08.13
#32 : 愛情物語 - ちょっと薄味(2005年5月13日)
私がJazzという音楽を聴き始めたきっかけは単純である。私に一言の断りもなく、The Beatlesが勝手に解散してしまったことである。
おいおい、あんたらのほかに音楽はなし、という信念の元に生きてきた俺にどうしろってか?!
言語道断の無礼な振る舞いではないか!
事前に一言ぐらい相談があってもいいのではないか?
ねえ、お願いだから、もう1回一緒になってよ!
覆水盆に返らず。どうする? これから死ぬまで、The Beatlesの古いレコードを引っ張り出して、溝がすり切れるまで聞き続けるか?
私は困惑した。困惑の果てに、意を決した。俺は挑む! 新しいジャンルの音楽を聴く!
すぐに挫折しそうになった。長年、The Beatlesと蜜月関係を続けてきた。慣れ親しんできた。ベタベタの関係である。生涯連れ添うしかないと思い定めた関係である。彼らなき世界への準備は皆無なのだ。それほど彼らは、完成された音楽を提示し続けてくれたのである。新しいジャンルといっても……。
(余談)
このあたりの泣き言は、突然女に振られた男の繰り言に似て参りますですな。思い出を込めて……。
手がかりは自宅にあった。
「大道さん、これば聞いてみらんね。カッコ良かばい」
学生時代、我が家に遊びに来た友人が置いていったアルバムである。
(余談)
学生時代といっても、結婚したあとの学生時代である。結婚前は極貧の生活に四苦八苦していたのが、新妻の持参金でステレオなるものを手に入れた。それまで富裕な友人の部屋を訪ねなければ聴けなかったレコードが、我が部屋でも聴けるようになった。まあ、私に音楽という趣味が根付いたのは、妻の、いや妻の父の、血と汗の結晶なのである。あだや疎かにするべからず。
‘Round About Midnight’
Miles Davis の、いま思えば名盤である。1955年から56年にかけて録音され、ハードバップなるスタイルを確立させた歴史的アルバムだといわれる。それが、我が家のコレクションに中に紛れ込んでいたのだ。紛れ込んでいても、The Beatlesに魂を預けた家庭ではお呼びがかからない。毎日お茶を引きながら、お呼びがかかるのをじっと待っていたのである。
久しぶりに取り出してターンテーブルに載せ、そっと針をおろし、ボリュームを上げた。当時のオーディオ装置は、「とことん合理主義 ― 桝谷英哉さんと私 第1回:前史」で書いたように、ラックスの真空管アンプ「A3300」「A3500」に、スピーカーが自作のボックスに納めたJBLの「LE15A」「LE85」、カートリッジは確かシュアーのType IIIであった。
ミュートされた、震えるようなトランペットの音が流れ出した。確かにカッコいい。夜の色、もうもうと立ちこめるたばこの香り、ちょいと飲み過ぎたバーボンウイスキーの味、部屋を満たすムッとするような汗臭い体臭までが感じられた。The Beatlesの音楽を中心にロックを聴いてきた私の耳には、新鮮だった。
私は、Jazzに目覚めた。
ジャズのレコードを買い集めた。Miles Davisに始まり、John Coltrane、Oscar Peterson、Wynton Kelly、Mal Waldron、Curtis Fuller、山本剛……。たちまちにして100枚を越え、やがて200枚に達した。夜遅く自宅に戻って妻と差し向かいでビールを飲み、遅い夜食をとりながら、“Kind of Blue” に耳を傾ける暮らしが続いた。
Jazzは、The Beatlesに次ぐ我が友となった。
だが、Eddy Duchinというジャズメンは知らなかった。彼の存在を知ったのは「愛情物語」を見てからである。これは Eddy Duchin(1910~1951)の伝記映画だ。
田舎街ボストンのピアノが得意な学生エディが、街にやってきたビッグバンドのリーダー、ライスマンにピアノを褒められた。機会があればニューヨークにおいで。薬学部を卒業し、その言葉だけを頼りに大志に胸を膨らませてニューヨークのカジノに駆けつけた。ライスマンに会うためだ。ところが、思いも寄らなかった言葉を聞く。
“Well, I remember saying I liked the way you play the piano, but I certainly did not offer you a job.”
(ピアノは褒めたけど、仕事は約束してない)
何のことはない。ライスマンの褒め言葉は、単なる社交辞令だったのだ。
夢破れて楽屋からパーティ会場に出てきたエディは、備え付けのピアノを弾き始める。ショパンの夜想曲第2番変ホ長調作品9の2。美しいメロディを持った曲だ。だが、原曲通りではない。テンポを変え、リズムを変え、スイングし始めてやがてジャズ・スタイルになる。体が軽快に動き出しそうになる楽しい音楽になる。この映画の主題曲「愛情物語(To Love Again)」である。
会場でパーティのためにテーブルをセットしていたのが、銀行家ウォズワースの姪オルリックスだ。彼女は、最初の数小節を聴いただけでエディのピアノに惚れ込んでしまった。
この出会いが、エディの人生を変える。オルリックスはその影響力を使って、エディをライスマンに売り込んだ。ライスマンのバンドの幕間、客の食事の時間に、エディがピアノを弾くことを承知させたのだ。
日を重ねるにつれてエディのピアノは客を魅了し、エディはまずライスマンのバンドのメインピアニストに、ついにはバンドのリーダーになる。
同時に、エディとオルリックスの間では愛が育った。2人は結婚する。この世の幸せを独り占めしたようなエディだったが、長くは続かない。一人息子ピーターが生まれた夜、オルリックスはこの世を去ったのである。
地獄が始まった。最愛の妻を亡くしただけではない。エディは強迫観念にとらわれてしまったのだ。
ピーターが生まれなければオルリックスは死なずにすんだ。この子が妻を殺した。エディは自分の息子を激しく憎んだ。ピーターをウォズワース夫妻に預けっぱなしにする。会うと我が子への憎しみがわき上がりそうで怖い。エディは内心の葛藤から逃亡したのである。
親子関係を修復するには、長い歳月がかかった。同時に、エディはやっとオルリックスから解放され、ピーターの養育係チキータに熱い思いを抱くようになる。なのに、人生がうまく回り始めるのを待っていたかのようにエディは白血病に冒され、余命1年と宣告される……。
天才的なジャズピアニスト、Eddy Duchinの半生は、栄光と失意、復活と挫折が繰り返す。なのに、映画には深刻さがあまりない。エディの音楽への、女性への、子供への、人生への愛を歌い上げ、心温まる話に仕立てられている。
その役割を担わされているのが、作中に散りばめられた音楽である。主題歌の「愛情物語(To Love Again)」だけでなく、「マンハッタン(Manhattan)」「満月の輝き」「君はわがもの」「ささやき(Whispering)」「ディジー・フィンガース」「君はわがすべて」「チョップスティックス」「明るい表通りで」「ブラジル(Brazil)」「バラ色の人生(La Vien en Rose)」まで、素敵なジャズナンバーがふんだんに並ぶ。
ジャズも、のちにどんどん複雑になってわかりにくくなる。しかし、エディ全盛期は、まだMilesが出る前だ。ダンス音楽的な、イージーリスニング的な、わかりやすくて誰でも楽しめる音楽である。実際に演奏しているのはカーメン・キャバレロだが、エディを演じたタイロン・パワーは実に楽しそうに鍵盤に向かい、指、腕の動きは、プロのそれと見まがうばかりの見事さだ。音楽を楽しむだけでも、この映画を見る価値は充分にある。
素晴らしい台詞も、この映画から深刻さを取り除いている。
ライスマンバンドのピアニストとして人気を得たエディはある日、ウォズワース夫妻にパーティに招かれる。ピアノ弾きとしてパーティに呼ばれたことはあるが、客として招かれたのは初めてだ。俺も上流社会の一員だ。意気揚々と乗り込むのだが、なんのことはない、「ピアノを弾く客」として招かれただけだったのだ。
落ち込みながらも、ピアノに向かう。すると、落ち込んだエディを見つめていたオルリックスが隣に座る。
”I remember once I was a little girl, I went to a ??? party in a lovely dress. It rained from the morning and I ran to my house to show myself off to the guests. Well, I slipped and fell in a mud paddle. I still remember how they all laughed. I laid there wanting to die. Yet don’t. And I should go out.there’s always another dress and another mud paddle. And you still don’t die. You grow up.”
(小さい頃、素敵なドレスを着てパーティに行ったの。朝から雨の日で。でも私はお客さんにドレスを見せたくて駆けだした。そしたら、滑って転んじゃって、ドレスは泥だらけ。みんな大笑いするし、死にたくなったわ。でも、まだ死んじゃいない。それからも、外出するときはいつも新しいドレスを着て、いつも泥だらけ。あなたは死んじゃいないし、うまくやってるじゃない)
素敵な励ましの言葉である。が、落ち込んだエディにはまだ通じない。
“And learned to know your place.”
(そして、自分の身の程を知った)
このへなちょこ男め! イジイジするんじゃない! といいたくなる。なのに、オルリックスは果てしなく優しい。
”What is your place? I ??? beside me. It’s not bad, is it?”
(私が隣にいるわ。悪い場所じゃあないでしょ?)
(謝罪)
いつものお断りをしなければならないことを遺憾とするものである。
この素敵な会話を書き取りたくて一生懸命に聴いたが、数カ所、どうしても聞き取れないところがあった。「???」のところである。ごめんなさい。
加えて、聞き取れたと思っているところも、正しさは保証できない。ごめんなさい。もっと懸命に英語を勉強していればよかった……。
カーッ、痺れる! 私も一度でいいから、こんな慰めの言葉を耳元で囁いてほしいなあ!
結婚後、エディは自分のバンドを持った。彼は妊娠中の妻をカジノに招く。
エディ: | Would you sit here, Mrs. Duchin? Ladies and Gentlemen, the first appearance of Eddy Duchin and his Central Park Casino Orchestra and for a very special audience. (さあ、ここにお座すわりください、デューチン婦人。皆様、エディ・デューチン率いるセントラル・パーク・カジノ・オーケストラの初舞台でございます。今回は特別なお客様のための演奏です) |
曲はYou are everything。ピアノのパートを弾き終わると、エディは妻に近寄る。
エディ: | Mrs. D, do you dance? (踊りませんか、デューチン夫人?) |
オルリックス: | Well, I, I had my time, but I’m not a girl I used to be. (ええ、私、私にもそんな時代はあったけど、もうあの頃みたいに若くはないのよ) |
エディ: | Shall we? Just three of us. (いかがです、おなかの子供と3人でのダンスですが?) |
いやあ、夫たるもの、たまにはこの程度の台詞を口にできなければ、妻に飽きられても仕方ありませんわなぁ。
(余談)
自分で書きながら思った。
だとすれば、私は遥か昔に妻に飽きられているに違いない。
余命1年。エディが、やっと親子になれたピーターに、自分の死を告げるシーンも、涙なしに見るのは難しい。そうはしたくないのだが、お前を置いていかねばならないと話すエディに、ピーターは怒りをぶつける。また僕を置いてどこかに行くの? 勝手にすれば? あんたなしでもやっていけるさ!
エディ: | Peter, there’ somebody who tells us all what to do. You remember the hospital that I’ve gone to the doctors that I’ve seen recently. (ピーター、すべては神様が決めるんだ。最近、病院に行ってお医者さんに見てもらっていたことは知ってるだろ?) |
ピーター: | Yes. But you are all right. Yes. But you are all right, you know. You told us. (うん。でも何ともなかったって言ってたじゃあないか) |
エディ: | No. I’m, I’m sick, Peter, I’m very sick, And that’s why I want to be with you much longer, son. (そうじゃないんだ。お父さんは病気なんだ、ピーター。重い病気なんだ。だから、少しでも長くお前といたいんだ) |
父が死ぬ。泣き始めたピーターに、エディはさらに言葉を重ねる。
エディ: | Do you understand what I’m trying to tell you, Peter? Do you understand? (お父さんが言おうとしていることが分かったか、ピーター? 理解できたか?) |
ピーター: | Yes. I think I understand…. Daddy, daddy…. (うん、分かったと思うよ……。お父さん、お父さん……) |
最後のシーン。エディとピーターが、ピアノを連弾する。「愛情物語」である。その途中でふっとエディが消える。そして、1人になってピアノを弾き続けるピーター。映画史に残る「死」のシーンだともいう。
なるほど、感動的な話である。
でも……、
と首をかしげられているご同輩。そうなのであります。確かに感動的な筋立てながら、どこか感動が薄味ではないか、という印象が残ってしまうのも否めないのであります。
何故か。
Eddy Duchinという男、映画になるぐらいだから、きっと凄いジャズマンであったのだろう。それはいい。
だが、人間としてはいかがか?
子供を産んだ直後、妻が病院で死ぬ。病名は示さされないが、お産とは関係ないと医者は話す。それなのにエディは、すべての責めを生まれたばかりのピーターに押しつける。ピーターを叔父と叔母に預けっぱなしにし、やれ仕事だ、やれ戦争だと走り回って現実から逃げ回る。
最愛の人を亡くす。悲しい。だが、その悲しみから逃れるために、罪もない子供を責め続けるなど、男のすることではない。おいおい、あんたにだって製造責任の半分はあるだろうが! ピーターが生まれたのは、あんたが情熱を燃やしてことに及んだ結果だろ?
それが映画では、愛する妻を失った重みに耐えきれない純粋な人間だ。勝手に純粋でいるのはいいけどさァ、何も知らずにこの世にオギャアと生まれ出たら、母親は既になく、父親には母親を殺したと責められるピーターは、いったいどうなるんだ?!
ああ、それなのにそれなのに。いつか2人は仲直りしてしまうのである。2人の交流は音楽を仲介として美しく描かれるのだが、5年も10年も放っておかれている息子が、その親父の商売道具であるピアノにさわりたくなる? ましてや、親父のレコードを聴いて親父の演奏をコピーする?
私が息子なら、誰になんといわれようと、しない。親父は憎しみの対象でしかない。だって、向こうが勝手に自分を憎んでいるのなら、会おうともしないのなら、憎み返すぐらいしかすることがないではないか。
戦地で、焼け残ったピアノを現地の子供と一緒に弾き、息子への愛に目覚めた、だって?! 勝手なことほざくんじゃあないぜ! そんなあんたの気まぐれに、どうして俺が付き合わなきゃならん? いい加減にしろ、ってんだ!
2人の関係がなぜ修復して心が通い合うのか、この映画はちっとも説得力を持たないのである。
人の半生を描くことは確かに難しい。ピアノで世に出て白血病で死ぬまで、たぶん20年ほどの時間を2時間少々で描き出すのは至難の業である。文章で何事かを表現しようとしている私には、その難しさがよく分かる。
だけど、「愛情物語」は、Eddy Duchinという稀代のジャズピアニストの半生を、愛をキーワードに描き出そうとしたのではなかったか。その肝心の「愛」に説得力が不足しては、画竜点睛を欠くのである。
(注)
文章で何事かを表現「しようとしている」、のであって、表現「している」のではない。念のため。
素敵な音楽に心が躍り、若き日の蠱惑的なキム・ノヴァクに限りない魅力を感じるだけに、昔の映画とは知りながら無い物ねだりをしてしまう。
残念だ。
【メモ】
愛情物語 (THE EDDY DUCHIN STORY)
1956年6月公開、上映時間123分
監督:ジョージ・シドニー George Sidney
ピアノ演奏:カーメン・キャバレロ
出演:タイロン・パワー Tyrone Power = エディ・デユーチン
キム・ノヴァク Kim Novak = マージョリオ・オルリックス
ジェームズ・ホイットモア James Whitmore = ルウ・シャーウッド
ヴィクトリア・ショウ Victoria Shaw = チキータ
ラリー・キーティング Larry Keating = レオ・ライスマン
アイキャッチ画像の版権はコロンビア映画にあります。お借りしました。