08.09
#18 :夢の香り セント・オブ・ウーマン - 人としての高潔さ(2005年1月7日)
アル・パチーノとの出会いは、ご多分に漏れず、「ゴッド・ファーザー」だった。
(余談)
第一印象は、
「へえ、ダスティン・ホフマンって、こんな役もできるんだ」
ダスティン・ホフマンは「卒業」「クレイマー、クレイマー」などで見知っていた。アル・パチーノとダスティン・ホフマンが別人だと知って驚嘆したのは、ずっと後のことだ。
以来、彼の作品を何本も見た。もの凄い、としか言いようのない演技力、表現力に魅せられた。少なくとも一度は、彼の作品をここで書いてみたいと思っていた。だが、「ゴッド・ファーザー」は、あまりにも完成度が高く、荷が重い。いつかは書きたいが、いまの私には、まだ恐れ多くて手が出ない。
では、何を?
我が家に数本あるアル・パチーノの作品を前に、腕組みして考えた。迷った挙げ句、これに決めた。
「セント・オブ・ウーマン 夢の香り」
(余談)
候補作の一つに、「ナタリーの朝(ME, NATALIE)」という映画があった。1968年の作品で、アル・パチーノの映画デビュー作である。主演はパティ・デューク(Patty Duke)。 確かにアル・パチーノは登場した。パティ演じる、自分の容姿に強いコンプレックスを持つ女の子を、クラブでナンパしようとするチンピラだった。
「おっ、出た出た」
と思っていたら、すぐにパティに振られ、消えた。次はいつ? と期待したのに、以後、2度と登場しなかった。どうでもいい役、典型的なちょい役である。 ふむ、アル・パチーノも、駆け出しのころは苦労したんだなあ。
私は、映画に引き込まれた。私はアル・パチーノになりきった。
(余談)
私には、高校生役のクリス・オドネルになりきる選択肢もあった。しかし、いかんせん、年齢が……。
私の名前はフランク・スレイド。退役軍人である。
現役時代はジョンソン大統領の側近も努めた。将軍に昇格するチャンスもあったが、天性の毒舌でふいにした。挙げ句、酒を飲んで手榴弾を扱っているうちに1個が爆発、視力をなくした。いまは、姪の家の離れで、傷痍軍人年金を頼りに暮らしている。
自らの過去をくどくどと弁明するのは、男の美学に背く。だから、映画ではあまり述べなかったが、この場ではそうもいくまい。覚悟を固めて、正直に語ることにする。
私は、様々な裏切りにあってきた。人の醜さを、イヤというほど見てきた。
たとえば手榴弾での事故だ。公には、酒を飲んだ私が手榴弾のピンを自分で抜いて遊んでいるうち、1個が落ちて爆発したということになっていることは承知している。私のバカな甥などは、だから失明は自業自得だ、などとぬかす。
だが、賢明な皆さんはお気づきになったはずだ。甥の暴言の後に、私が小さな声で、
「ピンは付いてたんだ」
と言ったことに。
私は、誇り高い元軍人である。武器が玩具ではないことを、坊ちゃん気分の抜けない新兵どもに教え込んできた人間だ。私が、手榴弾で遊んでいたって?
では、手榴弾はなぜ爆発したのか?
事故の原因を誰が作ったかまでは言うまい。私にいえるのは、事故処理の過程で、失明した私に責任を押しつける策謀があった、ということである。策謀の主が一緒にいた同僚だったのか、それとも視力を失った私に責任をかぶせてお払い箱にしようとした高官だったかは皆さんのご想像にお任せする。
実は、妻に裏切られた過去もある。
「良心なんてものは滅びた。みんな自分が大事なんだ。浮気は当たり前、母の日だけお袋に電話する。そんな世の中なんだ」
と映画で叫んでしまったのは、そういうわけだ。軍の仕事にかまけ、妻を顧みなかった私にも責任があるのかも知れないが……。
そもそも私は、幼いころから秀でていた。周りの人間がバカに見えた。陸軍でも才は群を抜いた。毒舌にもかかわらず順調に昇進したのがその証だ。
だがこの世は、人としての矜持を捨て、平気で仲間を裏切り、権力者にはおべっかを使うずるい奴らだけがうまい汁を吸うようになっているらしい。ま、人なんて信用できないものだ。
いまや私は、話し相手もいない、単なる老いぼれの盲人だ。最近、なぜか戦場で死なせた多くの若者を思い出す。正直、つらい。喪失感が日々募る。
だが、私を裏切った奴らのようなクズにはなりたくない。私は矜持を持って生きる。誇り高い人間を演じる。そうしなければ、生きる気力が絶えてしまいそうなのだ。かくして、口やかましく、気難しい男になった。
何しろ私には、沈む心を慰めてくれる家族もいないのだ。
だが、疲れた。死のう。やりたいこと、やらねばならないことを全て済ませて頭を撃ち抜く。それには……。
「セント・オブ・ウーマン」は、男の美学と、人間の高潔さを描いた映画である。スレイドは自らの美学に従って死を選ぼうとし、17才の高校生、チャーリー・シムズの高潔な魂と勇気に出会って生きる価値を再発見するのである。
一緒に住んでいる姪たちが、実家に行くという。私も同行を求められたが拒否した。すると、留守中は、ベアード校の学生を雇って私の面倒を見させるという。そうか、計画を実行するには絶好の機会だ。
ベアードは2人の大統領をOBに持つ名門校だ。やってくる学生はチャーリーという。金持ち連中のガキが集うこのベアード校に、給費生として在学するらしい。苦学生か。へん、いずれにしても、このゆがんだ世の中でうまい汁を吸いたいという奴らの1人に間違いはあるまい。
「生意気な名門高校生か。ツイードジャケットの洟垂れガキ、ジョージ・ブッシュの予備軍だな」
初対面で一発かませておいた。お前らは薄汚い犬なのだ。
(余談)
ここでいうジョージ・ブッシュは、現職の大統領ではなく、1989年から1993年まで大統領であった父親のはずだ。それにしても、大統領ってバカにされやすい職業なのか? それとも、ブッシュ一族だけが特殊なのか?
“Are you blind? Are you blind? Why do you keep grab my goddam arms? I take your arms.”
このガキを怒鳴りつけたのは空港だ。私の計画は、ここから始まるのである。それなのに、生意気にもこのガキ、俺の腕をとろうとしやがった。飼い主の腕を取る盲導犬って、いるか? 俺が盲導犬の腕を取るのだ。カッとしたついでに言った。
「MTVで育ったガキはみなアホだ」
俺の実感だ。
飛行機はもちろんファーストクラスだ。ゆったりしたシートに身を沈めると、エアホステスがウイスキーを運んできた。この女、香水はイギリスのフロリスを使ってるな。ふむ、ここいらで、このガキの教育を始めねばなるまい。
「女、何といったらいいか、誰が女を作ったんだ? 神って奴は天才だ。髪、髪は女の命とか。カールした女の髪に鼻を埋めて永遠に眠りたいと思ったことはあるか? 女の唇、女の唇は砂漠を横切った後で初めてふくむワインの味がする。乳房、でかい乳房、小さな乳房、サーチライトのようにこっちを向いてる乳首。女の脚、ギリシャ女神のような脚でも、多少曲がっていてもいい。脚と脚との間、天国へのパスポートだ。シムズ君、いいか、この世で聞く価値のある言葉はたった一つ、『プッシー』だ」
(余談)
プッシー = pussy
pussy = the vulva
vulva = the external parts of the female genital organs
genital = of animal reproduction or reproductive organs
genitals = the external sex organs of people and animals
以上、The Oxford Paperback Dictionaryより。
いやあ、英英辞典って、疲れる。
ショック療法が効きすぎたのか、このガキは、
「女性が好きなんですね」
なんてバカなことを言う。当たり前だ、女が嫌いで男がつとまるか! そこで言ってやった。
”Above all things. A very, very distant second, Ferrari.”
この文の筆者の大道という男から、問い合わせがあった。中年も後半に至っての、この異様なまでも女性賛美は、ちょっと異常ではないか? その年になれば、女の嫌らしさも醜さも薄情さも、もちろん美しさも愛らしさもいじらしさも、すべて見てきたはずではないか? 女って、そんなものの複合体だろ?
というのだ。
この男、鋭い。そうか、俺は妻に裏切られた過去を引きずっているのかなあ。妻に求めて得られなかったものをほかの女に求めているのかなあ……。
ニューヨーク。ホテルは超一流のウォルドルフ・アストリアのスイートをとった。リムジンのハイヤーを頼み、オーク・ルームに向かう。田舎者のガキ、ハンバーガー1枚が24ドルもするといって驚いている。一流の大人の暮らしぶりをよく見ておけ!
(注)
ウォルドルフ・アストリアは国連本部の近くにあり、ケネディ大統領も泊まった名門ホテル。
オーク・ルームは、世界各地の王侯貴族の定宿であるプラザ・ホテルのメインダイニング。
そろそろこのガキに、計画を打ち明けるときだろう。俺は死ぬ。王侯貴族の暮らしをし、最高の女を抱き、それが終わったら、ウォルドルフの大きなベッドに横になって頭を打ち抜く。それにはお前が必要だ。
“I need a guide dog to help me to execute my plan.”
お前は、おれが計画通り自殺するまでの盲導犬なのだ。どうだ、文句あるか?
そういえばこのガキ、チャーリーといったな。オーク・ルームに行くリムジンの中で、何かもごもご言ってたぞ。
なんでも、校長と、校長が理事会から贈られたジャガーに、ハリーたち3人の生徒がペンキをかけるいたずらを仕掛け、まんまと成功した。仕掛ける現場を同級生のジョージと一緒に見て、しかも目撃の現場を女性教師に見られていたとか言ってたな。そうそう、校長に、犯人を明かせと迫られているんだった。
リムジンの中では、
「ジョージとハリーとトラブル。奴らはリッチ、君は貧乏。ベアードを出てヤツらの階級にはいるわけか」
とからかってやった。このガキは薄汚い世で成り上がろうという、ジョージ・ブッシュの後継者なのだ。お前がどうなろうと知ったことじゃない!
昨夜は言葉が少なすぎたかも知れない。どっちみち、こいつは吐くに決まっている。何をいい格好してるんだ?!
「君はベアードを卒業して浮かび上がりたいと思っている。そのためには、イヤでも口を割らねばならん。いま吐かないと、君はオレゴンのコンビニでスナック菓子を棚に並べて、死ぬまで『毎度どうも』『またどうぞ』。それで一生終わってしまうことになる」
どうせお前は、上昇願望で固まった薄汚い犬だ。無理をするなよ、さっさとしゃべって出世コースに戻ったらどうだ? それがお前の望みだろう?
名門校出身者をたくさん見てきた俺には、名門校に通うガキどもなんて信用できるはずがない。この薄汚い世の中を、うまく泳ぎわたろうという奴らの集まりなんだよ。
その日、兄の家を訪ねた。肉親との最後の別れのつもりだった。まったく歓迎されなかった。おまけに、甥と諍ってしまった。チャーリーを『チャック』とからかって呼び続ける甥に切れてしまったのだ。
えっ、どうしたんだ? なんでチャーリーが軽蔑されて俺が怒るんだ? あのガキのいい格好を信じ始めたのか? まさか! まあいい、最近の俺はどうも切れやすい。俺はだめな男だ、昔から。
翌朝、寝室で拳銃の分解と組み立てを始めた。突然部屋に入ってきたチャーリーがそれを見て、拳銃を渡せ、せめて弾丸を抜いて渡せ、という。世間知らずの青二才目が!
「役立たずが無駄飯を食っていることはない。話し相手になろうって奴がいるわけでもない」
これほどわかりやすく説明したのに、こいつは理解しない。
何で気にする?
良心です。
チャーリーの良心か。話すべきかどうか、金持ち坊やに尽くすべきか否か、盲目のこのクソ野郎を死なせてやるべきか否か。良心なんてものは滅びたんだ!
初耳です。
たまには耳クソを掃除するんだな。
ほんとうにバカなガキだ。
26年後の君を想像しよう。毎日ベアード時代の友達とゴルフ三昧だ。
あいつらは嫌いです。
だろうな。馬鹿者ばかりだ。裏切っちまえよ。
告げ口は嫌いです。
ドレフュス事件じゃないんだぞ。まだ深刻に悩んでいるのか?
話には続きがあるんだろう?
取引を、と。
やっぱりな。
トラスク校長が交換条件にハーバード大を。
交換条件か。そりゃあ迷う。吐けばハーバードに無条件で入れる。ジョージが君の立場なら?
立場は同じです。校長が交換条件を出さなかっただけです。
ジョージは父親の力でハーバードに入れる。取引に応じてハーバードに行けよ。
それはできません。
どうしてかね?
だって……。
そうか、クズの集まりだと思っていたベアードにも、ひょっとしたら、まともな人間がいるのかな? こいつは腐っちゃいない。見直したぜ。それに、少し嬉しくなってきた。
だから、弾倉を渡した。
君は人生、苦労するぞ。前途を激励して一杯飲もう。
その日、リムジンの運転手の紹介で娼婦を買った。服装を整え、ネクタイはウインザーノットで決めた。美しい女だった。もう、この世に思い残すことはない。最終計画を決行するだけだ。
翌日、昼過ぎまでベッドにいた。最後ぐらいたっぷり眠っておかなくては。なのに、またチャーリーだ。電話でジョージと話したら、親父に話す、有力OBなので、校長に圧力をかけてくれる、これで解決だ、といっていたそうだ。こいつ、世の中が分かってない。
「奴だけの解決なんじゃないか?」
これぐらいはアドバイスをしてやらなくては。それにしても、チャーリー、お前はもう用済みだ。俺の財布からバイト料400ドルと航空券を持って行け。帰っていいぞ。ここから先は、俺の計画がある。
なに、帰らない? 何をするんだ?
Ferrariの販売店に行った。試乗車を借り出して、乗り回そうというのがチャーリーの案だ。こいつ、俺の “A very, very distant second” を覚えていたらしい。
なのに、店員は2人での試乗を拒んだ。盲目の男と17歳の少年。怖がっている。何せ、19万ドルの車だ。安いカブリオレだって11万ドルする。なあに、汚れた世間は、魚心あれば水心、だ。店員に2000ドル渡した。まずチャーリーに運転させて店を出た。えっ、何だって? 俺に運転席に座れってか?! 俺は目が見えないんだぞ!
気持ちいい! 何年ぶりの心地よさだ! 目の見えない俺が、Ferrariを動かしている!
よし、アクセルを踏み込んでやれ! 何? 時速70マイルだって?! 気にするなよ。わめくな、チャーリー。人間、どうせ一度は死ぬんだ!
次はコーナリングだ。ハンドルを切るタイミングを正確に俺に伝えろよ、チャーリー!
(余談)
そりゃあ、アル・パチーノは目が見える。それが分かりながら、でも見ている私はハラハラドキドキ、速度違反でパトカーに止められるまで、興奮のしっぱなしであった。
楽しかった。ウォルドルフで泊まり、リムジンを乗り回し、オーク・ルームで食事をし、超一流の娼婦を抱き、計画に入れていなかったFerrariの運転までした。もう、思い残すことはない。
と思った瞬間に、気力が失せた。力が抜けた。ホテルへの帰り道、ビュンビュンと車が行き来する交差点を、赤信号らしかったが渡った。チャーリーが叫んだ。黙れ、チャーリー! 俺はここではねられて死んでもいいのだ。
なのに、車にかすりもしなかった。ツキに見放されている。
ホテルに戻った。今度こそ死ぬ。チャーリーが邪魔だ。追い出そう。
頭痛がする。アスピリンを買ってきてくれ。ついでに葉巻も頼む。モンテクリストのNo.1だ。下の売店には置いてないだろうから、5番街のダンヒルにいけ。アーノルドという店員に俺の葉巻といえば出してくれるはずだ。
チャーリーは行った。俺は軍人である。死に装束は軍服しかない。勲章もつける。くそっ、着替えの途中でチャーリーが戻ってきた!
チャーリー、君は俺なしでは生きていけないな。君も道連れだ。生きててなになる? ジョージは口を割り、君もそれにならう。一度妥協すると、この国に5万といる魂のない灰色の男の1人になる。人間としておしまいだ。俺は君を殺す。君が妥協するのを見たくない。
俺は昔からあらゆることに反抗した。そうすると自分が偉く(important)思えたからだ。君の抵抗には信念がある。君は立派な青年だ。だから君を殺すしかない。それとも、俺の養子になるか。
滅入ってる? 俺は滅入ってなどいない。俺はクズだ。いや、クズじゃない、腐った人間だ。
俺が苦しんでるって? 俺の何を知ってる、ってんだ? 北西部の清流で育った絶滅寸前の淡水魚が、苦しみの何を知っている?
やれよ、ぶち抜きたきゃ撃て!誰だってバカをする。皆同じだ。でも人生を生きている!
俺に人生が? 人生がどこにある! I’m in a dark here. Do you understand? I’m in a dark.
じゃあ、降参しろよ。僕も抵抗をやめて降参します。あなたの言うとおり、お互い、これでおしまいだ。自殺しよう。引き金を引けよ、このくそったれの盲人(miserable blind man)!
撃つぞ、チャーリー。
いつでも。
死にたくないだろ? あなただって。
俺が生きねばならん理由が?
タンゴとフェラーリの運転は自慢出来ます。
力が抜けた。このチャーリーという若者は、立派だ! おれに銃口を突きつけられても、動揺しない。本物だ。こいつは本物の人間だ。俺より、はるかに立派な人間だ!
なあ、チャーリー。俺が今日まで生きて来られたのは、いつの日か夢が叶えばと思っていたからだ。女の腕が俺に巻き付いて、足も巻き付いている。
それで?
朝目が覚めても、彼女はまだ俺の横にいる。その香り、甘くて温かい。あきらめたがね。
あきらめるなんて。
チャーリー、俺をからかってるのか?
ああ。
俺はチャーリーを尊敬した。こんな男がいるのなら、この世はまだ生きるに値する。
でも、学校の問題はどうするつもりなんだろう?誇りを失わない選択をするとは思うが……。ボストンに帰るリムジンの中で聞いてみた。ジョージは口を割る、と正確な情勢判断をしている。で、どうするかこれから考えるという。そうか……。
学校までチャーリーを送った。あとはチャーリーの問題だ。奴なら立派に対処するはずだ。俺は家に戻って……。
待て!
チャーリーはいま、自分の尊厳と未来をかけて闘っている。でも、俺は闘ったか?
戦場には出た。銃火に身をさらした。何度も危機に陥った。でも、17歳のチャーリーのように、自分の尊厳を守るために、誇りを持ち続けるために闘ったことはあったか?
リムジンのドライバーに、学校に戻るように命じた。壇上の、チャーリーの隣に座った。俺が予想したように、チャーリーが見抜いたとおり、ジョージはうたった。しかも、
「感じでは」
「確信はない」
などと逃げの言葉を忘れない。おまけに、
「チャーリーは近くで見ている」
と、責任をチャーリーにかぶせる始末だ。どこまで汚い奴なんだ、お前は!
チャーリーも、俺の予想通りの答えをした。友の名を明かさないのだ。偉い、偉いぞ、チャーリー! お前は立派な戦士だ!
なのに校長の奴、ジョージはお咎めなしとし、チャーリーには退学措置を取るようにと、懲戒委員会に提言しやがった! 腐りきった人間だ!
校長は言った。
「君は事実を隠蔽し、虚偽の証言をした」
思わず俺は叫んだ。
友達は守ったぞ!
この学校のモットーを当ててみよう。告げ口をして自分の身を守れ。でないと火あぶりだぞ!
ケツに火がつくと、ある者は逃げだし、ある者は踏みとどまる。彼は踏みとどまり、ジョージは親父の懐に隠れた。なのに君らはジョージを褒め、チャーリーを罰するのか!
卒業生のことは知らん。だが、彼らの精神は死んでしまっている。いまは、平気で友を裏切る、汚いイタチの巣と化した。そういう連中を育てて世の中に送り出すのか?
この猿芝居は何だ? この猿芝居で、私の隣の若者だけが汚れのない魂を持ち続けている。ここにいる誰かは彼を買収しようとし、甘い話を持ちかけた。彼は売らなかった。
俺は多くを見てきた。昔は見える目があった。この生徒より若い少年たちが腕をもぎ取られ、脚を吹き飛ばされた。だが、誰よりも無惨だったのは魂を潰された奴だ。潰れた魂に義足は付かない!
あんたは言った、ここはこの国の指導者の育成校だと。根が腐って何が育つのかね? この学校の根は腐っている!
私にはチャーリーの沈黙の正誤は判断出来ない。だが彼は、決して自分の得のために友達を売る人間ではない!
それが人間の持つ高潔さだ!
それが勇気だ!
指導者の持つべき資質は、それだ!
(余談)
レベル1:ずるい人間もいる。
レベル2:ずるい人間がいる。
レベル3:ずるい人間が多い。
レベル4:ずるい人間が大半だ。
レベル5:ずるい人間がほとんどだ。
レベル6:ずるい人間ばかりだ。
少しずつ、周りにいるずるい人間の数と、その人間から受ける被害が増えていく。レベル1、2では、そんなヤツがいようと我関せず、ですむ。五月蠅いハエが飛んでいるわい、程度だ。が、レベル3以上になると、被害が現実化し、6に向かって増えていく。
あなたの環境はいま、どのレベルですか?
スレイドは、間違いなく6にいた。
チャーリー? チャーリーはおとがめなしとなった。当然のことだ。
会場を出た。女が追いかけて来た。政治科学を教えるドーンズだという。礼を言いたいのだそうだ。
ん? 彼女の香水はフルール・ロカーユだ。チャーリー、何もいわんでいい。彼女は身長170cm、髪は赤褐色、美しい茶色の目をしている。フルール・ロカーユ、俺の夢の香りなんだよ。
チャーリー、チャーリィ、俺もやっと人間に戻れたぞ!
【メモ】
セント・オブ・ウーマン/夢の香り (SCENT OF A WOMAN)
1993年公開、上映時間157分
監督: マーティン・ブレスト Martin Brest
出演:アル・パチーノ Al Pacino = フランク・スレイド
クリス・オドネル Chris O’Donnell = チャーリー・シムズ
ジェームズ・レブホーン James Rebhorn = トラスク
ガブリエル・アンウォー Gabrielle Anwar = ドナ
アイキャッチ画像はユニバーサル・ピクチャーズのものです。お借りしました。