2024
05.04

私と朝日新聞 桐生支局の5 亀山市長に嫌われた!

らかす日誌

桐生市では、確か毎月、市長の定例記者会見が開かれる。私が初めて定例会見に出た日のことだから、2009年4月の出来事である。

定例記者会見だから、テーマは市側が決める。その日は桐生市本町1,2丁目が、間もなく文科省から重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)に指定される見通しだ、という話題だった。重伝建とは、昔の街並みをいまに伝える地域を文化財として保護していく、という国の制度である。

ほう、桐生市にはそのような地区があるのか。一度見に行ってみようか。ボンヤリとそんなことを考えながら、ふと閃くものがあった。あれは奈良県の飛鳥地区である。かつてここには飛鳥京が置かれた。国の都だから宮殿や豪族の屋敷が建ち並んでいた。だから、飛鳥一帯は、ほんの少し土を掘れば文化財級の遺物がゾクゾクと出る。それがために、

「この地域の開発はまかりならん」

と文化財保護派はいう。開発されたら文化財が毀損されてしまうではないか。
しかし、いまそこに住んで生活している人たちにすれば、一切の開発はまかりならん、というのは非常に困る。飛鳥に住んでいても現代文明の恩恵にはあずかりたい。祖のためには開発しなければならない。現状を替えなければならない。開発するなだって? 私たちに千数百年前の環境で暮らせというのか! という反発が当然起きる。

いずれにも言い分がある。保存か、開発か。難しい問題である。日本の文化と歴史を守るのか。いま生きて射る人たちの暮らしを大事にするのか。飛鳥での保存か開発かの話を何かで読んだか、あるいはテレビで見たかした記憶が私にあった。そうか。保存か開発か、は飛鳥だけの問題ではないのではないか?!
私はおずおずと(でもないか!)手を挙げて質問した。

「なるほど、重伝建に指定されそうな街並みが残っていることは素晴らしいことです。でも、奈良の飛鳥に見るように、保存か開発かは悩ましい問題です。重伝建に指定されるということは保存を優先することになる。その場合、住民の暗しにはどんな制約がかかるのでしょうか。暮らしにくくなることはありませんか? 逆に、その制約を受け入れて重伝建に指定されることで、地区住民にはどんなメリットがあるのでしょうか?」

記者としては当然聞かねばならないことだと思った。何しろ、私は「重伝建」という言葉を、この場で初めて聞いたのである。重伝建に指定された地域の住民の暮らしがどうなるかを知らねば、判断のしようがない。朝日新聞として、といえば大げさだが、少なくとも朝日新聞に記事を書く一介の記者として、重伝建指定に賛成の立場に立つのか、それとも問題点を指摘する記事を書く記者になるのかを決めなければならないのである。

きっと、そんな質問が出るとは思ってもみなかったのだろう。モゴモゴとした、わかったようでわからない返答しか出て来なかった。まあよい。こんなことは記者会見ではよくあることだ。あとで調べることにするか。それで終わりだと思っていた。

だが、亀ちゃんの方はそれでは終わらなかったようである。記者会見場を出ると、お付きの役人に

「あのいやな質問をしたのは、どこの誰だ?」

と聞いたという話を私が聞いたのは、ずっと後のことである。

「大道さん、あのですね」

と話を切り出したのは、早くも呑み友だちになった市職員である。情報源、あるいは自分の考えをぶつけて反応を見る相手を見出すには酒を飲むに限るのだ。
そうか、私は市長の嫌われ者になったか。しかし、あれしきの質問で機嫌を損ねるとは。桐生にはあの程度の質問ができる記者がいなくて慣れていなかったのか?

「先日、たまたま市長と会ったら、『君は朝日新聞の大道と呑んでるそうだが』っていうんですよ。別に隠すことではないから、『はい』と答えたら、『あの記者と呑むのはあまりよくないと思うぞ』と釘を刺されました」

ふむ、私はそこまで嫌われてしまったか。でも、記者としてしなくてはならない質問をしたら嫌われるなんて、今や地方都市のレベルはそんなものなのか?
だが、気にすることはない。市長からは情報が取れなくても、情報源はいくらでもある。淡々と仕事をすることにしよう。

「それで、あなたとの飲み会は今日で終わりなの?」

「冗談ではないですよ。『はい、そうですか』って聞き置くだけです」

極めて健康な市職員であった。

改めてお断りしておくが、いま私と亀ちゃんは、極めて、とまではいわないが、親しくお付き合いする仲である。マイナスから始まった人間関係も、上手に育てればその程度にまでは育つのである。