11.20
2008年11月20日 私と暮らした車たち・その13 アコードの1
財布を握るものの責務は、財布からお金を出さないことである。会社の経理マンが大盤振る舞いをしていては、早晩会社は倒産の憂き目を見る。設備の更新、新規投資、社内からのあらゆる要求に、まずは 財布を握るものの責務は、財布からお金を出さないことである。会社の経理マンが大盤振る舞いをしていては、早晩会社は倒産の憂き目を見る。設備の更新、新規投資、社内からのあらゆる要求に、まずは
「ダメ!」
というのが経理マンなのだ。それは、決して彼らが生まれつき根性がひねくれたケチであるわけではない。それが役割なのである。
窓の開閉レバーが折れてしまった黄色いゴルフを背景に、専属運転手たる私は、恐る恐る車の更新を我が家の大蔵大臣に申し出た。
「窓を開け閉めするレバーまで折れてしまうということは、全体的にガタが来ているということだ。1つ1つ修理していてはいくらかかるか分かったものじゃない。この際、買い換えて方がいいと思うのだが……」
最初の交渉である。最初の交渉では、問答無用でダメを出すのが大蔵大臣の仕事である。ダメ出しをされて改めて大蔵大臣の攻略法を考える。国の予算編成も、概ねそのように進む。
ところが。
「そうね、買ったら」
我が耳を疑った。
同時に、妻の大蔵大臣としての資質を疑った。
(余談)
我が妻に大蔵大臣の歯質が欠けていることは、その後次々と明らかになる。Fender JapanのST62-DMC/VSP 3TSが、私の明確な予算要求を待たずして購入が決定したのもその一例である。ために、我が家には蓄えというものができたことがない。定年までの日々を指折り数えるしかなくなった現在でも、我が家の貯蓄は7桁の下のほうで低迷している。不安である。が、まあ、起きてしまったことだ。消費不況をものともせず金を使う我が家は、日本経済の活性化に大きく貢献し続けているのである。ここは、笑うしかない。のかな?
買う。想定しなかった時期にその答えが出てきて、私は混乱した。買うといったって、何を買う? まだそこまでは考えが進んでいなかった。 早急に決めなければならない。
1つだけ実現したいことがあった。新車、というヤツに乗ってみたい。何しろ、自分で車を所有し始めて15年以上たつのに、乗った車は中古車ばかりである。世間では年間数百万台の新車が売れているのだ。一度ぐらい我が家に新車がやってきてもいいではないか?
で、その条件の下で、どの車を選ぶか? 私はビートル、ゴルフと、11年以上にわたってフォルクスワーゲンの車に乗り続けてきた。彼らと過ごした日々は実に心地よかった。車を所有し、操る喜びを与え続けてくれた。
また、ゴルフにするか? 最初に頭に浮かんだ候補車である。
だが、難点があった。私は初代ゴルフの引き締まったスリムなシルエットを高く評価していた。大好きであった。ところが当時、すでにゴルフは2代目の世代だった。この2代目が、私にいわせれば丸々と太って世に登場した。下の写真を見て頂こう。
あれあれ、先代が大成功して金が貯まると、次の世代には贅沢をさせて 甘いものを与えすぎるのかねえ。何もこんなに太るまで菓子を与えなくてもいいだろうに。
肉付きがいい女性は決して嫌いではない。肉が付きすぎてさえいなければ、痩せた女性よりぽっちゃりした女性の方に惹かれる私だが、このゴルフ2を我がものにするのにはためらいがあった。
太りすぎだ。格好悪!
ゴルフは見送る。でも、だったら何にする? 迷った。候補にどんな車が挙がったのか、記憶は定かでない。憧れのベンツに190Eというコンパクトな車があった。あるいは、それも考えたかも知れない。だが、記憶によると、このちっちゃいベンツ、小さくてもベンツという訳か、490万円というべらぼうな価格がついていた。手が出る価格帯ではない。
BMWも上と同じ理由で考慮の対象にならなかった。だが、イタリアの車、フランスの車は故障が多いと聞く。アメ車はばかでかい。イギリス……。 フォルクスワーゲンの乗り心地に満足しきっていた私は、たぶん最初は輸入車を考えたはずである。だが、手が出る範囲でこれという車はない。
「だったら、いっそ国産車にするか」
そう思って決めたのが、ホンダのアコードだった、
決してスタイリングを評価したわけではない。どちらかというと、都会人になりきれない田舎者みたいな風貌を持つ車である。走りを評価するといったって、買うまでは乗ったこともなかった。カー雑誌で
「どの車にも似ない、アコード独特の乗り心地」
などいう評価もあった。それに惹かれたのでもない。第一、この評価は何物をも伝えていない。
アコードを選んだのはホンダの創業者・本田宗一郎氏 への敬意のためである。子どものころ、参戦3年目ののホンダのバイクが1位から5位までを独占したマン島レースの記録映画を見たせいかもしれない。ホンダのバイク、ドリーム号に憧れ、プラモデルを作った経験があるからかも知れない。とにかく、国産車ならホンダに乗ってみようと思った。
我が家から一番近いディーラは、東京都大田区にあった。黄色いゴルフで出かけ、関心があることを伝えた。数日後、セールスマンが我が家にやってきた。
カタログを見ながら説明を聞く。アコードと一口に言ってもグレードが5段階あるとのことだった。一番高いのから順番に、2.0Si、2.0EXL-i、2.0EXL、EXそしてEF、である。価格は200万円~130万円というところだった。
寿司屋に入った。松、竹、梅のランクがある。さて、あなたはどれをご注文されるだろうか?
私は、中間の竹を注文するタイプらしい。一番安っぽいのは嫌だ。だけど、一番高い松にするのは気が引ける。ま、そこそこ高級に見える竹にしておくか。極端を好まず、中庸を大事にする日本人の典型である。
車選びでもこの性格が出た。2.0Siは高い。EFは安っぽい。2.0EXL-iやEXは中途半端だ。だったら、どーんとど真ん中、2.0EXLにしとくか!
次は色選びである。白、黒、ワインレッド、様々な色があった。
「紺がいい」
声を出したのは、当時小学生だった次女だった。
幼きころの次女の姿は、「グルメらかす 第13回 :グルメ開眼」に登場する。成長の過程もどこかに書いた気がするが、見あたらない。重複を覚悟の上、ここに書く。車選びに重大な影響があったからである。
札幌にいた時、幼稚園生の次女は、登園前に入念に髪をブラッシングした。遅刻するのも平気で髪をとかし続ける。親が指導したのではない。
彼女の母親は就寝前に風呂に入ってシャンプーをすると、髪も乾かさずに布団に入る。そのため、翌朝彼女の髪は、二目と見られないほど爆発している。本人も多少気になるのか、手でなでつけながらキッチンに立つが、その程度の手入れでおさまる爆発ではない。子どもが学校に行き、幼稚園に行き、私が会社でに出るまで、髪はほとんどそのままである。
そんな親が、登園前の入念なブラッシングを指導できるはずがない。
次女は、誰に学んだわけでもなく、自らの意思で毎朝入念なブラッシングを繰り返したのである。
幼稚園の間は、それだけのことだった。制服があったからその程度ですんでいた、と知らされたのは私が東京に転勤になり、次女が小学校に入学してからであった。小学校には制服がない。
次女は、もちろん入念なヘアーブラッシングは継続した。新たに始まったのは、服選びである。就寝前、翌日着る服を自分で選ぶ。ただ選ぶだけではない。上がこの服の場合、下はどれを組み合わせるか。この色のスカートにはどんな色の上着をコーディネイトするか。
「ね、これ、おかしくない?」
母親に相談する。姉に聞く。納得するまで服の組み合わせを試す。時には、母、姉の意見を無視しても自分の判断を押し通す。
そう、このころから異様にファッションにこだわる娘であった。長じても三つ子の魂は変わらず、文化服装学園に進み、トゥモローランドというファッションショップに勤めた。
我が家の茶の間に、クチャクチャになった黒い布があったので、
「おい、この汚いボロ布は何だ? 何でこんなところに置いてある?」
といったら、
「何いってんのよ、お父さん。これ、ん万円もするんだから」
と怒られたのは後年の話だ。汚いボロ布と見えたものは、ショールか何かだったらしい。
いまでは瑛汰を産み、立派に母親業をこなしている。ま、往年に比べれば着るものは落ち着いてきたが、
「それが母親の服装か?」
と気になることもままある。まあ、汚くしているよりはいいだろう。
という次女が、紺色を指定したのである。私も妻も、同意するしかなかった。色の選択について、次女に対抗できるだけの好み、評価眼を備えているとはとても思えなかったからである。
しばらくして、紺色のアコード2.0EXLが我が家の仲間入りした。初めての新車である。ドアを開けて乗り込むと、独特な香りがした。
「ああ、これが新車の匂いか」
我が家族は、異口同音にそういった。中古車を乗り継いできた我が家も、やっと新車に乗れるまでになった。恐らく全員が、満足感に浸った。これから長いローン支払いが始まるという厳然たる事実は、一時的に脳裏から消えた。
あの黄色いゴルフは、確か10万円で下取りしてもらった。それを含めて、支払総額は170万円を少し出た。車にこれほど大枚をはたくのは初めてである。
ああ、俺もついに高級車を手にした!
「でさあ、ホンダの車を買っちゃったのよ。俺、初めて高級車に乗るんだわ」
嬉しさのあまり、ホンダに勤める友人に電話した。
「で、お前、何買ったの?」
友人は冷静に質問した。
「アコードのさ、2.0EXLってヤツよ」
友人は冷静に宣言した。
「お前、間違ってる。お前が買ったのは高級車じゃない。アコードは大衆車だ。そんなこといってると笑われるぞ」
知らなかった。200万円近く払っても大衆車……。大衆車って、せいぜい120万円もあれば買える車のことではなかったの?
私とアコード2.0EXLの暮らしは、このようにして始まった。これから5年続くことになる。そしていま顧みると、決して幸福な暮らしではなかった。