2008年10月31日 私と暮らした車たち・その5 フォルクスワーゲンビートルの1
私がフォルクスワーゲンビートルに出会った経緯、別れた事情はすでに「旅らかす 中欧編 III…
私がフォルクスワーゲンビートルに出会った経緯、別れた事情はすでに「旅らかす 中欧編 III…
物心ついたころ、長男がいった。 「お父さん、うちの車、ウンコ色?」 私が初めて…
予告通り、24日から26日まで、四日市に行ってきた。往復800km弱。この長距離を、あのタ…
すべてを計算し尽くし、最もリスクの少ない生き方を選ぶ。それが賢い生き方なのかも知れない。 …
我が車のタイヤがパンクしたことで、「しばた新聞」の柴田さんと、このページを通じて対話をした…
前回の日誌について、柴田さんの「しばた新聞」(いまは名前が変わっているようです)でまたまた…
前回の日誌で、我が愛車のパンクを書いた。予想もしなかったところから反応が返ってきた。ブログ…
連休の中日というのに、朝から不快なことが続いた。厄日か? 1件目はパンクである。 …
私はネット上で、安堂礼人を名乗っている(現在は実名にしております=2017年9月13日のコ…
我が家のキッチンの天井に取り付けられていた蛍光灯が、ほとんど一握の砂と化したことは、9月3…
期待はずれというか、この軟弱者め、と怒鳴りつけたいというか……。 アメリカの下院が、緊急…
にしても、である。アメリカとは面白い国だ。そんなことを考えたのは、同僚の一言がきっかけだっ…