06.04
2013年6月4日 眼鏡屋さん
私の眼鏡屋さんは、「めいしゅう」という。
眼鏡とは、時が過ぎるにつれて微妙に合わなくなるものである。理論的にいえば、我が身体の老化が進み、それに従って眼球の硬化がが進み、眼球を作動する筋力が衰え、老眼の度が進む。進みすぎると眼鏡が合わなくなる。大枚をはたいて新しい眼鏡を買わざるを得なくなる。
私の記憶によれば、これまで使っていた眼鏡は桐生に来て半年ほどの間に「めいしゅう」でつくった。それから4年近くがたつ。
「パソコンの画面を見るとき、妙に顎が上がるな」
遠近両用をお使いの方なら分かるはずの表現である。
「布団に入って本を読もうとしても、本を遠ざけないと活字がぼやけるなあ」
そんなこんなで、2週間ほど前、新しい眼鏡を頼みに行った。
といっても、代えるのはレンズだけである。フレームはまだまだ使える。中近両用(これは自宅で使う。パソコンを見るときに重宝する)と、単焦点(もっぱら読書用。使うのは入浴時と布団に入ったときのみ)のレンズを新しくしてもらった。
「大道さん、新しいレンズが出ましてねえ。中近両用は遠くが見えなくて、これまで車の運転には使えなかったんだけど、新しいレンズだと遠くも見えて車が運転できる。少しお高くなりますが、ねえ、これにしません?」
という執拗な店主の誘いを
「いらない」
とにべもなく断り、これまでと同じ中近のレンズにした。
しかし、新製品が出ると、旧製品の価格を急落する。それまで使っていた中近レンズは、両方で3、4万円したと記憶するが、新しいレンズは2枚で1万5750円。
「ああ、また3、4万円なくなるのか」
と覚悟していた我が財布には、ことのほか温かい仕打ちであった。
しかも。
「大道さん、単焦点のレンズ、これ、いいよ。サービスしとく」
店主はどうやら私に恋をしているらしい。頼みもしないのに、スペシャルサービスである。生え際が白くなり、染めていることがはっきりする頭髪のオッちゃんから恋を告白されても私は戸惑うだけだが、まあ、恋をするのは向こうの勝手である。私が関与することではない。
と、長々と過去の話を書いたのは、これがないと今日につながらないからだ。
今日、またまた「めいしゅう」を訪れた。新しくつくった中近の眼鏡がずり落ちる。食事をしていると必ずずり落ちるし、歯を磨こうと洗面所の鏡に面と向かうと、鏡に映った私がぼやけてえらく美男子に見える。何のことはない。眼鏡がずり落ち、私は眼鏡のフレームの上から、つまり眼鏡を通さずに鏡に映った我を見ているのである。
「で、フレームを直して」
それが、本日「めいしゅう」を訪れた目的であった。
「めいしゅう」には、社長の娘が働いている。一時は父親に逆らって店を出、自立を図ったが果たせず、再びオヤジの店で働く。心労のためか、やや贅肉が落ちた。まだ、確か20代の可愛い子である。
彼女がマスクをして現れた。
「6月にマスク?」
よくよく見ると、目の周りが赤い。
「君、アレルギーか?」
聴くと、嬉しそうな顔をして
「そうなんです」
という。なんでも、多くの人は
「風邪ひいた?」
と聴くそうで、これは面倒臭いから
「はい、風邪です」
と答えるらしい。私は人事百般に通じているから、アホウな問いは発しない。ま、それはそれとして、
「薬は飲んでるのか?」
と尋ねると、いつもは飲んでいるのだがここ1週間ほど切らしており、医者が遠いのでなかなか行けないのだという。
「その薬、アレグラか?」
長く生きると知識は増える。アレグラとは、私が蕁麻疹を発症したとき、花粉症を発症したときに飲んだ薬だ。アレルギーなら、まずこの薬を使うはずだと推測したら、ピッタシカンカンだった。
「あのね、アレグラはわざわざ遠い医者まで行かなくたって、市内の医者でも処方してくれる。それに、今年から処方箋がなくても買えるようになった。医者に行きたくないんなら、薬局で買えるはずだ。保険がきかないから高いけどね。買ってこいよ」
とアドバイスしたが、なかなか動かない。ああ、そうか、今は勤務時間中なのか。こんな時は私の出番である。
「社長、娘借りるぜ」
娘を借りると行っても、これからいかがわしい場所に連れ込んで、フニャフニャしようというのではない。フニャフニャするつもりなら、オヤジに断ったりはしない。
了解を取って彼女を車に乗せ、まずJR桐生駅に向かった。皮膚疾患のほとんどは皮膚の乾燥が引き起こす。だから医者は塗り薬として保湿剤を処方する。だったら、こちらの方がいい。
桐生市の染色会社「アート」がつくっている石けんとクリームだ。特殊な技術でシルクの成分を抽出してつくっている。シルクには保湿成分が沢山含まれている。下手な薬を使うより、この石けんとクリームを使った方が肌にいい。アトピーの悩みから解放された人が沢山いると聞く。
そのクリームと石けんを、桐生駅内の売店で売っている。
「ところで、君、金は?」
「ないんです」
という会話を交わしながら、まず石けんとクリームをお買い上げ。ものはついでである。
「近くに薬屋はあったっけ?」
そこに駆けつけて、アレグラを1週間分、これも大道さんのお財布で買った。
「済みません。でも、どうして?」
「そりゃあ、これからエッチしようという女の肌はすべすべしていた方が楽しいじゃないか」
「…………」
20代にはちときついジョークだったか。
半分本音、半分、オヤジに世話になっている恩返し。早く綺麗な肌を取り戻しなよ。
「でも、大道さん、今日は暑くない?」
戻りの車で彼女がいった。
「ほんと、暑いね」
「6月の始めにこれだったら、暑い盛りには40℃超すんじゃない?」
ま、群馬には全国1の気温を誇る館林がある。別にそこに勝つこともないんじゃない?
ほんと、今日は暑かった。いよいよ、大嫌いな季節の始まりである。