05.16
古希とはこのような年齢であったかと確認している私であった
寝込むほどではないが、体調が悪い。原因はわかっている。酒、である。
今週はハードな日々だ。月曜日は自宅で原稿を書いた。火曜日は夕刻から群馬大学発ベンチャーの運営についての幹部会を開き、引き続いて恒例の産学官の飲み会であった。幹部会のメンバーは全員、この飲み会の参加メンバーでもある。
幹部会は約1時間で終わり、飲み会に移行した。飲み会は予定通り午後6時半からスタートしたが、会場の片隅の置かれたテーブルを占拠して幹部会を開いていた4人は、そのままの席で飲み会に突入した。
気分も飲み会に突入していればこのようなことにはならなかったはずである。ところが、その直前に突っ込んだ話をしていた4人の気分が直ちに切り替わるはずもない。飲み会が始まると、飲み、かつ仕事について議論するという最悪の展開となった。
無論、時にはその席を離れ、そのほかの飲み会参加メンバーと歓談した。しかし、席に戻ると、ふたたび仕事の話である。
6時半にスタートした飲み会は、午後9時頃から席が空き始めた。それぞれの都合に合わせて帰宅する人が出始めたのである。ところが、我々4人はそうはいかない。ベンチャーの仕事をこれから手伝ってもらおうか、という5人目の参加があったから、話はいつまでも尽きないのである。
午後10時、ほかの参加者の姿はなくなった。幹部会メンバーの一人も、翌日速い仕事があるといって帰宅した。しかし、残された4人が囲む我々のテーブルだけは話が佳境に入る。話が佳境に入れば、飲みむ量も佳境入るのが自然である。コップに注いだ日本酒がすぐになくなる。なくなれば酒のある場所まで行ってコップに酒を満たす。なみなみと酒が入ったコップをもってテーブルに戻り、またまた議論が始まる。
「でも、大道さん、最後の30分はあなたがひたすらしゃべり、お説教してましたよ」
と翌日私に語ったのは、その場で議論を続けたメンバーの一人である。
「えっ、俺が説教していた?!」
私にはそんな記憶はない。前向きの話をしていたはずである。私に説教されたという人物に聞いてみた。
「俺、説教なんかしなかったよね?」
彼は答えた。
「ええ、説教というより、たくさんダメ出しをされました、私」
酒の上で説教する。いかん!。 古希とはそんな年齢であるか?
帰宅したのは12時近かった。バタンキューである。
夜中に目が醒めた。何となく気持ちが悪い。トイレに行って戻すほどではないが、全身、特に胃のあたりが変である。それでも、目をつむっていたら2度目の睡眠がやってきた。
昨日目を覚ましたのは7時半頃だった。布団の中で目をあけながら、思った。
「起きたくない!」
私のような腰痛持ちにとって、寝ている時間にはある上限値がある。それを越して横になっていると、腰に来る。腰のあたりの筋肉のこわばりが強まるのである。だから、朝目が醒めたら、直ちに起き上がる方が良い、とは私の生活の知恵である。
ところが、昨日は
「起きたくない!」
夜中からの気持ちの悪さが続いていたのである。だから、このまま身体を投げ出していたい。
そんな気持ちを押し殺して、起きることは起きた。朝飯も食った。そして、ハードな1日が始まった。
午前10時、ある会社を訪問。これから我々のベンチャー企業との取引をしてもらおうとの挨拶である。
午後1時、群馬大学で毎月定例のベンチャー企業役員会、続いて3時半から全体会議。5時過ぎに終えて、
「ああそう、あなたは今日桐生に泊まるんだ。だったら飯を食わなきゃね」
ということで4人で会食。酒の出ない夕食の膳はなく、この日も酒。
「いやあ、昨日飲んだ酒が悪かったのかなあ。今日は朝からというか、昨日の夜中から気分が悪くてさ。今日は酒を控えめにするわ」
と私が宣言して始めた夕食会であったが、やがて
「大道さん、私と同じペースで生ビールを飲んでるよ。私が2杯飲む間に1杯ぐらいにしないと」
と注意を受け、
「あ、そうだね」
と答えながら、2杯目も同じペース、3杯目も同じペース。きっと、彼のペースが遅すぎるのだ。
その挙げ句、
「うーん、何だか気分が良くなってきたんだけど」
迎え酒というのは瞬間的には効果が出るものらしい。
帰宅は9時半。前日に比べて酒の量が少なかったため、映画を1本見て就寝。
これまでなら、今朝起きたときは前日の悪夢が嘘だったようにすっきりと目覚めていたはずだ。ところが今朝は
「うーん、まだ引っ張ってるな」
なるほど、古希とはこのような年齢であるのかと確認を迫られた私であった。
そして、明日がまた飲み会。来週は22日に東京まで仕事で行き、23日は前橋で飲み会。
いささか辛い日程が続く私である。
負けるな、古希!