2024
01.10

私と朝日新聞 2度目の東京経済部の65 防弾仕様のロールス・ロイスが中古車になった

らかす日誌

城南電機、宮路年雄社長のロールス・ロイスの話を続ける。

「お父さん」

と私に声をかけてきたのは、確か長男だった。

「城南電機の社長さんはロールス・ロイスに乗ってるんだよね」

ほう、私は息子にそんな話をしたことがあったか。

「そうだよ」

何気なく答えた。

「あのー、俺、ロールス・ロイスに乗ってみたいんだけど」

そうか、息子も車に憧れる歳になったか。最高級車の代名詞であるロールス・ロイスも知っているのか。

「そうか、よし、今度会った時に聴いておいてやろう」

そばにいた2人の娘も声をそろえた。

「えーっ、お兄ちゃんが乗るんなら、私たちも乗ってみたい」

分かった、分かった。こうして私は宮路社長に、子どもたちの願いを伝えた。宮路社長が断るはずはない。何しろ、憧れの視線を浴びるのが大好きな人なのだ。

「ええよ、いつでもいいから連れて来(き)ぃ」

こうして私の仕事が休みの日だから、土曜日か日曜日に子供3人を我がホンダ・アコードに積み込み、宮益坂の城南電機を訪れた。

「ちょうどええわ。これから支店周りをするんや。おや、可愛い子供さんたちやなあ。さあ、乗った、乗った」

こうして我が子どもたちは宮路社長と一緒にロールス・ロイスの人となった。私はアコードで、後ろからついていく。1時間ほどのドライブで目的地に着いた。ロールスが止まる。アコードも止まる。ロールスのドアが開き、子どもたちが走り寄ってきた。

「宮路さん、ありがとうございました。これで充分です。子どもたちはこんなに喜んでいます。ほら、社長にありがとうございました、ってあいさつをしなさい」

そうあいさつして3人をアコードに積み込み、帰宅の途についた。

「ロールス・ロイス、どうだった?」

親として、仲介者として当然の質問である。すると、子どもたちは口々に言った。

「恥ずかしかった!」

「だって、信号で止まると、歩いている人がみんな中を覗き込むんだもん。ジロジロ見られてさ」

そうか、恥ずかしかったか。お前たちは私と同じ感想を持ったわけだ。豪華さや乗り心地の前に恥ずかしさを口にするとは、うん、お前たちはまともな感性を持って育っているな。よろしい、父は嬉しいぞ!

その宮路社長がある日、ぼやき顔で言った。

「ロールスの販売店はひどいわ。大道さん、ちょっと聞いてえな」

はい、聞きましょう。

「ロールスが3年たったから買い換えたのよ。これまで乗っていた車は3500万円で、それを防弾仕様にしたから6500万円したんだわ。買い換えだから、それを下取りに出した。そしたら、いくらで取ったと思う? たった1000万円というんだわ。ひどい! ひどいやろ? 6500万円がたった3年で1000万円やで。3年で5500万円消えたんや」

そうですよね。3年乗った車なら少なくとも半額ぐらいで引き取るのが普通じゃないですか?

「そやろ? そいで言うんだわ。宮路さん、ロールス・ロイスは超のつく富豪が乗る車です。中古車を買おうという人はほとんどいない。ましてや、防弾仕様のロールス・ロイスなんて、アラブの王様ぐらいしか使っていない。防弾仕様のロールス・ロイスが必要なアラブの王様が、中古車を買うと思いますか? 中古の防弾仕様ロールス・ロイスは買う人がいないんです、やて」

確かに! 防弾仕様のロールス・ロイスなんて市場規模はゼロに限りなく近いだろう。私はまたしても全く違った世界に足を踏み込んだ気がし、そして販売店の説明に妙に納得していた。

「なあ、あんたもひどいと思うやろ? 6500万円が1000万円やで」

宮路社長は納得していなかった。そして、やっぱりロールス・ロイスを買った。大金持ちの感性とは理解しにくいものである。