2023
10.20

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の8 ロンドン到着

らかす日誌

ロンドンはもちろん初めて足をおろす町である、確か、ヒースロー空港に着いたのだと思う。私は行く先々でトラブルに恵まれるらしく、到着早々の騒ぎは、「グルメに行くばい! 第36回 :番外編2 ロンドン」に書いた通りである。ここも皆様の手間を省くため、コピペすることにする。

「空港で100ドルほどをポンドに替えた。ホテルまでの交通費である。ロビーを抜けてタクシー乗り場に行くと、話に聞いたロンドンキャブがたくさん並んでいる。そう、あの箱形の不格好な車である。私は、本当にロンドンにやってきた。
早速乗り込んで、運転手に告げた。

“London, 〇〇〇〇Hotel”

(注) 
「○○○○」は、ホテルの名前を忘れただけであります。ほかの意図はありません。

香港で、3泊4日で、英語の世界に浸ってきた身には、この程度は軽い。お茶の子さいさいなのである。

“Yes, Sir.”

聞かれたか、諸兄。“Sir”である。私を呼ぶに、“Sir”なのである。わずか100年ほど前、我が国を代表する知性であり大文豪であった夏目漱石先生をノイローゼ状態に陥れたロンドンの住民が、いまや、この私を呼ぶに、“Sir”の敬称をもってするのである。
これが気持ちよくなくて、何が気持ちよかろうか!

ロンドンキャブの後部座席は広い。床の上で子供の運動会が開けそうなほど広々している。シートに座ると、膝が前の座席の背もたれにぶつかってしまう日本のタクシーとは大違いである。
天井が高い。専門用語でヘッドクリアランスがいいという。これも快適である。多少座高が高くても、布袋さんのように頭が上下に長くても、和服、角隠しで結婚式に臨む花嫁でも、天井に頭をぶつける恐れは皆無なのだ。
タクシー用に考え抜かれた車である。

欠点も、ある。
うるさい。エンジンが、とにかくうるさい。ガーッ、と唸りながら走る。エンジンは、いまにも壊れんばかりの唸りをあげているのに、なぜか、スピードはなかなか上がらない。面白いアンバランスである。
不安である。なにしろこの車、トランクがないのだ。私が座っている座席のすぐ後ろは、もうリアバンパーである。つまり、クラッシャブルゾーンが皆無に近い。追突でもされた日には、ぶつかってきた車のフロントが、私の腰にめり込みそうな位置関係なのである。
私はまだ、できることなら車椅子生活に移りたくはない。

が、このあたりは序の口であった。私を最も不安にした事実は、走り始めて10数分後に明らかになった。

私は、初めて見るイギリスの風景を、車窓越しにぼんやりと眺めていた。400年ほど前、この国はスペインの無敵艦隊を破り、世界の海にユニオンジャックをはためかせたのである。
この国は、清との間で貿易赤字が拡大一方であるという理由で、インド産の阿片を清に売り込んだ。当然、清では阿片中毒が広がる。貿易収支も清の赤字に変わった。事態を重く見た清が阿片禁輸に踏み切ると、1840年、この国は清に戦争を仕掛ける。その結果、香港は大英帝国の植民地と化した。
こうして極東に足がかりを作った大英帝国の次の餌食は、ひょっとしたら日本だったのかもしれない。充分にあり得ることである。
そう思ってみると、なにやら1つ1つの景物が、ひどく意味のあるものに見えなくもない。

ガン! ガン! ガン!

物思いに耽っていると、突然、前席からけたたましい騒音が聞こえてきた。見ると、助手席に設置された料金メーターを、運転手が力任せにぶん殴っている。
こいつ、狂ったか!?

(余談) 
ロンドンキャブの料金メーターは、日本と違って助手席に設置されている。従って、乗客は助手席に乗ることができない。ここは、トランクの小さなこの車の、荷物専用席なのである。

後部座席が広くて大きいから、助手席まで使う必要はないと考えたのか、見知らぬ他人を助手席に乗せたのでは、運転手の安全が確保できないほど治安が乱れているのか、私の乏しい知識ではいずれとも決めがたい。

“What? What are you doing?”

後部座席と前部座席を隔てる透明な仕切り越しに運転手に問いかけた。鼓膜を突き刺すエンジンの騒音の中で、やがて私の問いかけに気付いた運転手が、仕切の一部にある小さな窓を開いた。開いて何か言っている。聞き取れない。私のヒアリング能力と壮大なエンジン音のせいである。どちらにより大きな責任を負わせなければならないかという事実の究明はここでの課題ではない。
いずれにしても運転手は、なにか私に語りかけながら、メーターを相変わらずたたいている。
この男、さて何を伝えたいのだろう?

ああ、そうか。

“Is it broken?”

やっと自分のメッセージが伝わったのが嬉しかったのか、運転手はニコニコ笑いながら、

“Yes.”

と答えた。

「なぬ~」

(注) 
この「なぬ~」は、鼻から息を抜きながら発音します。

新たな詐欺の手口か? メーターが壊れたことにして、大英帝国の本拠地に初めて足を踏み入れた日本人である私から、法外な料金をふんだくろうというのか?

“I understand. But, how would we know the fare?”

運転手はいささかも動揺しなかった。

“Don’t worry. I’ve driven this route so many times.”

流石に、長い間世界に覇をとなえた国の国民である。人をたぶらかすにも、堂々たる態度をいささかも崩そうとしない。
こうなれば、なるようになれである。私はJUDO2段である。Black Beltである。肉弾戦になることを恐れるものではない。しかし、こんなところで喧嘩をして車を降りれば、代わりの車を拾える見通しは皆無である。多少ぼられても、この際は無事にホテルに到着することを優先せざるを得ない。
私は黙り込んだ。

やがて、私を乗せたロンドンキャブは、いかにも古めかしい、歴史と格式がありそうなホテルに横付けした。そう、朝食で9ポンドもふんだくろうという意図がのちに知れた、あのホテルである。
車を降り、荷物を降ろした。いよいよ支払いである。

 “How much?”

 “Twenty five, sir.”

25ポンド? 当時の為替レートで換算して、約6000円である。約40分の乗車時間、距離にして25kmほどだろうか。日本のタクシー代に比べてそれほど高くはない。
しかし、である。私は、ロンドンの物価水準を知らない者である。日本円に換算して高くないからといって、ぼられてないとは限らない。昨日までいた香港では、ずいぶん乗ったなと思う距離でも、タクシー料金は日本円に換算して1000円かからなかったではないか。日本のタクシー代は高くて有名なのである。
第一、乗客を乗せて走りだしてから壊れる料金メーターって、ありか? ひょっとしたら、運転席のどこかのボタンを押すと、料金メーターが壊れたように見える仕掛けでもあるのではないか?

心は疑惑の雲に覆われている。もやもやする思いを抱えながら、私は財布をとりだした。

“Thank you. Is it enough?”

私は運転手に、25ポンド+2ポンド=27ポンドを手渡してホテルに入った。たかが金である。ここは、日本紳士の悠揚として迫らぬ態度を見せつけなければならない。大英帝国の民に、侮られてはいけないのである。
しかし。
私はロンドン到着早々、ぼられたのではあるまいか?

かくして、私のロンドン観は地の底に落ちた。
そして、翌日の朝食が9ポンドである。
最悪のスタートだった。

しかし、ロンドンとはしたたかな町である。
9ポンド問題は、翌日、感動を伴って解決した。
25ポンド問題が驚くべき展開を見せるには10日ほどを要した。

10日ほどあとのその日、私はヒースロー空港から、アイルランドの首都ダブリンに向けて飛び立った。
ホテルから空港まで、ロンドンキャブを利用した。タクシーといえば、これしかない。
乗り込んだ私は、料金メーターを睨みつけた。睨み続けた。目をそらすと、こいつも「故障」しかねない。1度ならず2度までも故障されたんでは、私の大英帝国不信は折り紙付きのものになってしまう。

空港に着き、タクシーが止まった。私は料金メーターを確認した。
27ポンド

27ポンド?
してみると、あの、新手の詐欺ではないかと疑った運転手は、27ポンドのところを25ポンドしか請求しなかったのか?
料金メーターが故障して損をしたのは、私ではなく、彼の運転手であったのか?
…………」

なお、文中で「朝食で9ポンドもふんだくろうという意図がのちに知れた、あのホテル」というのは、ロンドンにいた間宿泊を続けたホテルである。最初の朝、ホテル内のレストランで朝食を食べた私は、法外な価格に目を回しかけたのだ。パンに紅茶に果物だけの著食が9ポンド、当時のレートで日本円に換算すると2160円もしたのだ。

翌日からホテル近くのパン屋のモーニングサービスを利用し始めた。パンとコーヒーで200円弱。10分の1の金で腹を満たすのが私の日常になった。