2023
12.07

私と朝日新聞 2度目の名古屋経済部の1 独り暮らしの基礎は食事である

らかす日誌

前回の名古屋勤務は家族を伴っていたので、名古屋市千種区に会社が借り上げている3DKのマンションに入ったが、今回は私1人である。鶴舞公園近くのワンルームマンションが会社が用意した住まいだった。住都公団のマンションを借り上げたものである。広さは確か、37㎡だった。
玄関のドアを開くと、真っ直ぐベランダまで見通せる。上がるとまず右手に風呂場、洗面所があり、少し進むと右手にキッチンがある。あとは板張りの居室だけ、という味も素っ気もない作りだ。壁収納式のベッド、食卓、冷蔵庫、収納棚などが備わり、暮らしを始めるについて新たに買わねばならないものが少ないのが救いではある。

しばらく後のことだが、壁収納式のベッドは使わなくなった。マットレスが安物なのか、腰が痛み始めたのである。ある朝目覚めたたら腰痛で動けなくなっていた。会社に電話してタクシーを回してもらうと同時に、地元に詳しい他社の記者に

「腰痛に効くマッサージをしてくれるところを教えろ」

と電話をし、這うようにしてタクシーに乗り込んでその鍼灸院になんとかたどり着き、マッサージしてもらったことがある。ほぼ全快するまで1〜2週間かかった。以来、

「腰痛はベッドのせいだ」

と決めつけ、板張りの床に布団を敷いて寝るようになった。

話を戻す。

「ああ、こんなところで暮らすのか」

というのが正直な感想だった。そうそう、洗濯機をも不要だった。マンションの1階にコインランドリーが備わっていたからだ。

さて、ここでの暮らしはいかに始まったか。
食事は3食とも外食である。それまで料理なんてやったことがないから仕方がない。朝はまず朝日新聞名古屋本社に行く。社員食堂で朝食を食べるためである。美味くはないが、高くはない。2世帯に分かれた我が家の家計を考えれば、味は我慢するしかあるまい。
しばらくは毎朝会社に通っていた。足はバスである。そのうち、

「足が弱ってはいけないから、歩いてみようか」

と思い立った。20〜30分の道のりだったろうか。何度か歩いていると、通勤の道沿いに朝食を食べさせてくれる一膳飯屋が目に入った。入ってみる。値段は社員食堂よりはるかに高いが、価格に見合った味は出ている。社員食堂の味に飽きた時は、この一膳飯屋を使う。しばらくの間、それが定番になった。

昼、夜は家族と一緒に暮らしていても私だけは外食、というのが長年の習慣だった。記者という仕事は朝家を出れば、自宅に戻るのは連日午前様だからそうなってしまう。単身赴任でもそれは変わらない。
夕食で頼ったのは、朝日新聞名古屋本社の記者が入り浸っていた「」である。社の裏手にあり、独身(のちに客とくっついたが)、丸顔のオケイちゃんが経営していた小料理屋だ。仕事に区切りがつけばほぼ毎日のようにこの店に行く。いつも誰かと一緒だった。ビールを飲み、酒を酌み交わし、料理を口に運ぶ。締めはおにぎりである。ここは「飲みニケーション」の場で、先輩、同僚と議論をしながら酔いを迎える。On the Job Training、ならぬOn the Sake Training の場でもあり、先輩からは多くのことを教わり、後輩には気が付いたことを伝えた。

支払いは半年に1回、ボーナス払いである。半年間せっせと通い、時には

「ごめん。酒屋に行く時間がないんで、ヱビスビールの500ml缶を1ケース、取っておいてくれる?」

と頼む。それも含めて、ボーナス時に払う金は20数万円である。月にすれば4万円強。安い。そして、味も良かった。いつでも新鮮な刺身が食えた。私がハゼ(魚)の裁き方を覚えたのも、この店でオケイちゃんの仕事ぶりをじっくり観察した結果である。

平日はそれでよかった。だが、休日は仕事に出ないから、会社にも「桂」にも行かない。食事は街中の料理店で1人済ませるしかない。朝、昼は近場で済ませる。夜は

「今日は何を食べようか」

と考えて、遠出をする。そんな暮らし方を始めた。

「これはいかん」

と気が付いたのは間もなくのことだ。財布から、面白いようにお金が逃げ出していくのである。何しろ私は酒が好きである。酒抜きで夕食を食べるなんてほとんどない。だから、小料理屋の暖簾をくぐろうと、中華調理店のドアを開こうと、第1声は

「生ビールちょうだい。大、でね」

である。もちろん、生ビール大が1杯だけ、ということはありえない。2杯が3杯になり、やがて4杯になる。時には日本酒もあり、紹興酒も飲む。そうすると、私の

「会計して」

の声と共に現れる請求書には少なくとも4000円、どうにかすると6000円の金額が書き込まれている。
考えていただきたい。経済部は原則として、土日は休みである。そうすると、1ヵ月の休日は8日〜9日ある。仮に1回あたりの夕食費が平均5000円だとすると、8日でも4万円が出ていくことになる。朝、昼の食事代、夜も毎回「桂」で食べるわけではないので、現金が出ていく夜もある。後輩と一緒なら、傾斜配分で私が余計に払う。タバコ代、本代、交通費は必要経費だ。経済記者はスーツにネクタイが制服だから、シャツは毎日取り替える。だから、その洗濯代だってバカにならない。たいした趣味はないが、たまには映画も見に行くし、CDだって買う。お金の出先はいくらでもあるのだ。

「いかん、このままの生活を続けていたら家計がパンクするわ」

いかに出費を抑えるか。いや、どの出費なら抑えることができるか。検討した結果、なんとか出来るのは毎日の朝食、休日の昼と夜の食事しかないという結論に達した。私は自炊を思い立ったのである。出来るかぎり自炊をしなければならないところに追い詰められたともいえる。
私は実行し始めた。