2018
07.06

2018年7月6日 お上りさん

らかす日誌

昨日、東京に行ってきた。

会社を離れてひとりで仕事を始めると、東京に行く用件は驚くほど少ない。というより、級友に飲み会に誘われるのを除けば、まずない。ほぼすべてのことが、桐生にいれば済む。
ところが、会社として仕事をするとなると、降って湧いたように東京に行く用件が増える。ここでいう会社としての仕事とは、近々本格的にあるであろう、群馬大学の先生が立ち上げた会社の仕事で、昨日は、販路構築の第1歩として、ネットワークを構築する手がかりを探るの上京である。群馬大学の先生を同行した。

目的は、朝日新聞時代の先輩にお目にかかることだった。といっても、経済部の先輩ではない。何故か社会部の先輩で、旧建設省を担当した時に知り合った。朝日新聞の先輩としては珍しく、何と私を高く評価してくれる人で、いまだに付き合いが続いている。

彼は60歳で定年退職し、私のように会社の再雇用制度に乗って地方に行くのではなく、独立した。自治体のコンサルタントのような仕事である。もともと広い人脈を持つ人で、官界では旧建設省、農林水産省に知り合いが多い。また、学界や政界、実業界、地方自治体のネットワークもたくさんあり、

「これは、先輩のネットワークに頼った方が早い」

と思いついたのである。

内幸町の日本プレスセンターで昼時に待ち合わせ、3人で昼食を取った。
久々の顔合わせだから、放っておくと2人の懐旧談に花が咲く。この先輩、何よりも柔道が好きで、確か6段か7段。空手の有段者でもある。東京で仕事をしていた時、

「そう、大ちゃんも柔道やってたの。だったらおいでよ」

「いや、私は男同士がほとんど裸に近い状態で肌をすりあわせる競技は、高校で卒業したんですが」

といってあらがう私を無理矢理柔道の稽古に付き合わせた方である。丸の内書の柔道場を借りての夜の稽古が終わると恒例の飲み会に移り、時には二次会、三次会でカラオケ、なんてこともあった。その挙げ句、

「大ちゃん、君は強いなあ。実力は初段じゃないよ」

と褒めあげられ、とうとう2段の昇段試験まで受けさせられた。よって私は講道館2段の黒帯である。だから懐旧談ならいくらでもあるのだ。

が、本日の目的はビジネスである。群馬大学理工学部が開発したものの売り方を探らなければならない。そのためには、私がしゃべっても仕方がない。演説役はもっぱら先生に任せるしかない。

12時半頃始まった昼食会は2時過ぎまで続き、先生が開発の意図、性能、商品特性を語った。その後先生は銀座で講演を頼まれていると行って座を抜けた。

さあ、これで今日の仕事は終わった、と私は考えた。あとは地下鉄で北千住まで行き、桐生に戻るだけである。夕方までには着くだろう。

「大ちゃん、このあと何かあるの?」

先輩が聞いてきた。齢80歳に乗ったというが、まだまだそんな年齢は感じさせない。柔道7段、空手、確か3段か4段の猛者に嘘をつく勇気と根性は私にはない。

「いえ、あとは桐生に戻るだけですが」

「あ、そう。だったら、せっかく東京に出てきたんだから、会える人には会ってみようか」

と誘われれば、

「お願いします」

と答えるしかないのが気弱な私の実像である。

先輩がまず私を曳き回したのは、林野庁である。企画課にいい人物がいるという。プレスセンターからは遠くない。
群馬大学が開発したものが廃材を利用したもの、ということで先輩が考えてくれたのだろう。

終われば国土交通省である。とある女性局長さんを含めて3人に話を聞いて貰った。群馬大学が開発したものの主な使い道が、道路に敷き詰めることだからまんざら関係がないわけではない。

別に売り込みに行ったわけではない。これからどこに働きかければ商品として成り立つのか、そのヒントを求めて行ったのである。先輩の普段の付き合いのせいか、みな親切に話を聞いてくれ、それぞれ思いついたことを語ってくれた。これからのビジネスのヒントもいくつかあった。

それも役にたったが、それより嬉しかったのは、会った人がみな、実にいい顔をしていたことである。別に美男・美女というわけではない。だが、顔の美醜にかかわらず、いい顔、見たくない顔の別が厳然としてある。おそらく、その顔の持ち主が過ごしてきた時間の過ごし方の善し悪しが自ずから顔に出るのである。40歳から50歳になると、そういう見分けがつく。
このところ、中央官庁の評判は地に落ちている。メディアでは病原菌並みの表現を好むところもある。もちろん、最近逮捕された文部科学省の局長や、国会で嘘をつき通した財務省、経済産業省の偉いさんのような悪例もあるが、中央官庁には日本の未来のため、身を粉にして仕事をしている優秀で善良な官僚がまだいる。そんないい顔に出会って何となく嬉しくなったのである。彼らがくれたヒントがこれからのビジネスに役にたてば、嬉しさはさらに増すはずである。

終えて先輩とコーヒーを飲んで分かれた。もう夕闇が迫っていたが何となく食事をする気になれず、電車に揺られながら読書を続けて桐生に戻ったのは8時半過ぎ。自宅には9時前に着き、シャワーで汗を流した。空腹はカップラーメンとおにぎり1個をビールで流し込んでなだめた。

昨夜食べたカップラーメンは、一風堂のタイトルがついたものである。世界に数十点を展開する博多ラーメンの店だが、不味い
ものはカップラーメンである。店で出すラーメンを再現するのは難しかろう。だが、それでも店の名前を冠して売るのだから、近い味は出しているはずである。それがこの味なら……。
私は、この店には絶対に足を踏み入れることはなかろう。

2,3口食べて

「不味い!」

といったら、

「それ、一風堂よ」

と妻女殿が応じられた。

「どこのラーメンでも、不味いものは不味い。世の8割は味音痴だ」

と答えた私であった。

本来なら、この日誌は昨夜書くべきだったろう。だが、夜は映画鑑賞の時間である。映画と日誌。どちらを取るかという問題を突きつけられた私は、迷わず映画を取った。ために、今日は昨日のことを書く次第となった。

お許しありたい。