01.08
ファシズムの臭いがしませんか?
実は昨日、1本の原稿を書いた。書き終わってアップしようとしたら、突然、ネットの接続が切れたという表示が画面に出て、原稿がすべて消え去った。昨夜11時半過ぎの、あっという間の事故だった。
「えっ、WordPressって自動保存の機能があったのではなかったっけ?」
あわてて投稿一覧を見た。自動保存されていれば、下書きとして保存されているはずである。期待は空しかった。自動保存の機能はないらしい。いちいち、「下書き保存」のボタンをクリックしてやらねばならないようだ。
というわけで、昨夜はふて寝をした。
書き上がっていたのはアメリカにファシズムの臭いがしませんか? という原稿だった。思いついたのは、連邦議会にトランプ支持者が殴り込んだ事件を知ったことである。
と、簡単に「ファシズム」という言葉を使ってしまったが、この言葉、学問的にもまだ意味が定まらないらしい。全体主義、国家主義、独裁主義などといわれることが多いが、さて、それだけでこの言葉を充分にとらえているとは思えない。何となく、ストンと胸に落ちない。が、まあ、それはそれとして……。
第1次大戦で敗戦国となったドイツは、当時世界で最も民主的だと言われたワイマール憲法を制定して国の再建に取り組むはずだった。しかし、ヴェルサイユ条約で巨額の賠償金が課せられた上、国民生活は激しいインフレーションに見舞われた。
そこにヒトラーのナチスが登場する。ナチスはヴェルサイユ体制の打破を唱え、優秀なゲルマン民族が経済的に塗炭の苦しみを味わうのはユダヤ人のためだと主張した。いわば、明瞭な仮想敵を作ることで国民の中に広く共有された鬱屈感に出口を与えた。
ナチスは1932年、国会議員選挙で230議席を得て第一党に躍り出る。当時、世界で最も民主的だと言われたワイマール憲法下での選挙で起きたことである。ヒトラーが描いたシナリオが日々の暮らしに苦しむ多くの国民の支持を集め、ナチスは力を得た。翌1933年1月、ヒトラー内閣が成立する。
トランプを大統領に押し上げた社会状況は、ヒトラーに権力を与えたドイツと酷似している。世界で最も豊かな国であるはずのアメリカは、所得格差が開く一方の国でもある。経済格差は広範な不満を生み出す。中でも
「俺、白人なのになぜこんな暮らしをしなきゃならん?」
というプアホワイト層には、それまで誰もすくい上げようとしなかった鬱屈が積み重なっていた。その鬱屈に出口を与えたのがトランプだった。
トランプはまず、仮想敵を移民に求めた。メキシコ国境から沢山の不法移民がやって来て君たちの仕事を奪っているのだ。奴らが入国できないように壁を作ろうじゃないか!
こうしてトランプは、それまで誰もすくい上げようとしなかった層の思いを汲み上げ、大方の予想を覆してクリントンを破って大統領の座に着いた。アメリカの制度に則った正統な選挙で最高権力者の地位を手に入れたのである。
フェイクニュース、もトランプの発案である。気にくわないニュースはすべてフェイク。そう断言し、勝手な嘘を垂れ流した。最後の最後まで
「私は勝った。勝利を民主党に奪われた。不正選挙だ」
と言いつのったのもその一例である。そして、7000万人を超すトランプ支持者はそれを信じているように見える。
「嘘も百回言えば真実となる」
といったのは、ナチス・ドイツの宣伝省、ゲッペルスである。余り弁許可荷には見えないトランプも、どこかでこの言葉を記憶に刻み込んでいたらしい。トランプはその手法を取り入れた。
メディアの使い方もナチスなみである。ナチスは新聞と映画に力を入れた。ナチスの主張を国民に浸透させる媒体として利用したのである。ヒトラーお気に入りの映画監督、レニ・リーフェンシュタールが1936年のベルリン・オリンピックを撮った「オリンピア」(邦題=民族の祭典)は、その映像美が世界中の絶賛を浴びた。世界で最も優れたゲルマン民族、というナチスが作り上げた虚構を国民に浸透させるうえで大きな役割を斿たことは疑いない。
トランプもメディア戦略に長けていた。新聞、テレビは既得権益層の媒体と決めつけたトランプは、SNSでの発信に力を入れた。トランプ発のフェイクニュースはほとんどこの媒体で拡散した。
古い媒体を使わず、最先端のメディアを縦横に使いこなした手法は、映画という、当時としては発展途上だったメディアに着目したナチスと相通ずる。
そして、暴力の行使である。
ナチス政権下でも、ドイツには理性的な声があったはずである。だが、ナチスに弓を引こうとする動きは、ことごとく親衛隊が力でねじ伏せた。
トランプは?
6日、先の大統領選挙の結果を確定するために開かれた連邦議会に、トランプの支持者たちが殴り込んだ。
「私は大差で勝利した」
との嘘っぱちを垂れ流し続けているトランプが、支持者にワシントンに集まるよう呼びかけ、彼らに
「連邦議会に行こう!」
と先導したのが発端である。
トランプは大統領選挙の後、
「不正選挙が行われた!」
と叫び続け、全国各地で訴訟に訴えた。しかしことごとく退けられ、挙げ句はトランプが採用した司法長官までが
「選挙結果を変えるような規模の不正は見つかっていない」
と語った。トランプは、いわば身内からも
「あんた、なにゆうてはりますねん。アホちゃうか!」
と断罪されたわけである。
そして、持っていき場がなくなったトランプはとうとう暴力に訴えたのである。sトランプに煽られ、体を張って連邦議会になだれ込んだ支持者たちは、組織化されてはいないものの、ナチスの親衛隊に極めて似通っているとは思いませんか?
ナチスが政権を取ったときのドイツは、戦後の混乱からまだ回復していない弱小国家だった。そのドイツが、ファシズムのもとであれだけの災厄を世界にもたらした。
いまアメリカは、経済力、軍事力、技術力、どれを取っても世界のトップである。その国がファシズムに走ったら、世界はどうなるのか? 考えるだけでも恐ろしくなる。その時世界は皆アメリカに触れ伏すのか、それとも手を取り合ってファシズムに闘いを挑むのか? 日本はどちらの道を選ぶ?
というのは先走りが過ぎるかも知れないが、あのトランプを7000万人以上の有権者が指示する国がアメリカである。警戒を怠ってはならない。
バイデンさんに期待するしかないが、彼はすでには78歳。1期だけの大統領になるだろうと言われている。それだけでなく、民主党は経済的・知的エリートの党に成り果て、トランプを熱く支持する層の声を汲み上げるパイプを持っていないとも指摘されている。バイデン新大統領はアメリカという国の再統一を成し遂げることが出来るのか?
まあ、トランプは74歳。次の大統領選挙に出るとしても、40代で権力を握ったヒトラーに比べれば遙かにお年寄りだ。ナチス・ドイツ並みのファシズム国家を築き上げるには残り時間が短すぎる。それに、トランプのような破廉恥感はそれほど多くないはずで、私たちはそのあたりに救いを見いだすしかないのかも知れないなあ。