2024
06.03

私と朝日新聞 桐生支局の35 鼻毛のはなし

らかす日誌

行きつけの床屋で見慣れぬ看板を見た。

「鼻毛脱毛800円」

えっ、鼻毛の脱毛? そんなもの、金を出してやってもらおうという客がいるのか?
聞いてみると、東京都内では結構流行っている商売らしい。それを桐生でもいち早く取り入れ、東京の半分の値段でやり始めたという。

「大道さん、いかがですか?」

いえ、結構です。伸びすぎた鼻毛ぐらい自分で抜きます、といいながら、面白いと思った。これ、記事になる

記事にするには写真がいる。シャッターを押すのは私だから、鼻毛を抜かれている被写体が要る。次に鼻毛抜きの客が来るのを待つか? いや、それではいつになるか分からない……。
はっと思いついた。前橋総局にいる若手に取材させよう。若い記者はできるだけ沢山原稿を書いた方がライターとして成長する。こんな話だって記事になることを知るのも修行の1つだ。よし、若手に書かせよう。

前橋総局のFu君に電話をした。

「どう、君が取材して書いてみないか? 書くには自分で体験した方が良い。君が鼻毛を抜いて貰っているところを俺が写真に撮ってやるから、どうだ?」

「わかりました。私、行きます」

こうしてでき上がったのが、この記事である。

散髪さっぱり
一緒に鼻毛も

桐生の美容室、脱毛サービス人気
痛みは一瞬 穴ツルツル

髪の毛と一緒に鼻毛もさっぱりしませんか——。桐生市の理美容室が始めた鼻毛脱毛サービスが口コミで人気を呼んでいるという。都内などでは多くの店で採り入れているサービスというが、いったいどんな内容なのか。
同市錦町2丁目にある創業49年の「ゾートス・サロン・チェリー」。店前の観葉植物に囲まれた看板に大きく「はな毛脱毛800円」と書いてある。親子2代で営む理容師の河野明子さん(43)は、テレビ番組で芸能人が脱毛を試しているのを見て、自分の店でもやってみたいと思った。父の倉造さんは「鼻毛にも役割があるんだ」と難色を示したが、「ビジネスや祝い事の前に手入れしたい人がいるはず」と提案し、昨年10月から始めた。8010円という値段は都内のサロンの半額近い価格といい、週4〜5人の利用客がいるという。
記者も試してみた。専用の加熱器に入った小豆大の粒状の樹脂(ワックス)が溶けると、亜希子さんが棒ですくい、冷めないうちに記者の鼻の穴にさし込んだ。ホワイトチョコのような色と香りで違和感はない。1分ほど待つと明子さんが「いきますよ」。両手で引っ張ると「ブチッ」と音が鳴り、一瞬の痛みが。棒にはサボテンのように毛がずらりと絡みついていたい。鏡を見見ると鼻の穴はツルツルに。空気の通りが違う気がした。痛かったのは一瞬だけで、その後はなんともない。
販売元のトリコインダストリーズ(大阪市)によると、製品は昨年4月に業務用として販売を開始し、化粧品などの展覧会に持ち込んだところ人気を呼び、都市部を中心に導入する理美容室が相次いだという。担当者は「成果が目に見えるので試したくなるのではないでしょうか」と話している。

以上である。これだけならわざわざここに書き残すような話ではない。若手の記者に記事を1本プレゼントしたというだけのことだ。

それだけの話ではすまなくなったのは、しばらくたってからだった。当時は前橋総局の雰囲気があまり良くなかったらしい。前橋総局の若手が頻繁に桐生に酒を飲み来た。私としても、若い記者に

「飲みましょう」

と声をかけられれば悪い気はしない。おお、私は若い連中に慕われているのか! と喜んだ。寿司屋に予約を入れ、居酒屋で酒を飲み、たまには飲んだ後我が家に連れ込んで一緒にビートルズを聴いた。
そんな飲み会の席だった。

「ねえ、大道さん、この間、Fu君の桐生に呼んで記事を書かせたでしょう」

「うん、書かせたよ。若い記者は1本でも多く記事を書かないと成長しないからね」

「私もそう思うんだけど、Fu君はそうは思っていないみたい。『大道さんは自分で仕事をするのがいやだから、僕に書かせた』って前橋では言ってるのよね」

!!

まあ、人間、考え方、受け止め方、感じ方は人それぞれである。しかし、彼のためによかれと思ってやったことが、全く逆の結果を生むとは。
人との、中でも世代が違う若い人たちとの付き合いは難しいという教訓を学んだ。その教訓を忘れないため、ここに書きとめておく次第である。