2020
05.19

瑛汰からラブコールが来たのであった。

らかす日誌

横浜の瑛汰が数日前、

「ボス」

と電話を架けてきた。夜の11時半頃である。
瑛汰が架けてくる電話の中身は聞く前から知れている。

「数学、教えて欲しいんだけど」

である。
その数日前にも電話があり、その時は

「xy−x+y−1、って式を進数分解しろっていうんだけど、よく分からないんだ」

であった。聞くと、この式を

(y−1)x+(y−1)

とまとめるところまでは自分でできたらしい。その先が

「どうして(x+1)(y−1)になるのか、分からん」

これは因数分解を始めたばかりのときに陥りやすい盲点であろう。私も同じような疑問を数十年前に持ったような記憶がある。

「そうか。それなら、(y−1)をAに置き換えてみろ。そうしたら、途中の式はどうなる?」

「えーと、Ax+A、か」

「それを因数分解すると?」

「Aでまとめるから、A(x+1)、だね」

「それからAを元に戻してやると?」

「あっ、できた! ありがと、ボス!」

まあ、この程度の疑問なら即座に解いてやることができる。同じような問題をいくつか解いていれば、やがて(y−1)がひとまとまりのブロックに見えるようになって、他もの文字に置き換えなくてもそのまま因数分解できる。

ところが、この日の電話は一風変わっていた。

反四角柱って知ってる?」

というのである。
半分の四角柱ではなくて、四角柱の反対? なんじゃそれ? ボスは聞いたことも読んだこともないぞ。

聞けば、自宅待機中の理科の宿題なのだそうだ。自力で反四角柱の展開図を描き、切り抜いて組み立て、写真を撮ってSNSで送りなさい。

「それが分かんなくてさ」

ふむ、いまの中学生とはこんなことをやらされるのか。

「まったく分からん。しばらく待て」

電話を切ってググってみた。最初に出たのは

反四角柱形分子構造

である。

「中心原子の周りに8つの原子または原子のグループまたは配位子が反四角柱(英語版)の各頂点に配置された化合物の構造」

って、何のこと? 反四角柱にはリンクが張ってあるが、(英語版)とあるから日本語の解説ではないらしい。ということは、日本語の解説はないということか? 瑛汰がそんなことを勉強している?

「反四角柱」

の見出しがあるのはこれである。しかしこれは、展開図しかない。いったい何なんだ、反四角柱って?

やむなく、瑛汰に電話をした。

「こんなページがある。この展開図をプリントアウトして組み立てたらどうだ?」

とりあえず、その場はそれで納めた。
しかし、反四角柱って何なんだ? 分からないことが残ると、なんだか頭の中がモヤモヤして気持ちが悪い。再びググって「反角柱」を見つけた。わかりにくい解説を何度も読み、どうやら、四角柱を側面が三角形になるまでねじった立体であると推測をつけた。
頭の中で、粘土で作った四角柱をねじってみる。側面がどんどん変形し……、あ、いかん、粘土に切れ目が入り始め、とうとうねじ切れてしまった! 本当に側面が三角形になるのか?

などと思考錯誤した結果、どうやら四角柱の底面と上面(というんだっけ?)を90°のになるまでねじると側面が三角形になるらしい、と見当をつけた。であれば、側面はすべて二等辺三角形になるはずで、だったら、底面と上面を正方形にすれば展開図も描けるはずだ。

早速取りかかった。正方形を描く。その4辺を底辺とした二等辺三角形を描く。1つの三角形の底辺ではない辺から、同じ二等辺三角形を描き、その底辺の1辺とする正方形、その周りの二等辺三角形を書き加える。これで展開図は完成したはずだ。

「しかし、どこにのりしろを作れば?」

この辺とこの辺がくっつくはずだから……。

とりあえず仕上げてはさみで切り抜き、組み立てようとした。あれ、できないぞ?

底面が正方形の正四角錐が2つくっついた形になった。どこを間違った?
どうやら私は、立体字形をイメージできる脳の持ち主ではないようだ。あれこれ考えるが、よく分からん。しかし、原理は間違っていないはずで、間違いはちょっとしたところにあるはずだ。

思いついて、この図形を2つに切り離した。こうすれば上と下の正方形を90°ねじることができる。ねじって、どの辺とどの辺をくっつければ求める「反四角柱」ができるかやってみよう!

切り離した。2つの正四角錐ができる形になった。底面と上面を90°ねじる。くっつかなければいけない辺を探す。ほほう、これが「反四角柱」という物か。くっつかなければならない辺も分かった。そのうち1つをセロテープで固定した。これを開けば、描かねばならない展開図が分かるはず……。

あれ? 最初に描いたのと同じじゃないか! 違ったのは、のりしろの位置だ。そうか、だから、本来はくっついてはいけない辺同士がくっついて「反四角柱」にならなかったのか。

もう一度展開図を描き、のりしろをつけなければいけない辺を慎重に見極めた。その結果できたのが、冒頭の写真である。我が力作をご鑑賞いただきたい。

「瑛汰、できたぞ!」

と電話を掛け、iPhoneで写真を撮ってメッセージで送った。

「瑛汰、見たか?」

「あ、うん、いまちょっと忙しいから、後で見ておく」

このような努力とは、この程度にしか評価されないものであるらしい。

しかし、「反四角柱」って何なんだ? アルキメデスの反角柱なんて表現も出てくるから、単なる数学的探求の結果出てきたものか? それとも宇宙を解明する科学の研究が、何かの構造を調べていてぶっつかり、

「あれまあ、アルキメデスさんって、すごいことまで研究してたんだね」

と研究者を驚かせたのか?
こんなものを中学生が学ぶ。世の中は随分進んでいるらしい。

コロナウイルス、世界の死者が32万人を突破した。
多分、市役所の広報車が

「不要不急の外出は自粛して下さい」

とマイクで叫びながら我が家のそばを通った。
ボスの思考錯誤の傍らで、コロナウイルスとの闘いは続行中である。