06.03
とことん合理主義 – 桝谷英哉さんと私 番外編 I :プリアンプの製作 1
今回から3回シリーズで、クリスキットのプリアンプ、Mark8-Dを製作する。丁寧に作業を進めれば、ほとんどの人が立派なアンプを完成させることができるような製作記事にしたい。
残念ながら、全員とは書けない。吹き出しそうな思い出がある。
我が家に遊びに来た後輩が音楽を聴きながら、
「このスピーカーは、どこのですか?」
と聞いた。
「どうして?」
と聞くと、
「こんなにいい音は聴いたことがない」
という。
その時のセットは、クリスキットのMark8-DとP-35III、CDプレーヤーがソニー製、スピーカーは、左右両方で2万円程度のちゃちなJBLだった。そこで、私は、
「音がいいのはスピーカーのせいじゃないよ。アンプ、特にプリアンプだよ」
と、桝谷さんの受け売りをした。なかなか信じてくれなかったが、とうとう、
「私もこのアンプが欲しい」
と言い始めた。ものの価値が判る男である。が、製作経験はないという。そこで、
「では、私が教えてやる。我が家に来て作りなさい」
と招いた。
ものの価値が判る男は手伝ってやりたい。
当日、製作上のポイントは、すべて教えた。
時間はかかったが、とりあえず完成した。でも、
音が出てこなかった。
点検して唖然とした。信号入出力用RCAプラグの付いた板が、何と外側から取り付けてあった。リアパネルに、四角な黒い板がずらりと並んでいる。内側から取り付けるから、RCAプラグだけが外に出て美しい。機能的にはどちらから付けても同じだが、板まで見えてしまっては、はっきり言って汚い。
こんな簡単なところに神経が行き届かない人が作ったものは、中の配線等々は見なくても想像ができる。きっとグチャグチャなのだ。
人間には、能力の差が歴然とあることを思い知らされた。
とはいえ、一定の範囲の中に入っている人には、できる作業である。私にさえできるほどだから、この範囲は相当に広いものであるはずだ。
さて、残念ながらクリスキットは2006年3月いっぱいで販売をやめてしまった。心から惜しいと思う。そう思った人が多かったらしく、アンプについては6月まで注文を受け付けるそうだ。
この製作記事を残しておくのも、役に立たないことはないだろう。それに、既に持っている人が修理を迫られたときも参考になるかもしれない。
ということで、公開を続けることにした。
作業工程1:部品を出す
最初にしなければならないのは、箱の開封である。開封なんて、とバカにしてはいけない。乱暴にやると、紙で手を切ってしまうこともある。現に、私は何度も切った。痛い思いをしたくなければ、慎重に開封した方がよい。
開封すると、すべての部品が登場する。
個々の部品を、この段階で点検する必要はない。ここで点検すると、部品がごちゃごちゃになって始末が悪い。とりあえず、これだけ見事にバラバラになった部品を、自分で組み立ててしまわねばならない宿命を自ら背負い込んだことを確認すればいい。
作業工程2:抵抗のリード線を曲げる
最初の作業は、前の写真で右下に見える4枚の基板に、部品を取り付けることだ。
ポイントは、基板に取り付けたときに背が低くなるものから取り付けること。従って、作業は抵抗から始まる。
ちなみに、クリスキットの基板はエポキシグラスファイバーで作った特注品である。そこいらで売っているベークライト製と違い、極めて硬く、丈夫である。
(雑談)
桝谷さんは、私の目の前で、この基板を机にたたきつけたことがある。
「ほら、こないにしても割れまへんねん」
プリアンプに使う抵抗は、全部で39本。両端からリード線が出ている。これを適当なところで折り曲げないと基板に取り付けることができない。作業はリード線の折り曲げから始まる。
クリスキットで使う抵抗は、抵抗の本体となる金属(抵抗体)を約8時間、電気炉で焼いて水分を完全に飛ばしたあとエポキシ樹脂を巻いて作ってある。錆を防ぐため、エポキシ樹脂は抵抗体を空気中の水分から守っているのだ。抵抗体が錆びると、雑音の原因になる。
だから、このエポキシ樹脂の部分は、絶対に傷つけないように注意しないといけない。樹脂とリード線の境目から曲げると、力のかけ具合によっては樹脂にひびが入りかねない。それを避けるため、写真のようにリード線に何かを押しあて、境目から少し離れたところを曲げる。
もちろん、リード線は基板にある穴に差し込むことになるから、事前に差し込む2つの穴の距離を測り、これとピッタリ合うように曲げないと、あとで苦労をすることになる。
作業工程3:抵抗を分類する
39本の抵抗は、抵抗値などによって16種類に分かれる。リード線を折り曲げた抵抗は、とりあえず色の付いた帯(カラーコード)が同じ色のものをひとまとまりにして全体を分けておく。
作業工程4:抵抗値を計る
抵抗値はカラーコードで表示されている。カラーコードから抵抗値を読みとってもいいが、念のためにテスターですべての抵抗の値を測っておいた方がいい。万が一、メーカーの作業ミスで表示と抵抗値が違っていることがないとも言い切れないし、人間の判断というのは案外頼りにならないもので、あなたの見間違い、勘違いも起きうるからだ。
ここは、自分を含めて誰も信用しない。疑い深くなったほうがいい。
なお、メーカーの名誉のために付け加えておくと、私が作ったアンプはすべて抵抗値を測ったが、カラーコードがまちがっているものはひとつもなかった。
作業工程5:抵抗を基板に挿す
すべての抵抗値を測り終えたら、いよいよ信号基板と電源基板に抵抗を取り付けていく。基板には、どこにどの部品を取り付けるか、すべてプリントされている。抵抗を取り付けるところには、抵抗値まで書いてある。
33KΩと印刷してあるところには33KΩの抵抗を持っていき、両端の穴にリード線を差し込んで、エポキシ樹脂部分が基板にしっかりと付くまで差し込む。
この時無理をするとリード線が曲がってしまうことがあるので、ある程度差し込んだら、後からペンチやニッパーで引っ張ってやった方がいい。この際も、片方のリード線をギュッと引っ張るとおかしな具合になってしまうので、両方のバランスを取りながら引っ張ること。
抵抗の向きに気を遣う必要は全くない。が、向きを一定にした方が、仕上がりは綺麗である。私は習慣として、抵抗の頭(カラーコードの第1色帯がある方)をアース側、または出力側に向けている。もちろん、この逆でもいい。
ピンぼけ写真になってしまった。左手で基板を支え、右手でデジカメを持つという不自由な作業を強いられたためである。ごめんなさい。
基板の裏側には、このようにリード線が出る。付け根のところから少し曲げて、がたがた動かないようにしておく。
抵抗の取り付けが終わると、上の写真のようになる。左右は信号基板、真ん中は電源基板。
裏返しにすると、このようにたくさんのリード線が出ている。
作業工程6:抵抗のハンダ付け
いよいよ、作業らしい作業が始まる。ハンダ付けである。
ここで、確認しておこう。
・ハンダごては40Wのものを使うこと。
・ハンダはJISマークが付いたヤツか、60/40の表示が付いたものを選ぶ。
・ハンダ付けの要領を紙に書くと、ハンダごて(40W)の先を部品の足の根元に、足と箔面との両方にくっつくようにあてて、ひとつ、ふたつ、みっつと数えてから、糸ハンダの先をあてると、吸いこまれるように、ハンダがのる。実に楽しい作業である。マージャンで徹夜をするより楽しい作業だと私は思う。
(「音を求めるオーディオリスナーのためのステレオ装置の合理的なまとめ方と作り方」より)
また、初めてハンダごてを持たれる方、それに近い方は、すべての抵抗を基板にはめ込んでからハンダ付けするのではなく、抵抗を1本差し込んだら基板を裏返してそれをハンダ付けし、終わったら次ぎの1本を、といった具合に、ひとつずつやった方が作業が楽で間違いが少ない。
私も、最初はそうした。
ハンダ付け作業を写真で示すと、こうなる。
写真のように、基板の銅箔と銅箔から出ている抵抗のリード線の根元の両方に、2、3秒間、ハンダごてを押しあてる。この3者の境目にハンダの先をくっつけると、あら不思議、音もなくハンダが溶け、必要なところに流れていく。そこでハンダごてを離せば、すぐに温度が下がり、ハンダは綺麗に盛り上がってピカリと光る。
写真では、ハンダごての右上にハンダ付けが終了したリード線が見える。
なお、基板にラグ端子があるが、ラグ端子と基板の銅箔も、この作業の中でハンダ付けしておく。機械を使って完全に締め付けてあるとはいうが、経年変化を考えると、ハンダ付けして導通を確実にしておいた方がいい。
すべてのポイントのハンダ付けが終わると、左の写真のようになる。
作業工程7:余分なリード線を切り取る
盛り上がったハンダから飛び出しているリード線は、百害あって一利なしのよけいものである。遠慮会釈なく、ニッパーで切り取る。
切り取ったあと基板の表を見ると、左の写真のように、整然と抵抗が並んでいる。
安物のデジカメは、接写が苦手だ。ちゃんと写したつもりが、パソコンに画像を取り込んでみたらこんなにぼけていた。ゴメン。
作業工程8:トランジスタなど
基板に取り付けるのは、背が低いものから、の原則の元、次の作業はトランジスタとツェナーダイオードの取り付けとなる。
クリスキットのプリアンプに使われているトランジスタは、4種類で合計10個。
四角な板から3本の足が出ている2SC4793というトランジスタは間違いようがないが、黒い小さな頭から3本の長い足が出ている
2SA992
2SC1845
2SC945
は、外見がまったく一緒である。どれがどれかは黒い頭の側面に、小さな文字で印刷してある。肉眼で見えなければ虫眼鏡を持ち出して、確実に3つを分類しなければならない。
以前、自分で組み立てた知り合いから
「完成したが音が出ない。見てくれ」
といわれて、しぶしぶ見てやったことがある。
驚いた。この3種類のトランジスタが、2SA992があるべき場所に2SC945といったぐあいでに、まったく勝手に使われていた。これで正常に作動するはずがない。
キットと一緒に送られてくる組み立て説明書にもちゃんと書いてあるし、基板にはそれぞれのトランジスタの型番が明記してある。こいつは、文字が読めないのか? いったい何を頼りに組み立てたのだろう?
このトランジスタを、基板に書いてあるとおりに、基板に差し込んでいく。トランジスタの向きも、基板にプリントされている通りである。
信号基板にはトランジスタを取り付ける場所としてQ1からQ4までがプリントされている。このうちQ2だけは、トランジスタの種類も違うし、3本の足の向きが他と違っているので注意する。
トランジスタと一緒の袋にはいっているので一緒に写真を撮ってしまったが、左から2番目、小さな本体と長い足を持った部品は、電源基板に使うツェナーダイオード。定電圧や基準電源を得るためによく使われる素子で、逆方向に一定以上の電圧をかけると、急に電流が流れるようになる。
こいつは、硝子容器に黒い線がはいっている方を、基板に印刷してある矢印の向いている方に合わせ、電源基板に取り付けてハンダ付けする。
こうして、差し込み終えたら、抵抗の時と同じように基板を裏返してハンダ付け作業に入る。作業が終わったら、盛り上がったハンダから出ている線を切るのはいうまでもない。
作業工程9:コンデンサ
クリスキットのプリアンプに使うコンデンサは、合計34個。
写真の上左にある8個が、オーディオグレードの電解コンデンサで、信号基板に使う。
右上の5個は電解コンデンサで、こちらは電源基板に使う。
真ん中に見える青いのはタンタルコンデンサで、信号基板に取り付ける。
その左のちいさいのはセラミックコンデンサで、やはり信号基板用。
右の黄色いのはフィルムコンデンサで、電源を入れたときのショックを吸収するために、電源スイッチに取り付ける。ここではまだ取り付けないので、なくさないようにしまっておく。
四角な茶色の板から2本の足が出ているのは信号基板に使うフィルムコンデンサ。「104K」と書いてあるのが12個、「224K」と書いてあるのが2個ある。104K = 0.1μF、224K = 0.22μF なので、間違えないよう信号基板にとりつける。
このうち、電解コンデンサ、タンタルコンデンサは+と-の極性がある。足が長い方が+なので、基板にプリントされている指示に従い、極性をまちがわないように慎重に取り付ける。
極性を間違えると、電源を入れてしばらくすると、かなり大きな音をたてて爆発する、と桝谷さんは書いている。私は爆発させたことがないので、どんな音が出るかわからない。いずれにしても、極性を間違えてはいけない。
私は、左右の信号基板に電解コンデンサをはめ込んだら、ハンダ付けする前に、2枚の基板を比べて間違いがないかどうかを確かめることにしている。
この確認作業では、左右の信号基板は鏡面対象になっていることに注意する。
基板への取り付けが終わったら、これまでと同じようにハンダ付けをし、余分なリード線を切断する。
これで、基板への部品の取り付けが終わった。
案外簡単だった?
作業が終わると、下の写真のようになる。
作業工程10:アッテネータ基板
さて、ここからアッテネータ基板の作業に移る。まず部品を確認しよう。
例によって、この作業では必要がない部品も写っている。同じ袋に入っているからだ。
とりあえず必要がないのは、次の通り。
まず、上の2つ。これらは、ボリュームとバランス。右側に飛び出しているところを回してみると、ボリュームは小刻みなクリック感が伝わってくる。バランスは、ちょうど中点でクリック感がある。
次に、その下にある黒いやつ。これは交流を直流に直す4端子のダイオードで、電源基板に取り付ける。
こいつらは、先ほどの黄色いフィルムコンデンサと一緒にしてしまっておく。
ここで使うのは、下に10個ある半固定抵抗だ。
半固定抵抗には3本の足があり、これをアッテネータ基板に差し込む。
どの向きに差し込めばいいのか迷うかもしれない。実際、初めて組み立てたときは、私も迷った。足と足の間の抵抗値を測ったりしたが、それでもよく判らない。
しばらく考えて、はたと気付いた。半固定抵抗の足は平らになっている。基板に開けられている穴も直線になっている。そこに注意すればまちがうことはない。というより、ひとつの向き以外では、取り付けができなくなっているのである。なーんだ、だ。
差し込み終えたら、例によって裏返してハンダ付け。
表から見ると、こうなっている。