2022
01.08

浅間山を初めて知った私であった。

らかす日誌

寒さがつのるようになって、私の生活習慣がやや変わった。

朝食後、昼食後に外に出てパイプをくゆらせるのは毎日の私のリズムである。外には持ち運びできるディレクターズチェアが大小2つあり、これまでは屋根のある駐車場に置いていた。大きい方に座り、小さい方にはパイプ喫煙の小道具を置いてタバコを楽しんだ。

それが変わったのは12月初め頃のことだったと思う。
我が家は真南に隣家があり、駐車場は2つの家の間にある。従って日がほとんど差さない。春、夏、秋はここが最も好ましい喫煙場所である。冬場は日が差さないと震え上がるほど寒いが、前の冬まではこの寒冷地で寒さに耐えながらパイプから煙を出していた。

ところが、である。今年の冬はとりわけ寒い。

「地球温暖化なんて嘘じゃない?」

といいたいほどの寒さである。中でも赤城おろしが吹きすさぶ日などは手の先までかじかんでしまう。そのためだろう、情けないことにとうとう音を上げたのだ、私は。

「寒い。こりゃあタバコどころの話じゃないわ」

が、である、お立ち会い。すっかり暮らしに馴染んでしまった生活習慣というものは一朝一夕に変えられるものではない。寒かろうと暑かろうと、朝食を終えたら、昼食を終えたらパイプを一服しないことには暮らしが先に進まないのである。とはいえ、屋内でパイプを楽しむのは、なにせ強烈な香り(喫煙者にはこれがいいのだが)が障害となる。よって、夜だけは屋内でパイプにする(つまり、私は1日に3回パイプを咥える)が、朝、昼の2回は何とか屋外にしたい。どうしたらよかろう?

必要は発明の母である。それほど考え込むこともなく、

「これだ!」

という発見をしたのである。

我が家の前にはほぼ南北に幅6メートルほどのが通っている。この道を渡れば急な斜面になり、落下防止のためのフェンスがはってある。フェンスの手前は遊歩道であり、ここにベンチがある。そのベンチに座れば桐生を一望できるだけでなく、遙か西には重畳と山が連なる。そして、ここまで出れば南に障害物はなく、朝から暖かい日差しが楽しめる。

というわけで、私は毎朝、小さい方のディレクターズチェアを持って道を渡るようになった。既設のベンチは冷え切っており。座ろうものならお尻のあたりから冷気が体を這い上ってくるに違いない。だから、わざわざディレクターズチェアを持参するのである。ここでパイプにタバコを詰め、ライターで火を着ける。持参した本を開いて読書を始めるのは当たり前のことである。
何のことはない。年寄りが日向ぼっこをしながら読書とパイプを楽しんでいるのだ。その年寄りが、このところの私である。

その日も、私は山に向かって座り、本に目を落としながらパイプを咥えていた。

「こんにちは」

という、高齢の女性のものと思われる声が後ろからい聞こえた。この道は朝夕、散歩をするお年寄りたちの定番ルートなのである。そうか、ここにいたら挨拶されるのか。挨拶をされれば答えねばならない。私も

「こんにちは」

と返した。すると

優雅ですね」

と声がか返って来た。
優雅? 私が? 寒さに耐えながら、少しでもお日様のぬくもりを受け取ろうと自宅敷地から出張ってパイプにしがみついているのに? 優雅って、この惨めな姿が?
そんな重いが頭を駆け巡ったからだろう。私は瞬時声を失った。
さらに次の声が降ってきた。

「ああ、浅間山が真っ白になって綺麗に見えますね」

ん? 浅間山? 確か群馬県と長野県の県境にまたがる山だと思ったが、そんなものがここから見えるのか?
目を上げると、雪で真っ白に化粧した、ひときわ高い山が見えた。ほかの山はまだ全身を雪化粧するには至っていない。

「はあ、あれが浅間山か」

とは、口が曲がってもいえない。彼女は、私が浅間山を知っていると思って話しているのだ。ここで

「ああ、あれが浅間山なんですか」

などと口走れば、朝からパイプを口に読書することで振りまいているはずのインテリ・イメージが崩壊する。であれば、さて、なんと応える?

「正月で空気が澄んでるんでしょうね、あんなに綺麗に見えるんだから」

さて、この受け答えで彼女は満足しただろうか? 後ろを振り向くと、狗のリードを持って歩き去る高齢女性の姿があった。

ま、生活習慣を変えると、予期せぬことが起きるものである。

しかし、近くに最適の場所を見いだしたとはいえ、屋外喫煙者にこの冬は辛い。日差しが強くなる午前9時過ぎを待って道路を渡るのだが、風があると体感温度が数度下がり、折角の日差しもほとんど役に立たなくなるからである。上州名物はからっ風。よく吹くのだ、風が。そんな日は

「太陽よ、もっと燃えろ」

と願いつつ、

「早くタバコが燃えつきてくれないか。そうすれば暖かい屋内に入れるのに」

と、

「だったら、パイプなんかやめればいいだろ?」

といわれかねないことを考えながら、それでもパイプを手放さない私なのである。

ちなみに、浅間山が気になって我が家からの直線距離を調べてみた。約80㎞。ほう、80㎞でもこれほど見えるものなのか。しかし、浅間山といえばいまでも活動を続けている活火山だぞ。そういえば、かつての噴火で埋まってしまった武士の遺体が出て来た(あれは渋川市だったか?)というニュースも数年前にあったよな。いま浅間山が大噴火すれば、ここまで噴煙が飛んできそうな距離だなあ。どうしたら助かる?

そんなことを考える私は余程の暇人ではないか、と自虐する私であった。

そうそう、昼のパイプは玄関のドア前に小さなディレクターズチェアを移して楽しみます。この時間になるとそこまで日差しが伸びてくるからであります。

ひなたぼっこじいさんの繰り言でした。