市の出張所で市営野球場の予約受付が始まる。私に予約を取ってきてくれないか、というのである。そんなことならお安い御用だ。

「はい、行きましょう」

と気楽に請け負い、その日朝、受付会場に向かった。
到着して我が目を疑った。受け塚開始よりずっと前に来たはずなのに、すでに長蛇の列ができている。ワォ、みんなこんなに遊びに熱心なのかよ!
考えてみれば、札幌は10月下旬から雪に覆われ、地面が見えなくなる。雪解けは5月の連休あたりだ。土の上で人生を楽しむ時間は1年の半分、6ヵ月しかないのである。長く雪に閉じ込められた暮らしを強いられれば、土と太陽と緑と汗が、心の底から恋しくなるのだろう。

私は無事に使命を果たした。私が予約した日、社内を2チームに分けて軟式野球をした。相手チームは高校野球経験者であるアルバイト君がピッチャーだった。130㎞を超える速球になかなかバットがあたらなかった記憶がある。それとも、1本ぐらいヒットを打てたか? 想い出は自分の都合が良い方向に変形されるとはいうが。
あの日、転勤組が多い朝日新聞報道部員も札幌を心から楽しんでいた。2度目に泣く準備をしていたとも言える。

遊び好きは、北海道出身者も同じである。

「大道さん、あなたスキーはするの?」

と私に問いかけたのは北海道放送の社長だった。
札幌に来るまでスキーとは縁がなかったこと、札幌で暮らすのなら、スキーは是非ものだと赴任早々、家族全員のスキー用具を買いそろえたこと、その他「スキーらかす」で書いたようなことを説明した。

「そうですか。「札幌を楽しんでいただいて何よりです。私もスキーが好きでね。毎年スキー場開きを待ちかねて出かけるんです。そしてまず、直滑降を決める。何歳まで直滑降で滑れるか、それが楽しみでね」

ほう、直滑降に技術はあまり要らないが、度胸だけは是非ものである。この人、自分の精神的な老いを直滑降で可視化するのか。

「冬はスキーですが、夏はゴルフですよね」

まあ、そうかも知れませんが、私はゴルフはやらないので。

「それはもったいない。私は1シーズン60回のプレーを目指してるんだが、なかなか目標に届かなくてね」

ん? 北海道のゴルフシーズンはわずか半年ではないか。180日。その間60回グリーンでボールをひっぱたくということは3日に1回? 週に2回強! あなたも、ハーフラウンドを済ませて会社に出る口ですか?

「そうだ。あなた、いい体してるんだから、飛びますよ。ゴルフをやらないなんて手はない」

そう言われましても、私、道具も持ってないんです。

「道具? そんなもの、私がプレゼントしますよ。是非ご一緒にゴルフをやりましょう」

いや、そんなことをしていただいたら困ります。
困ることはなかった。プレゼントは来なかった。

遊びから少し離れる。あるデパートの札幌店長からこんな話を聞いた。
今は変わっているかも知れないが、当時の札幌には地元資本の丸井今井をはじめ、札幌三越、大丸、東急社百貨店、札幌そごうなど、沢山の百貨店が覇を競っていた。人口150万人でも、やや多すぎるほどの店舗数だ。
だから、自然にこんな質問が出た。

「これだけデパートが出そろっていると、競争が大変でしょうね」

「ええ、大変です。何しろ、1000人の客の奪い合いですから」

1000人の客の奪い合い? だって、札幌の人口は150万人ですよ。

「百貨店の客というのは年収1000万円を超える層です。その層が、札幌には1000人しかいません。だから各店とも、その1000人に集中するんです」

そうか、札幌の民力とはその程度のものか。まだ年収1000万には遠かった(その後、幸いにしてオーバーするが)我が家も、時々百貨店で買い物をしたが、それは百貨店から見れば客ではないらしい。毎月数万円単位で買い物をしてくれる高額所得層でなければ、百貨店が何としてでも捕まえたい上客ではないらしい。
あのころから物価は上がった。さて、いま「百貨店の客」の最低年収はいくらなのだろう?
年金生活者である私が「百貨店の客」でないことは明らかだが、何となく気になる数字である。