2024
01.07

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の62 城南電機の宮路年雄社長に会った

らかす日誌

この頃私は、家電製品の価格のからくりを知りたくて仕方がなかった。同じメーカーの同じテレビで、量販店と町の電気屋では価格が違う。そりゃあ、小さな町の電気屋と量販店では売れる台数が違うし、経営の仕方がまるで異なっているからある程度の違いが出るのは当たり前だろう。ところが、その価格差は「ある程度」の域を超えていた。それに、安売りを前面に出す量販店同士でも売値が違う。
安売り店が軒を連ねる電気街・秋葉原を歩き回っても、同じテレビが店によって違う価格で売られている。いったいどんなからくりでこんな現象が起きているのか。賢い消費者(=頭を使い、情報を集めて最も安く買う消費者)になるためには、その仕組みを知る必要があるのではないか。そんなことを考えていたのだ。

「だったら、飛びきりの安値で家電品を売っているという城南電機に聞いてみよう」

そう思い立ったのはしばらくし考えた後のことだった。店に行ったことはなかったが、強烈ともいえる安値で家電品を売っているという話をどこかで耳にしたからである。

城南電機の本店は、渋谷・宮益坂にあった。これが価格破壊の先頭に立っている店? と思わずつぶやいてしまうほど小さな店だった。社長の宮路年雄さんに会ったのは、この時が初めてである。150㎝を少し超えたほどの小柄で、何となく上下から押しつぶされたような異相の人である。強烈な関西弁(彼は和歌山の出身だった)の使い手で、

「何や、わての安売りの秘密が知りたいんやて? ええわ、全部教えたる」

こうして私は取材を始めた。
安く売るには、安く仕入れなければならない。販売店は普通、メーカーから仕入れるのだが、そんな「普通」の仕入れでは消費者の度肝を抜くような安値で売ることができるはずがない。

倒産した販売店から商品を買う。債権者が取り立てに来る前に、在庫をできるだけ処分して現金化したいというのは、どの倒産経営者でも考えることである。

盗品ではないかと疑われるものでも買う。これも結構あったらしい。どこかの倉庫から盗み出したのではないか、と疑ってもそれを確かめる術はない。提示された価格が安ければ、黙って買う。

・メーカーは量販店に対して、一定台数を超えて売ったらキックバックという名の報奨金を渡す。メーカーからすれば販売促進策の1つで、かなりの額らしい。その台数が例えば100台だった時、期限までに90台しか売れなかった量販店は、10台をヤミで売る。量販店はとにかく100台売ったという実績を作りたいから、仕入れ値以下の価格で10台を売り払う。これを買う。

様々な手法があった。どれも、

「城南電機なら買ってくれるはず」

と思って声をかけてくる。しかも、相手は切羽詰まっているからその場で、現金で買わなければならない。

「そいでな、わてのルイ・ヴィトンのアタッシュケースには、いつでも3000万円入れてますのや」

その後、3000万円入りのルイ・ヴィトンのアタッシュケースは何度もテレビに登場することになるが、それは後で述べる。そして、この頃はもう、宮地社長は3000万円を持ち歩いてはいない。一度襲われて、警察から

「危険だからやめてくれ」

と注意を受けたからである。だが、宮地社長は見栄っ張りだ。初対面の私に

「3000万円持ち歩いている」

と見栄を張ったのである。

「そいでな、わての車はロールス・ロイスや」

これも見栄の1つだろう。そう思った私は聞いてみた。

「車としては、ロールス・ロイスよりベンツの方が乗りやすいでしょう。ベンツに変えたらどうですか?」

即座に

「あかん」

という返事が返ってきた。

「あのなあ、わてみたいなバッタ屋商売をしていると、取引が深夜になることも多いんや。約束の場所まで車で行って、路上に駐車して相手が来るのを待たなあかん。なかなか相手が現れんと眠くなるわな。それで車の中で寝るんやが、世界の最高級車ロールス・ロイスなら絶対にぶつける車はあらへん。ベンツやったらぶつけるヤツがおりそうや。わての安全のためにロールスが必要なんや」

分かったような分からないような説明だが、思わず私は頷いていた。

「ある時な、トラックいっぱいの商品を買ったことがあるんや。エライ安い値段をいうてきたから、初めての相手だったが金を払い、うちのトラックに積み替えて持って来たんやが、開けてみたら石ころが入っていたこともあったわ。このやろーと思ったが、どこの誰か分からんからなんともしようがない。そんなこともある商売なんや」

家電製品が安く売られる仕組みはおおむね分かった。しかし、宮地社長の話だけで記事にするわけにはいかない。裏をとって真偽を確かめなければならない。

「そんな話をしてくれる人を紹介してくれませんか? あなたが取引した相手とか。そうやって裏取りをしないと記事にできないんですよ」

ところが、ギョッとする返事が戻ってきた。

「あ、そらあかん。そんなことしたら、あんた、殺されるわ」

殺される?! 家電品の安売りの仕組みを記事にしようとして殺されるのは割に合わない取引だ。ふむ、そういう闇が深い世界なのかとは分かったが、裏取りができないのでは記事にできない。私が書きたい記事は書けないのか?
その場は引き下がるしかなかった。