2015
02.07

2015年2月7日 アゴ

らかす日誌

とは、我が故郷九州では、トビウオの別名である。アゴを干し、それを砕いて出汁を取る。うどんやソーメンには欠かせない。

全国には、うどんの味を郷土自慢にするところが結構ある。讃岐うどんはその筆頭で、ここ桐生も、うどんが自慢である。東北に行けば稲庭うどんがある。
だが、どこのどんなうどんに比べても、博多うどんに勝るものはない。あくまで腰はなく、なのに、スタスタ切れることは絶対にない絶妙の歯触りの麺に、素晴らしい出汁のきいた汁が絡む。トッピングは、ゴボウ天にとどめを刺す。刻みネギを、これでもかというほど山盛りトッピングし、それにいなり寿司を合わせる。

皆様、博多に行かれたら、本物が廃れて、どんぶりを鼻に近づけるとプンといやな臭いがするスープが横行し始めた博多ラーメンには見向きもせず、博多うどんを賞味されるようお勧めする。
至福の時が過ごせることを保証する。

アゴ、であればそのような話になる。
が、今日はアゴ、ではない。、の話である。そう、長ければ長いで、短ければ短いで問題になり、出ていても引っ込んでいても美観に関わる。あの、顎、である。

実は3日前から顎が痛い。左の顎関節が、口を開閉するたびにガクガク音を立てる。さほど痛みは感じないが、まったく痛まないわけでもない。ま、痛みそのものよりも、口を開閉するたびに、ガクッとひっかかる感じがなんともいやである。
いやだから、できることなら口を開閉したくない。口を開きっぱなしでは、どう取り繕ってもアホにしか見えないから、ずっと閉じていたい。
だから、

「何で人間は、口を開閉して食べなければ命をつなげないんだろう?」

なんてことを考えたりもする。

私も長く生きてきた。食ったり、飲んだり、しゃべったり、あるいはあの娘のあられもない肢体に我を忘れて……したり、つまり何かにつけて口を開閉してきたのが私なのだ。そのたびに、関節は摩擦を繰り返す。そりゃあ、しょっちゅうすりあわせていれば、どこかが削れてかみ合わせが狂うわなあ。その挙げ句が

ガクガク顎

なのだろう。

「という具合なんだけど」

と今朝、妻女殿に申し上げた。
単なる報告だったのかも知れぬ。
老化が進んでいるのはお主だけではないのだ、と連帯を求めたのかも知れない。
でも、だから優しくしてよと甘えたのではないはずだ。
何しろ、老夫婦のなのである。体の現状については、少なくとも最低限のことは伝えておかねば、まさかの時にどちらかが慌てることになる。

「ああ、顎関節症?」

なんということであろう。私も知らぬ病名を、私に比べれば知識の量が遥かに劣ることは間違いない妻女殿が一発で特定された。

「私も、昔やったことがあるわ」

ああ、そうか。昔、ね。ということは、持病のせいで、私より遥かに早く老化が進んでたんだ。
で、どうした?

「歯科に行くのよ」

歯科? 葉が悪いんじゃないぞ。

「でも、歯科なの」

ああ、そうですか。

「ああ、そういえば、みのりがかかったことがあるから、もっとよく聞いておくわ」

みのりとは、我が家の次女。瑛汰と璃子の母である。

ん? あいつがかかったことがある? あいつ、まだ34歳のはずだ。それが、かかったことがあるとは、じゃあ、かかったのは20代のことか?
おい、老化が原因でこんなことになったと思っていたが、年齢は関係ないのか?


「聞いたわ」

昼過ぎ、妻女殿がおっしゃった。

「熱いタオルで顎を温めて、マッサージするのが一番いいんだって」

なるほど。だがそれから数時間、いまだに熱いタオルは私の前に出てこない。私は、暖まっていない左顎を、素露ソロとなでさするだけである。
顎を温める? その程度のものは自分で用意しろということか。

夕食時、食卓に水炊きした鳥のブロックが出てきた。

「おい、悪いが小さく切り分けてくれないか?」

怪訝な顔をするだけの妻女殿であったから、ここはいま一段の解説が必要だと判断した。

「口を大きく開けたくないし、かみ切るために顎に力を入れるのも避けたい」

包丁を取りに席を立ちながら、妻女殿はおっしゃった。

「えっ、まだ痛いの?」

あのなあ、俺、痛くなったのは3日前なの。そんなに早く治るものなのか? 熱々のタオルも出さずに。

「ああ、そうだわ。私の時も、1ヶ月ぐらいかかったなあ」

最後に出てきたのは、ご飯ではなく、雑炊であった。

という具合に、多少は気を使っていただける幸せを噛みしめたいと念じつつ、

「人生ってこんなもの?」

と嘆息する、本日の私であった。