2024
03.19

私と朝日新聞 デジキャスの10 「らかす」の現形が生まれた

らかす日誌

デジキャスの内側のことにも触れておこう。

初代社長はテレビ朝日のマルチメディア局長だったOさんだった。Oさんと私、それに朝日新聞から来たKo君は開局前からの知り合いである。この事業をどうするか、よく語り合った。

ある日私は、ふと言わずもがなのことをOさんに言ってしまったことがある。

「社長の仕事はスピードを持って決めることです。即断、即決です。急いだ結果、間違うのは仕方がない。それよりも、いつまでも会社の方針が決まらない方がずっと罪が深い。そして社長の決断の51%が正しければ会社は回っていくものだと思います」

いま思い出しても顔が赤くなるほど高飛車な発言である。Oさんはテレビ朝日でマルチメディア局を率いていた人だ。その程度の事は十分にわきまえていたはずである。なぜこんなことを言ってしまったのか。ひょっとしたらOさんが何かで迷っていて、なんとか励ましたかったのか。

デジキャスは放送開始前、定期的に全体会議を開いた。どんな会社にするのか、全員で知恵を集めた。
ある日の議題は、ホームページの作成だった。デジキャスは企業である。であれば、ホームページは必須である、というのがほとんどの人の意見だった。
たった1人、反対したメンバーがいた。である。

「ホームページ(HP)を持つのには金がかかる。だから、HPを作るのなら目的をはっきりさせなければならない。デジキャスは日替わり、時替わりで動画を流すテレビ局ではない。普通のテレビ局には毎日の番組表をはじめとした情報をHPで表示しなければならないだろうが、同じ情報を流し続けるデジキャスには毎日変わる番組表はない。HPが必要だろうか? それに事業のめども立っていないから新規採用の予定もない。こんな会社があるのだとアピールする必要もない。だったら、金をかけてHPを立ち上げる必要はないのではないか?」

そんな趣旨だった。だが、私の論点はほぼ無視され、明瞭な目的も持たないまま、デジキャスはHPを作ることになった。
デジキャス社内でHPを担当したのは日立製作所から来て総務局にいた社員だった。そして、コンテンツの制作は富士通関連の会社に発注することになった。富士通としては5億円の一部でも回収しようと言うことだったのだろう。

両社の話し合いでコンテンツが決まり、HPは出来た。その閲覧者数が毎回の全体会議で発表された。更新などしないHPだから閲覧者数は低空飛行である。私が懸念したように、ただあるだけのHPった。数ヶ月もすると、私は苛立ちを感じ始めた。相談したのは、キヤノンから来たHa氏である。

「HPの閲覧者数が惨憺たるものだよね。あんなものに金を使っていていいのかい?」

「問題だよね。富士通関連の会社に金が流れるだけになっている」

「俺が言った通りになったろう? どうする?」

「どうしよう」

こうして私が乗り出さざるを得なくなった。まず、社内でのHP担当の仕事を私が奪った

「営業目的に使うために改修したい。だから営業局長の私に任せてもらいたい」

とでも言ったはずだ。
そして、閲覧者数を増やす方策を、制作を担当していた富士通関連会社に求めた。それだけでなく、

「アイデアコンペにする」

と宣言し、他の会社にも閲覧者数増加策を求めた。
手を上げたのは、テレビ朝日関連のプロダクションだった。絶対に閲覧者数を増やす方策があるという。

「向こうの会社からはたいしたアイデアは出て来ていない。あなたのところはどうするの?」

「HPというのは中身を更新しなければ閲覧者数は増えません。更新頻度を上げます」

「だけど、デジキャスには毎日変わる番組表なんてない。更新頻度を上げるのは難しいよ」

「だから、日記を始めるのです。毎日とは言いませんが、せめて週に1回は新しい原稿をアップする。そうすれば、必ず閲覧者数は増えます」

「へえ、私、あまりネットサーフィン(古く、懐かしい言葉です!)なんかしないけど、HPってそんなものなんだ。分かった。それで、誰が日記を書くの?」

あなたに決まっているじゃないですか」

!!!

「ちょっと待ってよ。私は仕事を発注する立場だよ。あなたのところに任せるとして、閲覧者数を増やす仕事をするのはそちらの方の仕事じゃないか」

「何を言ってるんですか、大道さん。あなたは朝日新聞の記者でした。言ってみれば、プロの物書きです。そんな人が社内にいるのに使わない手はないでしょう」

…………。

「はい、私も時々書きますよ。お手伝いします。だから、ね、やりましょうよ」

………………。

「いや、私は新聞の原稿は書いてきたが、HPの原稿なんて書いたことがない。新聞原稿みたいに固いのはあまり読まれないんだろ?」

「柔らかい原稿の方が読まれますね。でも大丈夫です。あなたなら書けますよ。プロなんだから

逃げ場がなくなった。こうして私は、デジキャスのHPで原稿を書く羽目に陥った。しかし、新聞の原稿ならきっちり取材をして書く。だが、いまの仕事で取材なんか出来るはずがない。いったい何を書けばいいんだ? ネット上の読者が喜んで読む原稿って、どんな原稿なんだ?

いまの「らかす」の現形は、こうして誕生した。「らかす」と名付けたのは私がデジキャスを離れてからである。