02.13
私と朝日新聞 3度目の東京経済部の26 夏の経団連フォーラム
経団連は毎年夏、御殿場の経団連ゲストハウスで夏のフォーラムを開いていた。会長をはじめとした幹部が揃って出席、講師を招いての勉強会である。財界担当記者はそのフォーラムを取材するのも仕事の1つだった。2006年、キヤノンの御手洗富士夫会長の下で開いたフォーラムでは居眠りが続出したというレポートがネット上にあるが、私が参加した2回のフォーラムではそんなこともなかったと記憶する。いや、1人、2人いたか?
と書きながら、いったいどんな勉強を皆様がされたのかは完全に忘却の彼方である。かすかに残っているのは、日本の経済界をしょってたっていらっしゃるだろう方々が、あまり似合わないノーネクタイ姿で勉強会の席に着かれており、
「この人たちはネクタイを外した時のコーディネートが全く分かっていない。ひょっとしたら平日もスーツにネクタイで過ごしているのか?」
と思ったこと、勉強会終了後、財界のお偉い方々と酒を飲みながら雑談を交わした断片程度なのだからだから、まあ、たいした勉強会ではなかったのだろう。
明瞭に記憶にあるのは、東名高速でスピード違反で捕まったことだ。
フォーラムは財界担当記者だけでなく、関心を持つ記者なら誰でも招き入れていた。いや、ひょっとしたら財界を担当した記者に限っていたのかもしれないが、そのあたりには不案内である。
朝日新聞からは、担当である私はもちろん参加した。その年、私はマイカーで経団連ハウスに赴こうと思い立った。
「おい、大道」
と私に声をかけたのは、前にご登場いただいた先輩記者Tsuさんである。
『お前さ、経団連のフォーラムにはどうやって行く?」
Tsuさんは財界人に幅広い人脈を築いていた。フォーラムの取材に行くのも、財界人脈の養成なのだろう。
「はあ、マイカーで行くつもりですが」
「そうか、だったら俺も乗せて言ってくれないか?」
Tsuさんには取材先を紹介してもらい、三井銀行社長、野村證券役員など枢要な経済人との飲み会に誘っていただいただけではない。自宅に食事に招かれたこともある。私を大変に可愛がってくれた先輩である。私の車への同乗など二つ返事で引き受けねば浮世の義理を欠くことになる。
「いいですよ、一緒に行きましょう」
こうして私たちは、当時の愛車、ベンツC200で出発したのであった。横浜町田、厚木、秦野中井、大井松田……。天気は良かった。東名高速を快適なドライブである。
Tsuさんは多弁な人である。出発してからはしゃべり通しだったといってもいい。きっと沢山の知識、情報、思いが彼の頭には詰まりすぎていて、あらゆる機会を見つけて吐き出さなければ頭が破裂してしまうのだろう。
車のハンドルを持って、隣にしゃべり続ける人がいるのは、話の中身によってはありがたい。眠気覚ましになる。その意味でもドライブは快適で、Tsuさんの同行はありがたかった。
好事魔多し、という。すべてが快適に進んでいる時に、思わぬ不幸が降りかかる。
私が操る車は御殿場インターに向かう上り坂に差し掛かっていた。何の気なしにバックミラーを見た。屋根に赤い回転灯を載せた車が迫ってくる。しかも、回転灯が回転している。
「そこのベンツ、止まりなさい」
あちゃー、捕まっちゃった!
高速道路ではついついアクセルを踏みすぎる。だって、速く走る目的でつくられたのが高速道路である。周囲に車が少なければ、もっと速く走ろうというのが人情ではないか。
だから、後続車には十分気をつけねばならない。前や横にパトカーがいたらすぐに分かるが、後ろから来るパトカーには気が付きにくい。少なくとも5分に1回はバックミラーをのぞき、パトカーはいないか、不審な動きをする覆面パトカーはいないかに注意を払う。それが、高速道路を走る時の鉄則である。そして、私はその鉄則を遵守するドライバーであった。
ところが、この時だけは鉄則を忘れた。ついついTsuさんの話に引きずり込まれ、バックミラーを見ることを忘れていたのだ。速度? 115㎞〜120㎞/時程度ではなかったか。
高速道路脇に車を止めた私は、違反切符を切られた。
「おう、大道君、大変だったな。交通ルールは守らなくっちゃな」
というTsuさんに、
「あなたの話に気を取られて注意が散漫になったから捕まったのである」
とはいえない。ましてや、責任の半分はあなたの話にあるのだから、反則金の半分を負担してくれ、などというわけにはいかない。
そんなトラブルがあったが、フォーラムが始まるまでにゲストハウスに到着できたのがせめてもの救いか。
私がフォーラムの中身を全く記憶していないのは、
「ああ、また交通反則金を取られるのかよ!」
としょげていたためかもしれない。人は、いやな記憶はいつの間にか消し去るものだといわれるではないか。
いや、もしそうなら、消え去るべきはスピード違反で切符を切られた記憶のはずだ。それはしっかり覚えていてフォーラムの中身が消え去っているということは……。
私の記憶装置にはどこかに欠陥があるのかもしれないなあ。