07.23
2018年7月23日 ずぶ濡れ
昨日、私は西瓜を買いにいた。西瓜はスーパーで買うものではない。どういう訳か、スーパーで買った西瓜は味が落ちる。甘みが十分ではない。それに比べると、農協の直売店で売っている西瓜は味がよい。
「でも香りがない」
とは妻女殿の評だが、それでもスーパーの西瓜に比べればはるかにましである。
朝10時頃家を出た。目指すは新桐生駅近くにある農協直売店である。
「ついでに大根とナスも買ってきて」
という妻女殿の命に従い、店内で買い物籠に頼まれたものを放り込んだ。何故か野菜の種類が少ない。店員に
「少ないねえ」
と声をかけたら、
「こんな気候ですから」
との返事が戻ってきた。こんな気候、とは酷暑のことを指すのだろう。野菜も暑さに参っていると見える。
野菜を見繕い終わり、果物のコーナーに足を運んだ。地元の薮塚は小玉西瓜の産地である。この直売店の店長(最近姿が見えない。転勤か、それとも定年に達したのか?)によると、薮塚の小玉西瓜は西瓜の日本3代ブランドの一つだそうだ。他の二つはどこだろう?
それはそれとして、求めに来た小玉西瓜がない。小玉でなければ冷蔵庫にしまうのが難しい。それに、我が家は老夫婦2人だけである。大玉の西瓜はやや量が多すぎる。
「小玉はないの?」
と聞くと、
「もう時期が終わりました」
そうか、季節が移ろっているのか。
とすると、この大玉(3Lと書いてあった)しか選択肢はない。うーん、と唸っていたら、店員がこちらを見た。
「いや、西瓜を買いに来たんだけど、大玉だと女房に怒られるんでねえ。冷蔵庫に入らないだろう、って」
やや迷った。迷ったが他に選択肢がないとなれば仕方がない。妻女殿が露骨に示すいやな顔を我慢するしかない。いやな顔をしても、西瓜なら私の2倍ぐらいお食べになるのが妻女殿の常である。それが妻女殿の健康に繋がるとすれば、ここは我慢のしどころではないか。
「というわけで、これ、買っていくよ」
と声を出しながらレジに着いた。財布を出さねばならない。私の財布はいつも、右のお尻のポケットに入れてある。クリップ式で2つ折のものだ。このタイプが一番かさばらないので重宝している。
財布があるはずのポケットに右手を伸ばした。いつもなら、中にはいっている財布の固い手触りがある。ところが、伸ばした右手が触ったのは、私のふくよかで形が整ったヒップであった。ふわりとした感触しかない。
「えっ、財布がないわ」
財布がなくては買い物は出来ぬ。
「ごめん。すぐに財布を取ってくるから、これ、このままにして置いて」
言い残して私は、再びドライバー席に戻った。電話を取りだし、妻女殿に財布をさすれてきたことを告げる。見つかれば電話をくれるはずである。
でも、どこに落としたろう? 薄くてかさばらないこの財布は、お尻のポケットから飛び出してしまうことはほとんどない。飛び出すとすれば、お尻を前にずらしてだらしない格好で椅子やソファに座った時しかありえないが、今日はそんな格好をした覚えはない。いや、でも財布がないのだから、意識せぬままそんな格好をしたか。それとも、入浴のためズボンを脱いだ時滑り落ちたか。とすれば、脱いだズボンを掛けておくソファの周りに落ちているはずだ。であれあば、すぐに見つかる……。
ハンドルを操りながら、頭はフル回転する。
しかし、妻女殿から電話がない。これから帰ると電話をしたから探す努力をせずに放っているのか。それとも、目が悪いからなかなか見つからないのか。
あれこれ考えながら自宅に着いた。部屋に入ると妻女殿が
「探したけどないわよ」
と吐き捨てるようにおっしゃった。
ない? そんなはずはなかろう。目をやると、ソファが動かされている。妻女殿もここを疑われたらしい。それで、ない。じゃあ、どこだ?
デスクの周りを探した。食堂の椅子の周りを探した。映画鑑賞で使うリクライニングチェアの周囲を探した。もちろん、トイレも点検した。落ちていそうなところはすべて探した。でも、
ない。
ない?!
おい、あの財布には現金は2万円ほどだが、銀行のカード、クレジットカード、免許証まで、暮らしに必要なカードがすべてはいっているのだぞ! あの財布がなくなったら大騒ぎではないか。
呆然としながら考えた。前日からこの時刻まで、私はどこに行ったか? どこで財布を出したか?
いや、土曜日はほとんど外に出なかった。とすると、他の場所で落としたはずはない。だが、ないのだ。財布が見つからないのだ。
ふと思い当たった。
「確か昨日、ズボンを履き替えたよな。あのズボンはどこにある?」
「選択したわよ、当然。洗濯機に入れる前に見たけど、何も入ってなかったわ」
「いいから、あのズボンを出せ」
洗濯したての濡れたズボンが現れた。触る。右の後ろのポケット。
「あるじゃないか!」
充分に水をかぶった財布が姿を現した。
「おかしいわね。見たはずなのに」
このような際、言葉は無力である。見たはず、といっても、目の前でズボンから財布が現れた。見たはずだったら、何故ここにある?
ま、ズボンを変える際、財布を移し替えるのを忘れたのは私である。「見たはず」の妻女殿を責めても仕方がない。
「あれー、ズボンに財布の革の色が移ってる!」
妻女殿は濡れたズボンを抱えて洗濯機に向かわれた。私はしっとりした財布を、今度は間違いなくいまはいているズボンの右後ろのポケットに入れて直売所に向かった。
「あったよ」
レジでは、私が使った買い物籠が、そのまま置かれていた。
「よかったですね」
「それが、ズボンと一緒に洗濯されちゃってね。おかげでほら、お札がずぶ濡れなんだけど……。アイロンをかける暇がなかったんで、ごめん!」
私は濡れたままの1万円札を渡し、しっかりと乾いた7000円のお札をおつりに貰った。あの1万円札、他の1万円札と重ねて置かれていたが、しっかり乾くまでに何時間ほどかかったろう。隣のお札も濡れちゃったかな?
暑い、では表現できない気温の日が続く。財布の移し替えを忘れたのも、ひょっとしたらそのせいか?
今日は朝からガソリンスタンドに行った。燃料タンクがほとんど空になっていたからである。走りながら、車の外気温計を見た。
40℃!
この車で見た最高気温である。ニュースでは、今日の桐生の最高気温は39.9℃。全国4位とか。嬉しくない成績である。
NHKによれば、死の危険がある高気温が続く。暑さのせいで私のようにぼける程度なら笑い話で済むが、救急車で搬送されるようになればしゃれでは済まない。
皆様、くれぐれもご自愛を!