2006
07.08

2006年7月8日 水漏れ

らかす日誌

額に冷たいものが落ちた。夕刻、犬の散歩から戻って自宅に入りかけたときのことだ。
我が家は、1階の半分が駐車場兼玄関へのアプローチに、半分が家屋の1階部分になっている。冷たいものを感じたのは、アプローチ部分に入ったときだった。

「ん?」

と上を見上げた。冷たいものは上から落ちてきたに違いないからだ。アプローチの天井になっている部分に、水が染みだしているのが見えた。下を見た。アプローチのコンクリートが濡れている。

「ありゃあ」

この真上には風呂場がある。どうやら、風呂場のどこからか水漏れが始まったらしい。我が家は築22年近い。数年前から、あちこちが傷みだしている。

犬を自宅に入れ、脚立を持ち出した。傷みだした家の持ち主には必需品なのである。水が漏れている場所の下に脚立を立て、上って点検口を開けた。中をのぞき見る。おお、あそこか。風呂桶の排水溝の近くから、水滴がポトリポトリと落ちている。止まる気配はない。

「おーい、また水漏れしてるぞ」

2階のキッチンで夕食の支度をしていた妻殿に声をかけた。

我が家では半年ほど前、給湯器からキッチンにつながるパイプに穴が開いた。洗面台をはずし、その下の床に穴を開けてパイプの一部を取り替えるという大工事になり、確か10万なにがしのお金が飛んでいった。
その1年ほど前には、トイレの排水パイプから水が漏れた。便器とパイプのつなぎ目がゆるんだためで、3万なにがしを修理だとして支払った。
これが、「また」の背景である。

「私、何もしてないわよ。お風呂を沸かしただけなんだから。ほかになもしてないわ」

最近、妻殿は弁解が多い。私が何も言う前から弁解をする。ふだんからプレッシャーをかけすぎているのであろうか。

「いや、何をしたか、しないかではない。おそらく、どこかが耐久年限に達したのであろう。まずくすると、風呂桶にひびが入っている。これだと、我が家はハーフユニットを使っているから、風呂場の大改装となり多額の修理代がかかる。たぶん、パイプの継ぎ手のゆるみだと思うが、とにかく修理屋を呼べ」

自らの責任を免れたことでホッとしたのか、妻殿は、

「あーあ、22年もたつと何でも壊れるわねえ。給湯器ももうすぐ壊れそうだし、あれも壊れたし、これも壊れたし、ほんと、年はとりたくないわねえ」

などどいいながら、電話をかけにいった。そういえば妻殿は、右足と左足を修理した経歴を持つ。壊れるのは家の造作だけではないのだ。まったくもって年はとりたくない。そういえば私も、最近肩こりがひどい。

修理屋さんは7時過ぎにやってきた。点検口を開けっぱなしにしておいたから、そこからのぞいて原因箇所を探してくれるだろう。そう思って飲み始めていたビールを飲み続けていると、彼は何度も2階にあがってきて風呂場をのぞいている。変なやつだな、風呂場をのぞいても何もわかるはずはない。水漏れ箇所を特定するには、通常、漏れてくる水を追いかけるしかないはずだ。

 「どうしたの? 風呂場を見たって何もわからないんじゃないの? 点検口からのぞいた方がいいと思うんだけど?」

意外な答えが返ってきた。

「はあ、私もそう思うんですけど、今日は脚立を持ってこなかったもので」

我が家は2階に風呂場がある。私は玄関のアプローチの天井にある点検口からのぞき、風呂桶の下部から水滴が落ちているのを確認した。という状況は電話で説明しておいた。それなのに、脚立を持たずに現場に駆けつける修理屋さん。なかなか剛の者である。でも、だからといって風呂場をのぞいて、どうやって原因箇所を特定しようというのだろう?

 「脚立? だったら、うちのを使いなよ」

 「えっ、脚立をお持ちですか。助かったなあ」

客に助けられる修理屋さん。あなたにはプロとしてのプライドはないのか?

が、まあ、プロはプロである。10分もすると原因箇所が特定できたらしい。

「給湯器から風呂桶につながっている2本のパイプのうち1本から漏れてますね。パイプ自体もだいぶ腐食して粉をふいてます」

ね? 正しいアプローチをすれば、仕事はスムーズにはかどるだろ? と喉まで出かかったが、何とか押しとどめた。

「で、どうするの?」

 「特別の部品が必要なので、月曜日に発注します。その部品が届いてから修理に伺うことになります」

というわけで、我が家は近く、小規模な手術を受けることと相成った。ま、妻殿の、2度にわたる大腿骨骨折修理のための手術に比べればたいしたことはあるまい。心配した風呂桶には異常がないらしく、その面でも安心した。

修理屋さんが帰って、娘がつぶやいた。

「なんか、トロい人だったね」

娘よ。世の中には様々な人がいる。そして一所懸命に生きている。そのように、一面だけで人を判断してはならない。そもそも、私から見れば、おまえだってトロい娘なのである。

と言い聞かせようかと思った。が、まあ、今日は娘のつぶやきも仕方がないか? と思い直してしまった。

私はまだ、

天は人の上に人を作らず

の精神からは遠いところにいる。