2023
11.21

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の40 キャップに抜かれた!

らかす日誌

さて、仕事の話を書こう。いや、田淵さんと仲良くなることも大事な仕事だったが、ここから書くのは仕事らしい仕事である。

1988年の8月のことだった。私は1週間の夏休みをとっていた。その私に

「大道君」

と電話をよこしたのは、何度か登場したTsu先輩だった。

「君は夏休みにはどこかに行くのか? 九州に帰省する?!」

別に帰省の予定も旅行の予定もなかった。

「だったら〇〇日、取材先の△△さんと酒を飲むから出てこい。君に紹介してやる」

Tsuという先輩は一寸変わった人だった。日比谷高校—慶応大学というエリートコースを進んだ、といいえばありきたりかもしれないが、その高校生時代、たかが高校生の分際でートルズの日本ファンクラブ初代会長だったとなると「珍」の部類に属する。しかも、高校生でありながら、ビートルズのアルバムのライーナーノーツ(レコードジャケットに載っている解説)を書いて金を稼いでいたというのだから尋常ではない。その稼いだ金で下級生を引き連れて酒を飲んでいたとなると、これをなんと表現したらいいか。引き連れられていた1人が、前に登場した日本経済新聞のNa氏である。

Tsuさんは実に幅広く取材の網を広げている人だった。取材に行き詰まって相談すれば、必ず自分の取材先を紹介してくれた。いや、この日のように、頼みもしないのに自分の取材先と引き合わせてくれることも多かった。

「いいんだよ。俺が仲良くしている取材先を君に紹介しても、何も減るものはない。いくらでも紹介してやる」

という哲学の持ち主だ。自分がどれだけ有力な取材先を抱えているかを自慢する先輩はたくさんいたが、それを同僚、後輩に紹介する人はほとんどいなかったから、やはり朝日新聞の変わり者というべきだろう。
もっとも、みんながTsuさんのような考え方をしていたら、朝日新聞はもっといいいい新聞になっていただろうが。

さて、誘われた飲み会の場所は赤坂だった。定刻の少し前に着くと、Tsuさんはすでに到着していた。そして、私の顔を見るやいなや、こう言った。

「何だ、君、酒を飲む暇があるのか?」

変なことをいう人である。自分で誘っておいて、その言い方はないだろう。

「まあ、夏休みですから」

そうとしか答えられない。

「だいたい君、今日の朝日の夕刊を見たのか?」

「いや、夕刊が届く前に家を出ましたから見てません」

「新日鉄と三協精機の提携でインサイダー取引があったってでかく出てるぞ。君、取材しなくていいのか?」

インサイダー取引とは内部情報を使って株を売買し、利益を上げることである。そういえば、札幌にいたとき、ミサワホームの広報部長に

「大道さん、30万円用意できない?」

と誘われたのもインサイダー取引の誘いであった。もっとも当時は違法ではなかった。インサイダー取引が問題化したのはバブル時代、株価急騰の中でインサイダー取引らしきものが数多く見付かり、

「東京市場をもっとまっとうな、世界から評価される市場にするには、インサイダー取引を取り締まらなければならない」

ということになり、この新日鉄—三協精機の事件が起きた頃にはインサイダー取引を違法とする法の準備が最終局面に差し掛かっていた。年明けの春には新しい法律が施行されるはずである。だから、この時点でインサイダー取引をしてもお縄につくことはない。だが、もうすぐ違法となることを知りながらやってしまうのは、限りなく黒に近いグレーである。大きなニュースである。

Tsuさんは夕刊を持ってきていた。借りて読んだ。やったのは両社の社員らしい。だが、誰が、いつ、どれくらいの株を取引したのか、詳細は不明である。それでも夕刊の1綿トップを飾っていた。どうやら特ダネらしい。

「Kiが書いたんだそうだ」

Kiとは、Moさんのあとの証券担当キャップである。つまり、私の直属の上司である。実はKiとは、初任地の三重県・津支局で一緒だったことがある。東大工学部卒。卒業してNECに入り、朝日新聞に入り直した。
このKi、最初からソリが合わなかった。ある日の三重版、私が取材を進めいていた話が大きな見出しで乗っていた。えっ、これ、俺まだ書いてないぞ。いったい誰が……。と思っていたら、Kiがいった。

「大ちゃんだめだよ、君が取材しているのは知っていたが、こんな話は早く書かなくちゃ。そう思って僕が書いておいた」

おいおい、後輩のネタを盗むのかよ! そりゃあ、あんたの方が取材も早いし、書くのも早い。なにしろ、新聞の原稿なんて

「にさんがろく、で書かなくちゃ」

いっていたもんな。20分取材して30分で60行の原稿にするのだそうだ。20×30なら600になるのだが、東大ではこの計算を60と教えるのか。いや、この際そんなことはどうでもよろしい。しかし、新人記者が大事に取材を進めている話を、突然横から出て来て盗み、悪びれもしないとは。
以来、私の嫌いな先輩記者だったのである。

そうか、あのKiに抜かれたのか。許せない。許せないのはKiの跋扈を許した私である。くそ、抜き返してやる!
が、今日は飲み会だ。それにもう夜。酒席を抜けて取材にかかるにも時間が悪い。明日から取材することにして、今日は酒を飲もう。

飲み始めた。だが、インサイダー取引の話が頭から離れない。どう取材したらいいんだ? どこの誰に取材したら、この事件の全貌が分かるのだ? これは田淵さんに聞いても詳しいことはご存じないだろう。どうする?

成算はなかった。だが、

「Kiの上を行く記事を書かねばならない」

という思いは膨らみ続けた。