12.08
2016年12月8日 磁力
「磁力と重力の発見」
という本を書いたのは山本義隆さんであった。元東大全共闘議長。
「連帯を求めて孤立を恐れず、力及ばずして倒れることを辞さないが、力尽くさずして挫けることを拒否する」
山本さんが書いたのかどうか知らないが、1969年1月、東大安田講堂の壁に残っていた宣言である。東大全共闘の記録
「砦の上に我等が世界を」
を貪り読み、この一文のカッコ良さに痺れた年代である私は、この琴線に触れる宣言と山本さんを切り離すことができない。
日本でノーベル賞に一番近い頭脳といわれながら全共闘運動に身を捧げた。自己否定の論理を突き詰めたからだろうか、それとも抑圧する側の人間の生産装置である大学に見切りをつけたのであろうか、闘争を終えると大学に残らず、進学塾の講師となった。
以来、九州の田舎者である私にには山本さんの消息はトンと伝わらなくなった。そのずっと後になった2003年、突然登場したのがこの本である。
嬉しくなった。ああ、山本さんは大学は辞めたけれども、勉強はやめていなかったのだ。アニキ、がんばってるな!
思わず買い求めた。全3巻の大著である。読破した。物理学の門外漢である私にどこまで理解できたかは問わないでいただきたい。沢山のちんぷんかんぷんに遭遇しながらも、最後のページまで読み切ったのは、恐らく、高い金を払ったんだから読まなくちゃというしみったれ根性と、 山本さんへの敬意のためである。
その本は、デジキャスで一緒だった H氏に貸した。彼は理系の人間である。彼なら読みこなしてくれるのではないかと期待したのである。以来、戻ってこない。
H氏、果たして読んだのかどうか……。
こんな本に入れ込んだためだろうか。最近、私は 磁力人間と化しつつある。身体から重力は発しないものの(重力って発するものか?)、磁力は確実に出している。ペースメーカーを使用中であったり、腕時計など磁化したら困るものを身につけていらっしゃったりする方は、私から一定の距離を保たれた方がよろしかろうと思う。
「何か病気でもした? でも、放射線や重粒子線を使ったがんの治療や、体内に放射性物質を埋め込むがんの治療はあるけど、磁力? 人間の身体って磁化するか? それ、いったい何?」
疑問をお持ちになるのは当然である。ま、そのあたりはおいおい明確になるので、焦らずに読み進めていただきたい。
いや、きっかけは些細なものであった。11月のえびす講の時である。
「腰、悪いんですか?」
専属カメラマンとして縦横無尽に動き回っていた私に声をかける人があった。大きなビデオカメラを抱えたカメラマンである。私は主に静止画、彼は動画を撮り、えびす講の記録を残す仕事をしていいた。長く歩いて腰に違和感を感じ、後ろに反ったり前にしゃがんだりして腰をなだめていた私お姿を見てピンと来たらしい。
「そうなんですよ。慢性でね。ずっと整形外科に通っているんだけど、やっぱり長時間立ったままだと腰が重くなってきましてね」
症状を詳しく説明した。
「そうなんですか。いや、私も以前は腰が悪くてね。同じように辛かったんですけど、いまはまったく大丈夫なんです」
ふむ、そんな治療法があるのだろうか? あるとしたら、私にその治療法を示さない整形外科医は怠惰の極みである。
「これですよ、これ」
彼は首から、金色に輝く金属製の鎖を取り外して見せた。ん? 首輪? それって、新興宗教?
「磁石入りなんです。人に聞きまして、まあ、ものは試しとつけてみたら、肩こりどころか腰の痛みも消えちゃって、いまじゃ何ともないんです」
へーっ、そんなことがあるんだ。
そういえばしばらく前、ピップエレキバンをやたらとあちこちに貼った記憶がある。が、これ、粘着テープで身体に貼るため、夏場はかぶれる。それに結構値がはる。ならばと永久磁石を使い回そうと考え、一度使ったエレキバンから永久磁石だけをはぎ取り、市販のテープで身体に貼るようにした。が、テープを短く切り、その真ん中に永久磁石を接着し、その上で身体に貼る、と手間がかかり、とにかく面倒臭い。
そんなこんなで、いつの間にか使わなくなっていた。
そうか、 首輪(治療が狙いであるため、ネックレスとは呼びにくい)なら、面倒臭くないな。
そんな経緯で、 Amazonで磁石入りの首輪を探し、2000円ほどで入手したのが半月ほど前のことだ。
さっそく首に巻く。数日たつと、何となく肩が軽い。それまではいつもゴチゴチに凝っていたのが、いくらか楽になったようである。
腰にまでは効果がなかったので、エレキバンを復活した。しかし、復活しても面倒くささは一向に改善されていない。
「えーい、それならば」
と1週間ほど前、磁石入りの 腰輪(ここはやっぱりベルト、だろうか?)をAmazonでポチってしまった。5000円也。到着したのは一昨日。以来、私の腰には常時、この腰輪がある。
こうして私は、首の周り、腰の周りから磁力を発する磁力人間と成り果てたのである。
初めて腰に巻いて一夜寝た昨朝、私はつぶやいた。
「ふーん、少し楽になったようだな」
2日目の朝、つまり今朝つぶやいた。
「やっぱりいいようだ」
私は、割に幅広い知識を持つ人間である。だから、プラシーボ効果、という言葉も知っている。鰯の頭も信心から、あるいは信じる者は救われる、という効果である。医学的には何の作用もしないものでも、当事者、この場合は私が
「効くはずである!」
と思い込んでいると、効く、ということだ。
つまり、この磁石も鰯の頭である公算だってある。それは分かる。
だが、いいではないか、それでも、と思う。問題は腰の痛みが軽くなることだ。それが磁力の働きであれ、信じる者への福音であれ、痛みが軽くなり、身体の動きが自由になればいいのである。
それでも疑い深い私は、先日整形外科医に入った時、医師に聞いてみた。
「磁石っていいんですかね?」
「ああ、磁力は血流をよくするといわれてます。私もピップエレキバンを使ったこともありますし。治療の決め手になるとは思えないけど、つけてみて具合がいいのならいいんじゃないですか」
これで治療に関する専門家のお墨付き燃えた。磁力人間、万々歳である。
と快哉を叫びながら、本日午後外出し、時間にゆとりがあったので喫茶店でコーヒーを楽しみながら読書に耽った。1時間ほどいて、さあ戻ろうと立ち上がり、支払いを済ませて車に歩きかけた時だった。
「ん? 腰が痛い! 腰輪をするのを忘れたか? いや、しているな。ということは……」
まあ、ローマは1日にしてならず、である。装着からまだ3日目。効果を云々するのは早すぎる。
半分の期待と、半分の疑いを持ちながら、私はしばらく磁力人間を続ける。そばにお寄りになる方にはご注意を御願い申し上げる。