01.09
私と朝日新聞 2度目の東京経済部の64 ロールス・ロイスの後部座席に乗った
そんなことを繰り返しながら、だが、私と宮路社長の仲は急速に接近した。どうやら私は宮路社長のお眼鏡にかなったようだった。
「大道(ダイド)さん、飲みに行こ」
そんな誘いを何度も受けた。行き先は、おおむね赤坂の「大友」というフグ料理専門店である。フグ専門の料亭のようにバカ高い料金を取る店ではなかった。個室もなく、いわばちょっと高級な大衆フグ料理屋である。宮路社長はここの「フグのぶつ切り」(だったと思う)がお好みだった。ぶつ切りされたフグの身にたっぷりのポン酢がかかっており、その上から細かく切ったアサツキが山のようにかかっている。
「どや、美味いやろ」
確かに美味かった。
問題は、その店に行き着くまでの道中である。誘われた私は渋谷・宮益坂の城南電機に行く。すると車が用意されている。運転手付きのロールス・ロイスである。その後部座席に乗り込む。そして国道246号、通称青山通りを赤坂までドライブするのである。
あなたはショーファードリブンのロールス・ロイスに乗ったことがおありだろうか? あの車に乗るとどんな気分になるか、想像していただけるだろうか?
私の場合、恥ずかしかった。恥ずかしくて仕方がなかった。とてもではないが、逆立ちしても自分で買える車ではない。その後部座席に座っているのが何とも居心地が悪い。何だか場違いだ。私が座っているべきシートではない。外の目も気になる。ウインドウ越しにこちらを見つめる目が、何だか私を馬鹿にしているような気がする。分不相応というのはこんなことをいうのだろう。私にロールス・ロイスは似合わないのである。
「早く『大友』に着いて欲しい」
そう願いながら、ひたすら縮こまるしかない。
「大道さん、このカーテンな。リモコンで動くんや」
宮路社長が話しかけてきた。見ると、サイドウインドウ、リアウインドウに白いカーテンがついている。
「これ、なんぼするか分かりまっか?」
ん、ロールス・ロイスの車内に取り付けられた、リモコンで動くカーテン? その価格を私にお尋ねか?
さて、カーテンの生地だけなら1万円はするまい。それにモーターを取り付け、リモコンで動く仕組みを取り付けたとしても、せいぜい2、3万円もあれば出来るのではないか? 高く見ても5万円。そのあたりが世間相場だろう。
だが、相手は世界のロールス・ロイスである。この車で砂漠を走っていたら故障した。ロールス・ロイスに電話をするとヘリコプターで修理班が到着。修理を終えると彼らはヘリコプターで去り、運転していたオーナーは無事目的地に到着した。
その後、いくら待っても修理代の請求が来ない。ヘリコプターを動員してまでの修理だからかなりかかったはずである。焦れたオーナーはロールス・ロイスに電話をした。
「先日の修理代の請求がまだ来ないのだが、どうなっている?」
即座に返答が戻ってきた。
「何かのお間違えでは? ロールス・ロイスは故障しません。従って、修理代の請求などあり得ません」
そんな伝説を持つ車である。その専用カーテン、リモコン付きが5万円ということはあるまい。もっと高い金額を言わなければ。
「50万円ぐらいするんですかね」
宮路社長は即座に返答を暮れた。
「250万円や。このカーテン、全部で250万円」
えっ、カーテンが250万円! 私の車(当時はホンダ・:アコード)を買っても、まだお釣りが来る。そんな途方もない世界があるのか……。ショックを受けた。
ショックから立ち直った私は、1つお願いした。
「だったら、その250万円のカーテンをリモコンで動かしてくれませんか? さっきから、通行人のウインドウ越しの視線が気になって仕方がないんです」
即座に返答が戻ってきた。
「あ、これ、閉まらん。壊れとるんや」
…………。私の車より遙かに高額な自動カーテンも壊れるのか。私はまるで知らぬ世界を彷徨う旅人だった。
「大友」で腹を満たすと、宮路は必ず2次会に回った。赤坂のクラブである。ソファに腰を下ろすと、女性連がワッと集まる。
「社長、お久しぶりじゃない。どこで浮気してたの?」
「浮気なんかせんよ。わいの恋人はこの店や。ほら、いつものようにドンペリを持って来いや」
ドンペリ。正式にはドン ペリニヨン(Dom Pérignon)という。フランス産の最高級シャンパンである。おいおい、そんな高い酒をクラブで注文するの? 1本いくらするんだ? えっ、2本、3本も抜くのかよ! 俺、シャンパンはあまり好きじゃないんだけど。ビールの方が美味いと思うけどな。
宮路社長はもてた。もてた勢いで、このような店で2号さんを募っていたという話は後に聞いたことである。お金さえあれば、世の中、そこそこ楽しくすごせるものらしい。
家電製品の、安売り王で知られる宮路社長は、とてつもない金持ちでもあったのだ。