2017
08.23

#48 : わが街セントルイス - 悲しい嘘(2005年9月9日)

シネマらかす

「らかす」を読み継いでいただいている方々の記憶には、ひょっとしたら我が幼き日々の断片が残っているかも知れない。そう、貧しさにめげることもなく、健気に生き抜いた我が熱い日々である。
まあ、最近の我と我が身を振り返れば、あの出発地からはるか遠くに来てしまったと傲然とする。なにしろ、上半身裸で家の中を歩き回っていると、我が妻が、

「いよっ! 妊娠6ヶ月!!」

と声をかけてくる体たらくなのだ。思わず、

「てやんでぇ、お前だって……」

と反撃しようと思ってわが腹を見た。気力が萎えた。そう、これは貧者の腹ではない。酒食に溺れた者の腹である。そういえば、昨日も原宿の「小菊」で、落語の話を肴に盛り上がっちゃったもんなぁ……。「湊屋藤助」をたくさん飲んでしまったもんなぁ……。

わが街セントルイス」を見て、まだ健気で、スリムなボディを保っていた幼少期の私がダブって見えた。

舞台は1933年、大恐慌のまっただ中にあるセントルイス。主人公のアーロンは、ドイツからの移民の長男だ。小学校の最終学年で利発、明るい。誰にでも好かれるいい子である。

(余談)
このあたりが、我が幼き日を彷彿とさせる……。

家族の住まいは街のホテル。ええっ、ホテル住まい? そんなお金持ちなの? と驚くなかれ。大恐慌で客がいなくなったホテルが商売に困って、安アパートになっているのだ。戸別訪問でローソクを売る父は、全くうだつが上がらない。商品はほとんど売れず、毎日の生活費にも事欠く。より収入の多い仕事を求めてあちこち願書は出すが、いまだにいい返事が来ない。ホテル代、いやアパートの家賃も、もうかなり滞っている。
とうとう暮らしが成り立たなくなった。一家は弟のサリバンを親戚に預ける。と思う間もなく、母が入院。しばらく父と2人暮らしのはずが、父に時計の行商の仕事が来た。街から街を渡り歩いて、時計を売るのである。担当地域は州外だ。父は、アーロン1人を置いてホテルを出た。
父が置いていったのは現金25セントのみ。レストランに勤める知り合いに17ドルもする高級腕時計をプレゼントしたから、そこに行けば夕食にありつけるという。
父が出かけた日の夕方、腹を空かせたアーロンはレストランに出かけた。ところが、父の知り合いはいない。クビになったのだ。仕方なく、有り金すべてをはたいてロールパンを20個買った。父が戻るまでこれで食いつなぐ。何日後になるか分からないが。
普通なら、それだけでもめげてしまう。なのに、アーロンには次々に難題が降りかかる。卒業式に着る服がない。持っていた服は、もう体に合わなくなっていた。ホテルからは追い立てを食らう。滞納家賃が172ドルに上っていた。
衣・食・住。暮らしを支える3要素が、すべて風前の灯火状態である。いくら利発とはいえ、アーロンはまだ小学生に過ぎない。それなのに、過酷なサバイバルゲームに放り込まれたのである……。

貧しさは子供の責任ではない。しかし、貧しさは遠慮なく子供を痛めつける。負けないためには防壁がいる。堅固な防壁を築けば、魂を守ることができる。防壁なしの闘いは困難を極める。

(余談)
幼き日の私の防壁は何だったろうか? ひょっとしたら感受性の鈍さか?

 アーロンの防壁は、ファンタジーだった。想像力と言い換えてもいい。月並みな言い方をすれば、巧みなである。

最初のシーンに度肝を抜かれた。教室でアーロンが作文を読んでいる。それが上手いのだ。しばらくアーロンの作文にお付き合い願う。

 Six years ago, on the morning of May, 20th, 1927, I was fast asleep, when my phone began to ring. I looked at my alarm clock. It was almost 5. I knew that there was only one person in the whole world who would call such an hour. And I picked up the phone. I knew I was right. 
 ”Hello?” I said. There was ???? noise on the line.
 ”Aaron, Charles Lindbergh’s here. Sorry, but the noise comes from Roosevelt Field of Long Island. We are doing some engine tests.”
 ”That’s O.K. Slim”, I said.
“what can I do for you?”

いや、このあたりまで何とかヒアリングを続けてきたのだが、段々あやふやになってきた。日本語に切り替えることをお許しいただく。ついでだから、最初から。

 6年前、1927年5月20日の朝だった。熟睡していると、ベッドの横の電話が鳴った。目覚まし時計を見た。まだ5時だ。こんな時間に電話をかけてくるのは世界中でただ1人しかいない。僕は電話をとった。やはりそうだった。
 「もしもし?」。雑音が耳についた。
 「アーロンか? リンドバーグだ。音がうるさいか? いま、ロングアイランドのルーズベルト飛行場でエンジンのテストをしてるんだ」
 僕は答えた。「大丈夫だよ。でも、何の用なの?」
 「ああ、大西洋横断飛行の計画を覚えてるか?」
 もちろん、と答えた。僕はこの極秘計画を彼から聞いていた。でも数カ月の間、口止めされていた。
 彼は興奮していた。
 「数時間後にあの計画を実行する。だから食べ物のことで君に相談したい」
 「食べ物?」
 「そうだ」
 と彼は答えた。
 「34時間ほどかかるんだ。携行食糧には何を用意すればいいだろう?」
 僕は答えた。
 「カラシをつけたチーズサンドがいい」
 彼は笑った。
 「そうする。パリから電報を打つよ」
 僕はいった。
 「成功を祈る」
 その後ラジオのニュースに聞き入った。しかし、少しも心配ではなかった。彼は緊急時に備えて特殊救命ボートを座席の後ろに積んでいたからだ。でも、33時間半後に彼がパリに着いたと知ったときは、僕の歓声で窓ガラスが割れた。
 2日後に電報がきた。
 「早朝に君に相談して良かった。チーズの味は最高だった」
 とあった。

いかがであろう? 私の見るところ、こいつは最高レベルの作文である。私も何度か入社試験の作文の採点をしたが、このレベルに達したものはなかった。しかも、これは小学生の作品なのだ!
具体的な日時をあげた書き出し。しかも電話が鳴ったのが、恐らくまだ薄暗い午前5時。いったい何が起きたんだ? これだけで読者は、映画の聴衆は、ストーリーにグイグイと引き込まれる。
しかも、この会話の妙。秘密の計画があり、その実行が目前に迫り、かかってきた電話は、携行食糧の相談とは。えっ、まさか! と思いながら、何となくリアリティを感じてしまう。しかも、これが見事な伏線になり、最後がピタリと決まる。
いやあ、見事という他はない。

(余談)
実は私も幼いころから文才がありまして……、と書きたいところだが、残念ながら作文で褒められたのは、記憶にある限り1回だけ。小学6年生の時で、このときだけは全校父兄会の席で朗読させられた。
「俺って、ひょっとしたら文才があるわけ?」
などと思う間もなく、中学に進んだ私の作文は、その後1度も褒められることはなかった。結果として今日がある。
ん? そんなこたぁ、この日記を読んでれば、いわれなくとも分かってるって?
…………。

ところが、である。この極上の作文、おそらくはすべてが虚構である。
アーロンは、ドイツ移民の、しがない行商人の息子である。彼に、英雄リンドバーグと知り合う機会があったろうか?
いや、偶然もあり得る。でも、大西洋横断飛行当時6、7歳でしかなかったアーロンに、これから冒険に飛び立とうというリンドバーグが電話をかけてくるか? それも、午前5時という非常識な時間に。
大西洋横断飛行という大計画は、恐らく数年がかりで練られたものである。なのに、携行食糧をどうするか、がすっぽり抜け落ちることがあり得るか? そんなずさんな計画であれば、リンドバーグの飛行機は大西洋の藻くずと消えていたに違いない。
アーロンは、嘘つきなのだ。

アーロンの嘘は、作文だけではない。
学校で、年上の2人組にビー玉勝負を挑まれて困っていた同級生を助けたアーロンは、自宅に誘われた。友人の母親が運転する車に乗り込み、自分の住まいとは月とすっぽんほども差がある邸宅の門をくぐる。
その母親に夕食を誘われ、アーロンは断る。

“My mother’s hosting a mahjong tournament and she wants me to be there.”
(母が麻雀大会を開くんです。僕も手伝わないと)

ホテルーアパート暮らしのアーロン一家が麻雀大会など開けるはずがない。
父親の職業を聞かれると、

“He flies airplanes.”
(パイロットです)

学校で、登録してある住所が違っていると担任に指摘されると、引っ越したと答える。ホテル暮らしを知られるのがいやなのだ。どこに引っ越したの?

 「ライリー通り4519のカールトンコートです。宛名はドナルド・ミラーとしてください。父宛の手紙がよく盗まれるもので。きっとスパイの仕業です」

カールトンコートとは、裕福な世帯が住む新興住宅地である。そして、アーロンの姓はカーランダー。

嘘とは、本当の自分を隠すために紡ぎ出す、高度に知的な作業の生産物である。アーロンは人一倍頭が良く、プライドの高い少年である。その少年が、必死になって隠そうとしたもの。子供にとって貧困とは、それほどに嫌なものなのだ。

だが、嘘はいずればれる。
アーロンの嘘も、ばれる日が来た。
卒業式が迫った。アーロンは、クラス1の美少女クリスティーナから、卒業パーティのあと、両親と一緒に食事に行かないか、と誘われる。ほのかにあこがれていた女の子だ。アーロンは喜んだ。
その日。アーロンは卒業生の最優秀賞に選ばれる。そしてパーティ。これが終わればクリスティーナの両親と食事に行く。有頂天だった。
クリスティーナにダンスに誘われ、踊っているときだった。両親のことを聞かれ、ついつい、

“My parents are archaeologists.”
(両親とも考古学者なんだ)

と、またまたをついてしまった。両親は卒業式に来なかった。クリスティーナの両親との夕食にも加わらない。じゃあ、ご両親は遠くにいらっしゃるの? と聞かれ、思わず口をついて出た。父がパイロットでは、父が来ない説明はできても、母が卒業式にすら顔を出さない理由にはならない。考古学者なら、2人で発掘に出かけることもあるさ。

アーロンに話しかけてくる友達がいた。

“I thought your father was a pilot flying for the government.”
(君のお父さんは、政府のパイロットじゃなかった?)

いつか自宅に招待してくれた友達だった。

嘘という防壁が崩れた。アーロンは、最優秀賞のメダルも、卒業証書も、あこがれのクリスティーナ一家との夕食も放ったらかしにして、会場を逃げ出した。逃げることしかできなかった。惨めだったに違いない。

アーロンが、単なる頭のいい嘘つきなら、自業自得と放っておけばいい。だが、アーロンの嘘は、誰かを傷つける嘘ではない。自分だけがいい思いをしようという嘘でもない。貧しさの波に押し流されて崩れそうになる自分を支えようと、必死で吐く悲しい嘘である。誰に責めることができる?

それに、アーロン少年、実に愛すべき存在なのだ。

弟のサリバンが親戚に家に出される日、アーロンは宝物をプレゼントする。たった1個のビー玉だが、こいつは特別なビー玉だった。しばらく前にサリバンがほしがったとき、

「これはダメだ!」

と拒絶した。それほど大事にしていた宝物なのだ。それを、家族と離れる弟にやる。兄の宝物をもらったサリバンの誇らしげな笑顔が、実に印象的だ。

同じホテルに、アーロンに思いを寄せる少女がいた。アーロンと仲良くなろうと、何とか接近を試みる。やや迷惑な存在だ。ある日、誘いに負けて彼女の部屋まで出かけた。食べさせてくれるというホットドッグが狙いだったが、ダンスを強いられた。挙げ句に、踊っている最中に彼女は、持病のてんかんの発作を起こしてしまう。
数日後、少女の一家は引っ越していった。医者の親戚に同居して治療するのだという。アーロンは、内職で手に入れたなけなしの50セントで、惜しげもなく子猫を買う。少女が猫好きだと聞いていたからだ。アーロンに子猫をもらった少女は、嬉しそうに頬擦りしながらホテルを出て行く。アーロンは再び、無一文になる。
いよっ! 男の子!!

といった具合に、アーロン君、実に心根の優しい、大人も顔負けのナイスガイなのである。2つ、3つの嘘に、何か問題があるか? 文句があるのなら、私が代わって承りましょうか? てな具合に、アーロンを何とか守ってやりたくなってしまう。

なのに。
ホテルに逃げ戻ったアーロンの暮らしは、さらに急を告げる。
20個あったロールパンは残り少ない。
ホテルの追い立ては執拗だった。
困ったときに何かと面倒を見てくれていた兄貴分のレスターは、警察の一斉検挙で逮捕された。
ホテルに住む唯一のお金持ちと思っていたマンゴさんは、手首を切って自殺する。
アーロンの救いが、逃げ場が、1つ1つ消えていく。

だが、アーロンは逆境にめげない。
ロールパンと水だけの食事を続け、とうとうロールパンは食べ尽くした。もう食料がない。お金もない。すると雑誌を引っ張り出し、料理の写真を切り抜いて皿の上に並べた。せめて食事をしている気分になりたいのかと思いきや、アーロンはナイフとフォークを使って、この写真の料理を本当に食べてしまうのだ。
アーロンの靴は、とうに使用限度を超えていた。前の方がパクパク口を開ける。ホテルの追い立てと闘うため、自室で1人籠城を決め込んだアーロンは、他に何もすることがない。よほど暇を持てあましたのだろう。この靴に会話をさせる。パクパク開くところが口である。靴たちは話す。

“Hello, Billy.”
(やあ、ビリー)
“Hello, Aaron.”
(ああ、アーロン)
“How are you?”
(どうしてる?)
“I’m fine.”
(まあまあさ)
“What did you have for lunch today?”
(今日の昼飯、何だった?)
“I had France ???? What did you have?”
(フランス料理さ。君は何を食べた?)
“I had a dinner roll and some water.”
(ロールパンと水の、豪華な食事だったよ)

自分の苦境を自分で笑い飛ばす。食べ物が何もない状況にあって、アーロンの魂は逆境に屈服しない。極めて健康である。

最近、「完本 美空ひばり」(竹中労著、ちくま文庫)を読んだ。おかげで、「新日本百人一首」を知った。戦後の混乱期、我が国の人々が口に上せたものだという。

ノミシラミうつりにけりないたずらに
      四円払って長湯せしまに
(花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに = 小野小町)

こぬ炭を待っていられぬ飯焚きに
      焼くや垣根の板はがしつつ
(来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに やくや藻塩の身もこがれつつ = 権中納言定家)

雨が降る堤もきかず利根の川
      タンスも屋根も水くぐるとは
(千早振る神世もきかず竜田川 から紅に水くくるとは = 在原業平朝臣)

百人一首の短歌を下敷きに、どん底にいる自分たちの暮らしを、まるで他人事のように笑い飛ばす。我々の先輩は健康であった。極貧の暮らしを、ユーモア溢れる精神で耐え抜いたのである。
異国の地に生まれ育ったアーロンは、だが、健康な精神に溢れた我々の先輩の、正統な継承者なのである。

逆境に陥ったとき、人はいかに対処するのか?

 ・死ぬ。
 ・病む。
 ・寝込む。
 ・落ち込む。
 ・泣く。
 ・嘆く。
 ・恨む。
 ・怒る。
 ・開き直る。

陥った逆境によって、人によって、人間関係によって、社会によって、時代によって、もっと様々なパターンがあり得よう。

1つだけ提案したい。

もしあなたが逆境に直面するようなことがあったら、
アーロン方式を採用しませんか?
続・新日本百人一首を作ってみませんか?

泣いても、嘆いても、恨んでも、怒っても、どうしようもないものはどうしようもない。だったら、笑うことぐらいしか、できることはないではないですか。
多少の知性が必要なので、すべての人にお勧めするわけには行きませんが……。

困り切ったときに見ると元気の出る映画、「わが街 セントルイス」。私は、アーロンを、両手を大きく開いて力一杯抱きしめたくなった。

【メモ】
わが街 セントルイス ( KING OF THE HILL)
1993年制作、日本未公開、上映時間103分
監督:スティーヴン・ソダーバーグ Steven Soderbergh
出演:ジェシー・ブラッドフォード Jesse Bradford = アーロン
ジェローン・クラッベ Jeroen Krabbe = 父
リサ・アイクホーン Lisa Eichhorn = 母
キャメロン・ボイド Cameron Boyd = サリバン
ローリン・ヒル Lauryn Hill = エレベーターのオペレーター
エイドリアン・ブロディ Adrien Brody = レスター
キャサリン・ハイグル Katherine Heigl = クリスティーナ
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