06.05
まだまだ世の中にはアホらしいとしか言いようのない話がいくつも転がっている
とでもいいたくなることが、本日2つも起きた。困ったことである。
1件目
群馬県国民健康保険高齢者受給証
なるものが郵送されてきたのは1週間ほど前のことである。
高齢者。嫌な響きを持つ言葉だ。自分がそのように呼ばれるようになったことはもっと嫌だ。
しかし、いいことが一つだけある。そうか、高齢になると、医療費の自己負担分が減るときいたことがある。ということは、あれか。私も高齢者と呼ばれる年代になって、とうとう医療費の自己負担が減るのか。
これまでの自己負担は3割である。ということは、これからは自己負担は2割で済む。600円取られていたものが400円に。3000円払っていたのは2000円である。
現役時代に比べて収入が減っている現在、これはありがたいことだ。早く医者に行こう!
てな具合に、一人で盛り上がっていた。
その機会が今日来た。28日に1度通って腰の薬を処方してもらう整形外科の日である。私は朝8時半、勇んで家を出た。群馬県国民健康保険高齢者受給証を携えたのは言うまでもない。
整形外科で。
「こんなも二きちゃったんだよねえ。これも受付の時出すの?」
「ああ、そうですか。はい、提出していただきます」
「でも、今回だけでいいんだよね。だって、これで私が高齢者であることは分かったわけだから、次回からはいらないよね」
「いえ、毎回出していただくんです」
「えっ、どうして?」
「そのように決まっていますので」
「だってさ、この群馬県国民健康保険高齢者受給証を出した時点で、この患者は70歳を超えたということじゃない。ということは、次回の通院からは、もっと年齢がかさんでいる訳じゃない。ねえ、今日は70歳だけど、次回通院したときは69歳になって高齢者じゃなくなっているなんてことはないでしょ? 年齢は一方向にしか進まないんだよ。毎回出す必要があるとは思えないんだけど」
「そういわれましても、規則ですから」
その場は、やむなく引き下がった。ムカッとしたのは料金を払うときである。
「なにこれ、前回までと同じ金額じゃない。俺、高齢者になったって通知を受けたのに、自己負担分は変わらないわけ?」
「いえ、あのう、大道さんの場合は3割負担となっていますので?」
「??? なんにも変わらないの? 2割負担になるんじゃないの?」
「いえ、70歳からは3割負担の方と2割負担の方がおいでになるんです」
はあ、そういうことか。多分、収入の多寡で決めるのだろう。一定以上の年収がある70歳は3割負担。それ以下なら2割負担。悪平等にならないための、賢い制度設計である。それは理解できる。
しかし、だ。3割負担が変わらない私が、どうして群馬県国民健康保険高齢者受給証を交付されねばならない? ましてや、何で毎回、この群馬県国民健康保険高齢者受給証を提示しなければならない?
「それぞれの方が、どちらに属されているかを明示するためだと思います」
この理屈、あなたな納得できますか?
3割負担と2割負担があるのは、十分に理解得できる。いい制度だとも思う。だが、それなら、2割負担の方々だけに群馬県国民健康保険高齢者受給証を発行すれば済むことではないか。その方々が群馬県国民健康保険高齢者受給証をお持ちになったら、自己負担は2割。なんにも持ってこない人は、いくら高齢に見えても3割負担。そうした方が事務費も減るし、第一、私は通院するたびに群馬県国民健康保険高齢者受給証を携帯する必要がなくなる。
そちらの方がはるかに合理的ではないか?
と受付のお兄ちゃんに言ってみたが、彼はニコニコ笑っているだけだった。
というわけで、多分、次回から私は、群馬県国民健康保険高齢者受給証は家に置きっぱなしにするはずである。
2件目。
愛用のライターが、何となくおかしいと気がついたの1ヶ月ほど前のことである。おかしいといっても、火がつかない、ガスが漏れるといった機能的な不具合ではない。底蓋が取れてしまうのである。
何で底蓋が取れる? 調べてみた。本体と底蓋をくっつけるような工夫はどこにもない。引っかけるところもないし、ネジ止めするところもない。これでは外れるはずである。
が、底蓋がガバガバになってすぐに取れたのでは使いにくい。と思うのだが、修理の仕方が分からない。やむなく、瞬間接着剤で2点を接着して使い続けていた。全面を接着してしまっては、取り外さねばならなくなったとき対処のしようがなくなるぞ、と考えてのことだった。
使い捨てのライターではないから、時々ガスを補充する。補充しながら、何となくおかしな感じがする。ガスを補充するノズルの周りが、大きくあいているのである。
「このライター、こんな変な格好だっけ?」
そういぶかりながら、2、3回ガスを補充したから、多分、20日ほどたっていたはずである。
「そうか!」
と気がついたのだ。
ノズルの周りがあいているにはあいている理由があるはずだ。多分、ここにネジがあった。隙間を充填しつつ、本体と裏蓋を固定するためのネジである。ノズルの周りにネジ山が切ってあるはずだとのぞき込むと、細かいものが見えにくくなった私の目にも、ネジ山らしきものが見える。
きっと、ポケットに入れているうちにネジが緩んで取れてしまったのに違いない。その時に気がついていればズボンの歩絵kっとを探れば、ネジが見つかったはずだ。が、もうどこに行ったか分からない。
「というわけなんだけど、このネジだけ取り寄せられるかなあ」
このライターを買ったたばこ屋さんに行ってみた。
「ああ、聞いておきますよ。多分、大丈夫でしょう」
ホッとした私は、さらに言葉を繋いだ。
「これ、1年近く前に修理してもらったよね。多分、修理したときにネジを充分締め付けていなかったから、ポケットの中で緩んで落ちたんだわ。お前たちの責任だ、って言っておいてね」
そのネジが昨日届いたと連絡があり、今日取りに行った。間違いなく、必要なネジが届いていた。
「ありがとう」
という私に、店主が言った。
「済みません。324円なんですよ」
えっ、これ、有料?
だって、修理の時のミスだろ。言ってくれた?
「何度も喧嘩している相手なんですけどね。ちっとも変わりません」
324円。怒るほどの金額ではない。途中で修理に出すことがなかったら素直に支払った金だろう。しかし、これは納得しにくい。だって、修理の時のミスだろ……。
わずか324円。メーカーはこうして消費者の信頼を失っていく。だって、このライターが使えなくなったら、私、他のメーカーのライターしか買わないもんね!
たかが324円、されど324円なのである。