01.06
2013年1月6日 大河ドラマ
NHKの大河ドラマ「八重の桜」が始まった。
初回は75分と、いつもに比べて30分長い特別番組だったが、出だしは好調だ。わずか1世紀半前の会津のたたずまいが、何とも心地よい。
ならぬことはなりませぬ
いけないことは、いけないことだ。これは理屈を越えたことなのであるという主旋律も、小才のきく軽薄才子が屁理屈を駆使して世を睥睨しようとする昨今、妙に胸に落ちる。
ここにあるのは、これまでの暮らしを支え続けてきたものを大切に思う、まっとうな保守主義である。
とにかく、昨年の大河ドラマは大転けした。
権力は歴史を捏造する。平氏の事績は、その後権力を奪った源氏が捏造した。中国や韓国の権力が、いまだに歴史を捏造して国民を操ろうとするとの同じである。歴史の捏造は、その時の権力を粉飾する情報戦略の一環なのだ。
源氏により、平氏は「驕れる一族」として粉飾された。驕れる平氏は久しからず。清盛のあっち死に。平氏と聞くと、私の脳内からは、そんなフレーズが飛び出してくる。
だが、本当にそうなのか?
「平清盛」と銘打った昨年の大河ドラマには、平氏の新しい位置づけを期待した。見事に裏切られた。
遊びをせんとや生まれけむ
は、大河ドラマ「平清盛」の主旋律である。夢中になって遊びに興じる子供を見れば、誰しもが持つ思いではある。だが、成人してまでそんな思いを持っている人々を、我々は「遊び人」、あるいは「ニヒリスト」、と呼ぶのではないか。
人生はすべて遊び。だったら、おもしろおかしく遊んで生きた方がいい。結果なんか知るものか。
そんな人生を実現できたとしても、残るのは空しさだけである。
清盛は空しさに包まれながら死んだのか? 恐らく違う。果たし得なかった夢を悔いながら身罷ったはずである。
清盛は、何よりも結果を求めた男だった。皇室、公家の番兵としてしか認められていなかった部門に生まれ、皇室や公家に足蹴にされながらも
「お前らがナンボのもんじゃ。いまに見とれ」
と、藤原摂関家の治世に終わりが見え始めた時代、心の内で舌を出し続けた男ではなかったか。
階級制度が世の秩序を作り上げている中、秩序を覆すことに、まず全力を挙げた。それは、遊びではない。
成果が見え始めると、次に国を富ますことを考えた。貿易立国である。そのため、福原に遷都しようとした。旧来の秩序にしがみつく公家や寺社の抵抗で志し半ばで還都するのやむなきに至ったが、清盛は当時の水準からすれば、群を抜いた知性を持ち、その知性をフルに使って国家を経営をしようとした。そのような人物は、革命家と呼ばれるのが相応しい。
惜しむらくは、彼も時代の子であった。権力を手中にすることを、公家化することと捉えてしまった嫌いがある。いや、本人は、公家の真似をすることに心地よさなど感じなかったかもしれない。しかし、権力を手中にしたことを世に示すには、一族を挙げて公家の習俗を取り入れるしかなかった。
ために、権力奪取の苦労を知らぬ子孫は、生まれついての公家に成り下がり、源氏に討ち滅ぼされる。
NHKの清盛には、革命家としてのダイナミクスはかけらもなかった。演じた俳優の力量を問うより、革命家清盛を、ファミリードラマの登場人物におとしめてしまったシナリオライターとディレクターの不見識を問うべきである。
史上最低の視聴率もむべなるかな。
だから、大河ドラマが、順調な滑り出しを見せたことは極めて慶賀すべきことである。何しろ、日本人の歴史観を作るのは大河ドラマなのである。
「八重の桜」初回には、世の大事なことは子供のうちからきっちり教え込む、甘やかしていては子供は成長しない、そんなこともきっちりと描き出されていた。
何となく期待を高めている私である。
昨日から、肩の運動を始めた。もう10か月近くも痛み続ける我が右肩。医者に従って漢方薬を飲み続けているが、症状は一進一退で、いつになったら本格的にギターの練習を再開できるのか、心許ない。
よって、こちらから積極的に立ち向かうことにした。体を動かし、肩を治す。
バイブルは、雑誌「Tarzan」の1月24日号。「4ステップで攻めて解消! 肩こり・腰痛」というヤツだ。4ステップとは、緩める、温める、ほぐす、防ぐ、なのだそうだ。
このうち、実践し始めたのは緩める、ほぐす、のステップ。温めるに関しては、すでにホッカイロを患部に貼って実践中だから無視である。防ぐ、は、完治してから始めても良かろう。
いや、実に詳細にステップを解説してある。一通りこなすのに10分から15分。終わると、やや汗ばみ、息が弾む。いい運動になっているということだろう。
驚いたのは、多くの運動が、昔やらされたラジオ体操と極めて似通っていることだ。ということは、ラジオ体操とはまっとうな身体生理学に基づいたものであったか。
昨日はとりあえず1回だけ。今日は2回やった。心なしか、右肩が楽になったような気もするが、プラシーボ効果かもしれない。本当に効果が出るかどうかはこれからである。
期待する効果が現れるのか否か。いずれご報告する。
4日から仕事を再開した。といっても、お屠蘇気分が抜けきれない4日は仕事になるはずもない。5、6日と連休が続き、まあ、明日6日から今年が始まる。
といっても、私が忙しいのは年末年始のような、啓樹、瑛汰、璃子、嵩悟が我が家で一堂に会するような休日であって、平日は実に安息日の連続である。
今年は、どのような仕事をするのか? それともしないのか?
さあ、明日からしっかり休養を取るぞ!