2023
11.24

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の43 インタビューのアポイントを取り付けたのだが

らかす日誌

インタビューをするには相手の協力がいる。口を開く気がない相手ではインタビューは成り立たない。つまり、私が書きたい記事を書くには、インサイダー取引をした新日鐵幹部に連絡を取り、インタビューの趣旨を説明し、実行する日取りを決めなければならない。

まず、この人(仮にA さんとしておこう)と連絡をとるのが最初の仕事である。取材チームは私と新日鐵担当の記者だった。
会社に尋ねていくわけにはいかない。そもそも受付に

「Aさんにお目にかかりたい」

と申し出ても、Aさんは後ろ暗い思いを抱えているはずだ。インサイダー取引を報じた朝日新聞の記者が来たとなれば、様々な口実を考えて面会を拒否するだろう。
もし、会ってくれたとしても、それは周囲の興味の目をひくはずだ。

「なんでAさんが朝日の記者の取材を受ける? だって、三協精機との提携は極秘で進めているはずだろ? 話せることはないはずだ。それとも、ほかに何かあるのか?」

繰り返すが、この時点でインサイダー取引は犯罪ではない。Aさんは犯罪者ではない。周りに疑念を持たれてはAさんのその後のサラリーマン生活に響きかねない。

となると、自宅を襲うしかない。Aさんは社宅(マンションだった)住まいだった。割り出してくれたのは新日鐵担当で、自宅の電話番号も分かった。
部長の了解を取り付けた日だったか、あるいは翌日だったか、私と新日鐵担当はハイヤーに乗り込み、Aさんの自宅近くに行った。着いたのは午後8時頃である。普通の夜回りなら階段を登って玄関のベルを押す。だが、私たちはハイヤーの中で待機した。夜である。こんな時間に訪れる人がある過程は希だろう。この時間に私たちがAさん宅の玄関ベルを鳴らせば、ご近所の噂になりかねない。それに、家族だって

「えっ、こんな時間に朝日の記者がどうして来るの?」

と疑いの心を持つかもしれない。犯罪者にだって人権はある。ましてやAさんは犯罪者ではない。Aさんに疑惑の目が向けられるような行動は絶対にしてはならないのだ。

じっとハイヤーの後部座席で待った。

「この部屋番号からすると、あの部屋ですね」

と新日鐵担当がいう。

「戻っているかどうか電話してみましょう」

彼が電話を掛けた。

「友だちの〇〇といいます。Aさんはお戻りですか?」

新日鐵担当もAさんに会ったことはない。嘘も方便である。

「まだ戻っていないようです」

何度目の電話だったろうか。Aさんが出た。

「どなたですか?」

私が受話器を取った。

「朝日新聞の大道といいます。実は、先日朝日新聞が、新日鐵と三協精機の提携にからんでインサイダー取引があったことを報じたことはご存知だと思います。実は、あなたがインサイダー取引をしたという事実を私たちはつかみました。それでお話しをうかがいたいのです」

そんな風に切り出したと思う。

「えっ、いったい何の話をしておられるのですか? 私には何のことか分かりません。電話、切りますよ」

「切らないでください。あなたは3回に分けて三協精機株を7000株買っておられます。私は、この事実をそのまま報じることもできます。恐らく、1面トップの記事になるでしょう。でも、それよりも、サラリーマンがインサイダー取引に手を出す社会の構造を、あなたとのインタビューで探った方が世の中の役に立つと判断しました。サラリーマン社会の中で情報はどう伝わるのか、あまりいいことではないとは思いながら、なぜインサイダー取引の誘惑に勝てないのか。来春にはインサイダー取引は違法になります。だからお願いしているのです。このことはあなたの会社に知らせることはありません。ご協力いただけないでしょうか」

「そんなことをいわれたって、知らないことは知らないんです」

「私たちがつかんだ事実に間違いはありません」

「そんなことをいわれても……」

「いま、私たちはあなたのお住まいのすぐそばからお電話をしています。新聞記者があなたに接触していることを周りに知られないように、ご自宅をお尋ねすることはやめました。出て来ていただけませんか?」

「…………」

「分かりました。突然の話で、お心が決まらないのかもしれませんね。また明日、ご連絡します。私たちのお願いをご検討下さい。ご協力いただけることを願っています」

その日は、それで引き上げた。翌日から、自宅に電話を掛け始めたのはもちろんである。
何度目の電話だったろう。Aさんは

「分かりました。お目にかかります。聞かれることにお応えします」

といった。確か、翌日午後6時、東京駅丸の内北口で会うことになった。初対面である。私は182㎝の長身であること、新聞(週刊誌だったか?)を脇に挟んでいること、など私を特定できる情報を伝えた。

その日、私と新日鐵担当は午後5時半頃から東京駅でAさんを待った。Aさんはなかなか来ない。6時になっても、6時を過ぎても現れない。いまなら携帯電話で連絡を取るところである。だが、当時はそんな便利なものはなかった。やがて私のポケベルが鳴った。経済部に電話を入れると

「Aさんという人から電話がありました。仕事で遅くなっているとのことです。会う時間はあとでまた電話を入れるとのことでした」

そうか、仕事で遅くなっているのか。では、とりあえず会社に引き上げて電話を待つしかないか。私たちは朝日新聞に引き上げた。

Aさんから電話が来たのは8時頃だったと記憶する。受話器からAさんの声が流れてきた。

「いろいろ考えました。やっぱり、お目にかかることは出来ません。お許し下さい」

えっ、一度は引き受けておいて、最終的に拒否するって!
私の頭は急速回転を始めた。Aさんを引き止める言葉はないか……