2016
06.18

2016年6月18日 DACづくり-1

らかす日誌

とうとう禁断の木の実に手を出した。DAC(デジタルで記録された音楽信号を、クリスキットで増幅できるアナログ信号に変換する装置)の自作である。

我が家のオーディオ環境がネットワーク・オーディオに移行したことはご報告済みである。当初はクリスキットを中核としたシステムに、PioneerのN-50というネットワークプレーヤーを接続して楽しんだ。CDから吸い上げた音楽データを再生するのに、CDプレーヤーより遙かによい音が流れ出して、全面移行を決めた。

それで満足していたのに、I君という友人が

「私の手作りですが、聞いてみませんか?」

と持ってきたのが、Raspberry Piという、掌に乗る超小型コンピューターと手作りのDACの組み合わせたシステムだった。I君が私に求めた代価は、わずか2万円。これで立派にネットワークプレーヤーとして働き、出て来る音はPioneerのN-50を遥かに凌いだ。以来、我が家のメインシステムに納まった。現在はリビングと事務室に2セットある。

私が音楽を楽しむには、それだけで充分以上である。充分であるだけでなく、お釣りが来るほどだ。だが、我が家をお払い箱になって長男宅に居を移したPioneerのN-50の調子が悪いらしい。

「NASが見えなくなってさ。パソコンからは見えるんだけど、N-50は認識しない」

のだという。加えて、四日市の啓樹がスピーカーをつくりたいと言い出し、以来、四日市はちょっとしたオーディオブームである。
であれば、両方に

「新しく、ネットワークプレーヤーを買え」

といえば、普通は私の役割は終わる。だが、なのだ。いま評判の高いPioneerのN-70Aという機種は、最安値でも9万2000円もする。

9万2000円−2万円=7万2000円

「だったら、俺がつくってみようか」

自作すれば、遥かに安く手に入る。いろいろなDACの音を楽しむことだって可能だ。オーディオの楽しみが広がる。

ふっとそんな気になった。まずI君に相談した。

「俺にもつくれるかなあ?」

ストレートに返答が戻ってきた。

無理だと思いますよ。まあ、ここに行けばキットを売ってますけど」

ここに行ってみた。確かに、私には乗り越えられそうもないハードルを感じた。だが、

「やっぱりダメか」

と諦めるまでにさまざまな工夫を凝らしてみるのが私である。やがて解答が出た。

「俺だけで無理だったら、誰かに教えてもらえばいいジャン」

1人ですべてのことが出来る人間は存在しない。昨日書いたイチローだって、野球では天才でも、走るのが速くても、あらゆることができるわけではない。私が教えてあげられることだってきっとある。そう、人間は自分に出来ないことは他に任せたり、教えを請うたりするものなのだ。深みのある人間は、深みを支える知恵のネットワークを持っているものである。

では、誰に? I君は千葉県に住む。我が師に指名するのはちと無理だ。であれば、と探し当てたのが桐生市在住のMさんだったことも、先日書いた記憶がある。
という流れで、本日を迎えた。

Mさんが選定してくれた機種は

DAC9018K2M

という。ここで売っているキットだ。いま最高の音質を持つといわれる9018SというDACチップの簡易版とも言われる。入門編には最適である。価格は1万1100円。これも適当だ。
ま、価格はともかくとして、キットだから組み立てねばならない。その作業が本日始まったのである。

キットである。キットであるからには、必要な部品はすべてそろっている、と考えるのが普通である。 

「それがですねえ、大道さん」 

とMさんがメールをくれたのは10日ほど前だった。 

「届いたんですが、部品が全部揃ってるんじゃないんですね、これ」 

えーっ、そんなことっってあるのかよ? 

「入ってなかった部品は、私が秋葉原に行ったついでに揃えてきますけど、それでいいですか?」 

いいも悪いもない。そう願いできれば、これほど幸いなことはない。 

こうして、今日を迎えた。 

Mさんがオーディオルームに使っている土蔵が作業場所だ。午前10時過ぎに着席、すぐにキットを取り出し、これからハンダ付けする部品をみた。小さい。 

「えーっ、こんなのにハンダ付けするんですか?!」 

チップ抵抗、チップコンデンサ、などという部品は幅3mm、長さ5mm程度。豆粒よりさらに小さい。 
それだけでも唖然としているのに、ロジックICという部品は左右に10本の細い足が生えたムカデのような代物で、足の太さ、足と足の間の隙間は1mm以下、恐らく0.6mmぐらいしかない。足の細さはスタイルの良さの別名、と勘違いしている女も多いが、さて、これからハンダ付けするところがこれだと、

「……」 

呆然とする私に、Mさんは言った。 

「それで驚いてちゃいけません。DACチップなんて、もっと細いピッチのハンダ付けになりますし、そもそもDACチップには足が生えていません。それをハンダ付けするんです」 

ハンダ付けとは、基板にプリントされた銅箔に部品の必要な部分を電気的に接続する作業である。部品から足が出ていれば、基板の銅箔とこの足をハンダ付けする。だけど、その足がない? じゃあ、どこをハンダ付けするの? 

「それなんですがねえ、ハンダ付けするのはDACチップの裏側にあるんですよ。いてみれば、足が裏側に折りたたまれているようなもので、実は折りたたまれているのではなく、チップの一部になっているんです。それを基板の銅箔とハンダ付けします。それに、ハンダ付けする部分の間隔は、さっきのロジックICよりさらに狭く、0.5mm程度でしょうか」

DACチップは、1辺が5mmほどの正方形である。裏返してみると、確かに4辺に細長い金属部分が並び、その間隔は実に狭い。そして基板にもこれと同じ(はず)の銅箔のパターンがある。この両者をハンダ付けするのだという。 

「だけど、これ、ハンダ付けするところが見えないじゃないですか。見えないところをどうやってハンダ付けするんですか?」 

ねえ、皆さん。私はクリスキットの作り方を書いたことがある。そこで偉そうに、ハンダ付けの仕方を指導したのは私である。 

「写真のように、基板の銅箔と銅箔から出ている抵抗のリード線の根本の両方に、2、3秒間、ハンダごてを押し当てる。この3者の境目にハンダの先をくっつけると、あら不思議、音もなくハンダが溶け、必要なところに流れていく」 

私はそう書いている。

ねえ、クリスキットをつくる時は、ハンダ付けしなければならない両者が、ちゃんと目の下にあった。どこにハンダごてを押し当てるのか、どこにハンダを流すのか、すべて目で見ることが出来た。 
ところが、このDACチップという、ちっぽけなプラスチックの固まりにしか見えないヤツは、そうはいかない。このチップのハンダ付けすべき箇所は裏側にあり、表からはまったく見えない。ハンダ付けすべき場所に置くと、見えるのは基板の銅箔だけである。この銅箔とくっつけなければならない箇所は、まったく見えないのである。しかも、その銅箔にしたって、太さは髪の毛より本訴の少し大きい程度。0.2mm前後しかない。 

「こ、こ、これ、どうやったらハンダ付けできるんです?」 

そう問いかけた私の顔は、ひょっとしたら青ざめていたかも知れない。無理だろ、こんなハンダ付け……。 

「私も困ったんです。ま、それはおいおいご説明しますから、とりあえず、練習をしましょう。これ、このロジックICから始めてみてください」 

こうして、私の挑戦が始まったのであった。