2024
04.27

私と朝日新聞 事業本部の5 任地が決まりました。桐生です。

らかす日誌

朝日新聞で35年働いた私に、60歳の定年が目前に迫った。

「日本の年金問題を解決するには、定年を延長、あるいは撤廃するしかない」

とは、長年の私の持論だが、この持論が実現する前に私は定年を迎えることになった。実に腹立たしいが、現実は受け入れるしかない。

では、テレビ局への天下りが実現しないまま60歳の誕生日を迎えたのだから、私は①晴釣雨読に入る、②大学生になる、のどちらかを選ぶのか。それとも、毎日が日曜日になることを見据えて録りだめた7000〜8000本の映画を鑑賞する日々に突入するのか。毎日3本立てて見続けても1年で約1000本。7〜8年は時間がつぶれる計算である。

それも考えた。しかし私には解決しなければならない問題があった。生活費である。年金が満額出るのは65歳からだ。それまでは雀の涙ほどしか年金は出ない。とすれば、蓄えを取り崩す日々が始まる。この蓄えがあてにならない。そもそも蓄えを始めることができたのが57歳。たいした金が貯まるはずがない。退職金も出るが、なんとその最低6割は、企業年金に吸い上げられる。手元に残るのは

「たったこれっぽっち?!」

という金でしかない。その取り崩しを始めれば、たちまち窮してしまうだろう。暮らしを支える経済基盤がどうしても必要である。

まず、体を点検した。とりあえず、どこといって悪いところはない。気力。これもまだまだ現役気分である。毎日が日曜日の日々は退屈するに違いない。働かねば。

朝日新聞には定年後再雇用制度があった。記者経験者のは地方取材の第1戦で再雇用する。テレビへの天下りの道を塞がれた私に他の選択肢はなかった。

「再雇用してもらいたいのだが」

という私の申し出はすぐに受け入れられた。

「何か条件はありますか?」

という問いに、私は3つの条件を挙げた。

①横浜の自宅から1時間半程度以内のドライブで行き着ける場所
②温暖な土地
③大きな病院があるところ

ご記憶かも知れないが、差が妻女殿は長年膠原病を患っている。膠原病には寒さが悪さをする。妻女殿が発症したのは札幌だった。そして、国の難病に指定されている難しい病気だから専門医が必要だ。そのための条件が②③だった。

「わかりました」

と条件は受け入れられた。そして労働条件が示された。

①給与は月額16万円
②ボーナスは年2回、各15万円
③期間は原則3年、場合によっては+4年延長できる
④最初の任地には2年にてもらう。3年目からは自宅から近い支局に異動してもらう
⑤最初の3年は毎年400万円(だったと思う)を退職金として積み立て、3年が経過したら支払う
⑥4年目からは積立額は250万円(200万円?)とする

以上である。ということは、年収は額面で222万円。勧めの涙の年金を合わせても、さて.300万円には届くまい。これで暮らしていけるのか? だが、他に選択肢はない。私は了解した。

数日たって呼び出しを受けた。

「大道さん、任地が決まりました。桐生です」

桐生? 頭のどこかに引っかかっている地名だが、さて、桐生って何県でしたっけ?

「群馬県です」

群馬。ほう、妻女殿の両親は群馬県富岡市の出である。また長女の旦那は、いまは高崎市に吸収された吉井町出身。私は群馬県に縁があったか。
後に知ったが、私が通った九州大学は、渡良瀬川を汚染した足尾鉱毒事件で知られる古河鉱業が国に支払った賠償金(だったと思う)を原資として設立された大学である。桐生市は渡良瀬川と桐生川の扇状地に生まれた都市だ。と考えると、何か見えない糸で桐生に導かれたような気がするから不思議である。

だが、赴任地が決まった時、桐生は見知らぬ町であった。頭の中に残っているはずの知識の断片を引っかき回して出て来たのは

「甲子園で優勝した高校があったな、桐生第一高校とかいうのではなかったか?」

後にインターネットで検索した。繊維の町として発展した桐生は、繊維産業が衰退すると3つのパチンコメーカーが覇を競う町になった。その紹介文には

「繊維産業で培った技術の蓄積がパチンコメーカーを生みだした」

というようなことが書いてあった。
ん? 織物を織る技術とパチンコ台を作る技術に、いったいどんな関係があるのだ? 訳のわからない町であるなあ。それが第一印象である。さらに、桐生の食べ物を調べた。

・うどん
・ひもかわ
・ソースカツ丼
・鰻

とあったように覚えている。
うどんはいいとして、ひもかわとは何だ? 何、幅の広いうどん? あるいは短冊状にしたすいとん? 私は名古屋のきしめんが嫌いであった。丸いから腰があって食べでがあるうどんをわざわざ平べったく伸ばしている。平べったいから上顎にペタペタくっついて食べにくい。ひもかわとはあの類か?
ソースカツ丼? 何でご飯の上にトンカツを乗せる? ご飯とトンカツを別にしてキャベツでも添えればよいものを。おかしな好みを持つ町である。

桐生出身の有名人をググってみた。私にわかったのは歌手の由紀さおりさん、西武ライオンズお投手、後に監督を務めた渡辺久信氏程度である。それも渡辺氏は平成の大合併で桐生市になった新里の出身。高校は前橋工業である。
ふむ、その程度の町か。

まあ、いいか。2年しかいない町である。私の人生にさほどの陰影は与えまい。2年間を楽しくすごせればいいではないか。3年目からは自宅に近い支局というから、恐らく神奈川県内に移動するのである。桐生がどんな町なのか、気にしても仕方がない。

私は全てを受け入れた。