10.16
2016年10月16日 DACづくり-3 轟沈
昨日、Mさんを朝からお訪ねした。
Mさんといっても、ご記憶に薄い方もいらっしゃるかも知れない。とりあえずはこちらをごらん頂きたい。無謀にも、自作のDACがほしくなった私の師匠である。
思い起こせば、Mさん宅を初めてお訪ねし、ご指導を受けながらDACづくりを始めたのは6月18日のことであった。あの日は部品もまだ揃っておらず、途中で作業を切り上げた。早く完成させたいとは思いながら、7月は仕事に追われ、ついでに神経痛まで発症して何ともならなかった。8月、9月は最後の会社勤め、引っ越し、新しい住まいの整備と慌ただしい日々を過ごした。10月になって少し落ち着いたので、Mさんのご都合を伺い、昨日お邪魔したのである。
Mさんと私が手がけたDACは、おおむね2つの基板で成り立つ。DACそのものと、そこに必要な電力を供給する電源基板である。
6月の作業でDAC基板だけは、見たところでは完成していた。しかし、その後1人で作業を進められたMさんは大変に苦労をされたらしい。電源基板を作り上げ、DAC基板と繋いで動かしたところ、
「いやあ、煙は出るし、音は出ない。おまけに部品の一部が発熱する、と大変でした」
苦労に苦労を重ねられ、ついにはDACチップの破損を疑って新たに購入されて既存のものと交換、やっと音が出たと思ったら
「音が片一方からしか出ないんですよ」
難行、苦行の連続だったらしい。それでも、ついに完成され
「うーん、やっぱりいい音が出てますよ」
そうか、我が師匠でもそれほどの苦労をされたか。
「でも、あなたのDAC基板も見てみたのですが、割ときれいにできていて、これなら一発で音が出るんじゃないかな」
と、励まされながらの作業再開であった。
まず手がけるべきは電源基板である。パーツはすべてMさんが用意していてくださった。
「さあ、作りましょう」
といわれても、私にはまったく電気に関する知識がない。どうすればいいんですか?
「ああ、そうですか。まず、トランスで100Vの電圧を、必要な電圧に下げます。それで、ほら、ここに100Vを入れるわけです。こちらには出力端子が、ほらGrand、10V、20V、25V、30Vとありますよね。Grandは0Vですから、基板のここに繋いで、必要な電圧は10Vと20V、30Vで、それはここに結線して……」
ふむ、これはいかん。まったく分からん。トランスで電圧を下げるところまでは分かる。だが、それは交流電圧であって、必要なのは直流の3.3Vであるはず。いったいどうすれば、そんな直流電圧が取り出せるのか。
「だから、ここにコンデンサを噛ませて、レギュレーターで……」
突然たくさんの知識を吹き込まれては、わたしの老化した脳が破裂する。だとすれば、いわれたとおりにハンダ付け作業をするしかない。
が、訳のわからぬ作業とは、それだけでストレスである。
「これ、落ち着いたら電気理論を勉強して、少なくとも電源基板の仕組みだけは分かるようにならなくては」
固く決心しながらの作業であった。ま、その決心がいつ実行されるかは不明のままであるが。
で、とりあえずできたのだ、電源基板が。家庭のコンセントに差し込むと、見事に指定の直流電圧が取り出せている。
「ブラボー」
午前中の作業はここまで。昼食のために家に戻りながら
「電源基板は一発でできた。だとすれば、DAC基板だってちゃんとできているはず」
と自信を深めた私であった。
午後の作業はケースづくりから始まった。DACも電源部分も、基板がむきだしである。そのままでも使えないことはないが、ケースに入れて市販品まがいにした方が使い勝手がよい。
この道でも、Mさんはプロ並であった。なにしろ、お持ちになっている工具がすごい。庭に小さな小屋があり、そこに町工場にでも迷い込んだような道具類が並んでいる。
アルミの板や棒を切断する。穴を開ける。穴にねじを切る。切断面を磨く。それがすべて、ここにある据え付け型の電動工具で行われる。だから、狂いがほとんどない。
「Mさん、DACづくりがうまくいったら、2人で商売始めましょうか。DACを完成品にして売りましょうよ」
思わず、私の口からそんな言葉が流れ出した。
それはそれとして、ケースづくりは途中で材料不足が明らかになった。1㎜厚のアルミ板、フロントパネルにつかう木の板が足りなかったのである。
「じゃあ、それは私が買いそろえてきます。次回の作業ということにしましょう」
と提案しつつ時計を見ると、もう午後3時を回っていた。そういえば、私のDACからちゃんと音が出るのかどうかの確認がまだだった。
「今日はケースではなくて、音を出す方に集中しましょう」
作業部屋に戻り、必要な部品を取り付け、2つの基板を接続してMさんのオーディオ装置に繋ぎ、Raspberry Piから音楽信号を取り込むようにセットした。いよいよ音出しである。緊張の一瞬だ。
「あれ?」
といったのは、私だったか、Mさんだったか。
「音、出ませんね」
「出ませんね」
出ない。何の音も出ない。
「おかしいな。煙は出ないし、発熱している部品もない」
と診断したのはMさんである。
次にテスターを取り出し、電圧を測り始めた。
「うん、これも正常です。うーん」
まったくもって、うーんである。何が、どうしちゃったの?
「そうだ」
といったMさんは、CDプレーヤーを取り出した。ここからの音楽信号で音を出してみようというのである。
「うーん、やっぱり出ませんね」
そこで、Mさん作の、私のものとまったく同じDACを接続してみると、見事に音が出る。
「ということは、私のだけが音が出ないわけですね。うーん」
いやいや、午前中の元気はどこへやら。見事な轟沈である。泣きたくなる、とはこんなことか。
いや、泣く暇はない。轟沈するには轟沈する理由がある。轟沈の原因は何か? を究明するのが次にやらねばならぬ事である。
しかし、だ。私にとってDAC基板は迷路である。それに、虫眼鏡で見なければ見えないようなパーツが集りでもある。私に、原因が究明できるか?
ここは、途方に暮れるしかない。
が、途方に暮れながら時計を見るともう5時を回っていた。いかぬ、そろそろおいとましなければならない時間ではないか。
「私も、もういちど見ておきますよ」
Mさんはそういってくれた。ありがたいことである。が。だ。音が出ないDACは私のDACである。こいつをきちんと組み立てる責任は私にあるのだ。
「はい、御願いします」
と師匠に挨拶しながら、さてどうしたものかと考え込む私であった。
ホント、どうしよう? 基板に取り付けたパーツを一度すべて取り外し、改めて取り付けてみるのかなあ。でも、そんなことできるか?
いっそ、もう1セット買って、ゼロから作った方が早くないか?
このショックからはなかなか立ち上がれそうにない私であった。