06.20
ステレオ装置の合理的なまとめ方 その13 パワーアンプその2-1
パワーアンプの発振、安定度
つい先達ての事である。東京港区の横倉さんから、一年ばかり考えたあげく『クリスキットマークⅥカスタムを手に入れて、丹精こめて作り上げて、その音がやわらかでクリヤーな事にびっくりした』というお便りをいただいた。いつもの事であるが、こんなお便りをいただく度に、趣味というものはいいものだ、とつくづく思う。終りの方まで読んでいるうちに『左のスピーカから、わずかであるが、チーともピーとも聴こえる音が出るようになったが、プリアンプの作り方で、どこかに誤配線があったのでしょうか』と書いてある。パワーアンプは、M社の6RA30TLアンプだと記してある。6336AのOTLより安価ではあるが、かなり以前からある有名な管球式パワーアンプである。
クリスキットの取り扱い店で作成してもらっている愛用者カードのファイルから、その方の電話番号を見つけ出して、早速電話を入れて見た。『以前使っていた某メーカー製のプリアンプの時にはそんな事はなかったのですが』という話である。幸いな事に、一週間以内に上京する予定があったので、それまで不自由でも、アンプにスイッチを入れないか、もし他にパワーアンプがあればそれと入れかえて貫うように(「使うように」だと思われる)頼んで、 とりあえず電話を切った。YL製とか言っておられた比較的高価なツイターのボイスコイルを飛ばしては大変だと思ったからからである。明らかにパワーアンプの発振である。
お目にかかったときに詳しく尋ねて見て解ったのだが、今までのプリアンプの残留ノイズが割合い大きかったので気がつかず、自作のプリアンプと入れ換えて、始めて気がついたらしい。パワーアンプの方は、オーディオショップの熱心なすすめで、最近購入したものだから、まさかそんなトラブルは、という事で、自分で作ったプリアンプに自信が持てなかったと見える。
その後メーカーから、保証期間中という事で、修理に来てもらって、直ったという話。
有名な(良いという意味ではない)メーカーのものは安心出来るが、自分で作ったものには自信がない。一応もっともな話である。『テスター一丁で』と必ずと言って良い位、製作記事で見かける言葉である。
その通り作ったものが発振したりする事だってあり得る。その記事が、アンプ屋の手によるもので、試作品を1台作っただけのものから書かれてあったり、始めから自分で使うつもりもないものだったりする場合には、こんな事もあるかも知れぬ。
まして、アンプに関する知識を全く持ち合わせないで、その記事の実体図だけを頼りに、作りっぱなしで、スピーカにつないで、いっぱつで鳴ったと自慢しているうちに、こわれてしまってまた作り、これで3台目だから大いに自信がついた、なんて言っている手合いのアンプが発振しなかったら、運が良い方である。私共、原稿を書くものも、大いに責任を感じなければならない問題である。
だから、私は、自分で使うつもりのないアンプの製作記事は書かない事にしている。
誤解されても困るが、私はそういった記事がいけない、と言っているのではない。高分子学会誌などにも、この種の記事が毎月出ている。非常に貴重な参考資料なのである。私も殆ど必ずと言って良い位、ラジオ技術、無線と実験、電波技術などに出ている製作記事は、出来るだけ読む事にしている。時々大いに参考になる事柄を見つけるからである。
測定器をひと通り揃えて、出来るだけ多くの実験を試みてはいるが、すべての事をやって見る事は不可能である。だから、こんな記事を読む事によって、新しい事や、自分の知らなかった事に関する知識を得る事が出来るものである。
理屈を考えないで、迷信を信じて、どこそこのお寺の賓頭(びんずる)法師の石像の目をなでて、その手で自分の目をなでれば、不治の眼病が治ると信じている人はもうかなり減ったに違いない。病原菌の伝染を考えると、法律で禁じなければならないような事柄でも、その迷信を信じている者にとっては、大いに有難い、仏の救いなのであろう。
自分で聴いた事もないくせに、300Bの音は良いと決めてかかる前に、ものの理屈を考えるのが20世紀らしい考え方で、ものの理屈は実験なしに理解する事はなかなかむずかしいものである。プロは必ず実験をする。だから一流メーカーには研空室がつきものなのである。
しかしながら、測定のための測定。おかしな言葉だが、勉強のための勉強とでもいうか、英文法の教授が、毛唐(けとう)と話しているのになかなか通じない例を、私はいくつも知っている。測定魔というのがこれである。
結論として言える事は、アマチュアが、オーディオに興味を持ち、少しでも音を良くしようと考えたら、まずその理屈に興味を持つ事をおすすめしたい。そして、その理論にもとづいて自分で出来るものは自作する。アンプなどがその最も良い例であろう。何十万円もするアンプでも、特注部品などもある事はあるが、我々がパーツ屋で入手出来る部品を使って、我々と同じハンダごてを使って、しかも大半が女工さんの手によって作られるものである事を思えば、部品さえ手に入るとすれば、自作したものの方が良いのは当然の事である。しかもメーカー製アンプやキットと違って、商策上の制約がいっさいないのだから、より良いものが出来るのはあたり前の事である。
そこで理論を理解するのに、実験はつきものであるから、とにかく最低一揃いの測定器が必要である。
話がまた横道へそれたが、今から述べるアンプの安定度をしらべるのにも三種の神器と呼ばれる、最低3種類の測定器、つまり、ジェネレータとミリバルと呼ばれる交流電圧計及びオシロスコープが必要になる。
勿論、アマチュアグレードは安物で充分役に立つ。私の場合、原稿を書く事の責任上、信頼性のある測定器が必要であるが、アマチュアが、一台、¥460,000もする歪率計を買ったりするのは、測定マニアの見本みたいなものである。(もっとも、一台¥350,000もするパワーアンプを買い込む馬鹿よりは、はるかにましではあるが)
第37図がその測定要領である。
①オーディオジネェレータ:
10Hz~10 kHz以上の帯域を持つものであれば安物で良い。但し、方形波を取り出せるものでなければならない。
②交流電圧計:
−40dBまではかれるもの。つまり最低レンジが、フルスケール3mVのものでも充分アマチュアには、あらゆる測定に役に立つものである。これなら、普通のカートリッジ1個の値段位で入手出来る。
③オシロスコープ:
トリオCO-1303A(¥32,000)、リーダーLBO-310A(¥35,000)、菊水537(¥44,000)あたりだと、¥30,000位で入手出来る。
以前に、トリオのCO-1303は水平ゲインのつまみがないので使いにくいと書いたが、少し馴れて来るとスウィープを回わして同調周波数を変えていくと、波形が横にひろがるので、水平ゲインで波形を横に延ばすと、同じような効果があるので訂正しておく。
オーディオのあらゆる測定に心要なものであるから、どうしても1台欲しい。
アンプ、測定器の電源を入れ、1分位経つと落ち着く。この時、ジェネレータは出力を最少に、ミリバルはつまみを右いっぱいに回して、最高レンジにしておく癖をつけて置く事である。あやまって、 ミリバルの針を振り切らせると、機械であるからこわれる事がある。
アンプのスピーカターミナルに8Ωのダミーロードを入れる。この時、測定用コンデンサは入れないておく。
10kHzの方形波をアンプに入れて、オシロスコープ、ミリバルのレンジを3V~5V(+10 dBm)位にセットして、発振器の出力を除々に上げて行く。第38図のように、オシロスコープに奇麗な波形が現われる筈である。ジェネレータ、オシロスコープに奇麗な波形が現われる筈である。ジェネレータ、オシロスコープがあまり良いものでない場合には、第38図の右のように、左上角が乱れる事があるが、測定器の値段と相談で止むを得ないし、測定にはあまり大きな支障はない。
ミリパルの読みは、原波形が方形波であるために、正確な数値は読み取れない。後で述べる発振の有無をしらべるためのものであるから、2.5V位を指すところまでジェネレータの出力を上げて行く。2.5V2/8Ω=0.78Wで解るように、約0.8Wの出力がアンプから出ている事になる。
こぅしておいて、スピーカターミナルに0.001μF〜0.47μFまでのコンデンサを入れて行く。ヒースキットにコンデンサボックスと呼ばれるもの(MO‐DEL IN-47)があるので、 これを利用するのも一つの方法であるが、0.001μF以下の値のものがないので、ソリッドステートアンプの製作、調整に不便なので、目下自家用に、もっとレンジの広いものを製作中である。そのうちに、本誌に発表するつもりでいる。
このコンデンサの値を大きくするにつれて、波形にギザギザが出来始め、そのギザギザが大きくなって行く。勿論、これと同時に、ミリバルの針が少しづつ上がつていくのが分かる。
最後まで、つまり0.47μFを入れた時の様子を見たら、今度は8Ωのダミーロードを外しておいて、上と同じように、0.001μF~0.47μFのコンデンサを入れて見る。今度のは、負荷オープン(∞)であるから、上のテストより波形のみだれが大きい事が解る。
写真23が、クリスキット、ICパワーアンプミニP-1をテストした時の様子である。0.8Wでこの実験が終ったら、今度はアンプの最大出力附近でも念のため同じようなテストを行う。
こう書いて行くと、どのアンプでも同じようにテスト出来ると思われるかも知れない。アウトプットトランス付の管球式パワーアンプを使っている方は、一度試みにこのテストをやって見る事をおすすめする。必ずと言って良いくらい、8Ω負荷を入れた時でも0.022μFあたりまで上げて行った時点で、オシロスコープの波形のギザギザが大きくなるだけでなく、テレビのラスターみたいに、画面全体がチラチラして、波形が見えなくなってしまうものである。ついでにミリバルの針が、ピンと右へ振り切れてしまっている事に気がつく。アンプの大敵、発振である。
始めに述べた、スピーカからピーという音が聞こえたのは運の良い方で、もっと高域で発振しているものだと、聴こえないので、ツイータが切れてしまうまで気が付かないことが多い。
上のテストで気が付いたように、こんな事で発猥するパワーアンプに、CRネットワークをつないで、良い音が出る筈がない。ここに、マルチアンプみたいに、他に問題点の多いシステムの必要性があるのであろう。
勿論これは、アンプの安定度をしらべるための、かなり苛酷なテストであるが、0. 022μFあたりで波形がとんでしまうアンプは、大ゲサに言えば、欠陥品である。こんなアンプから、クリヤーな高音が出たら、その人の耳がおかしい事になる。
だから私は、馬鹿でっかいアウトプットトランスを乗っけなければならない管球式パワーアンプに見切りをつけたのである。
ついでながら、このテストで、パワーアンプの低域発振も見つける事が出来る。方法は簡単で、ジェネレータの出口をゼロにして、ミリバルの感度を上げて行く。低域発振を起こしているアンプだと、ミリバルの針が大きく、まるでメトロノームのように、左右にゆれる。こんなに遅いサイクルであるから、耳には聴こえないが、低域で発振している事は明らかで、IM歪のすばらしく大きなアンプであるから、使いものにならない。
この安定度テストは、パワーアンプの性能を調べる上で、周波数特性や歪率などに比べて、はるかに重要なものである。ダンピングファクターがどうのと言う前に、そのアンプが発振しかかっていないか、どうかと言う事をまず確かめておくのが、クリヤーで、やわらか味のある音を取り出すための一番の条件なのである。