07.15
4人で13兆円ということは、一人あたりだと……
いやあ、驚いた。東京電力の株主代表訴訟である。
まあ、4人の元経営者に福島原子力発電所の事故への責任があり、結果として東京電力に損害を与えたというのまでは、判決の当不当はべつにして理解できる。
しかし、賠償額が13兆3210億円、つまり4人は東京電力に13兆3210億円を支払わなければならないとなると、出てくる反応はたった1つである。
「払えるの?」
単純計算をしてみよう。当時の地位の上下を問わず、4人が平等に負担するとすると、1人あたり3兆3302億5000万円になる。
「払えるの?」
世界1の富豪といわれるイーロン・マスク氏(電気自動車、テスラ)の資産額は2190億ドル。1ドル=138円で計算すれば30兆2220億円(車はたいして売れていないのに、よく儲かったね、こんなに!)である。2位はAmazonの創業者ジェフ・ベゾス氏で1710億ドル(23兆5980億円)、3位はたくさんのブランドを抱えるLVMHのベルナール・アルノー氏1580億ドル(21兆8040億円)。このあたりだと楽々と支払えそうだが、30位まで下げてくると、Amazonのマッケンジー・スコットという人で436億ドル(6兆168億円)だから、
「えーっ、俺の資産の半分も持って行かれるの!」
と呆然とするかも知れない。
話を日本に限れば、資産額1位は、あのユニクロの柳井正さんだそうで、3兆2100億円、あの孫正義さんは3位に食い込んで2兆6200億円だそうだ。この方々は、今回の賠償額を支払う能力をお持ちでない。
日本のサラリーマンの生涯賃金は平均で男性が2億7900万円、女性が2億4600万円(2017年=男女の賃金格差許すまじ!)らしい。おいおい、東京電力で最高位まで上り詰められた4人の生涯賃金はサラリーマン平均よりはるかに多いだろうが、例え100倍だとしても279億円でしかない(4人は全て男性です)。それだけの生涯賃金があったところで、生きるためには金を使わねばならないから、丸々残っているはずはない。いったいこの方々、どうやって賠償金を支払われるのだろう?
それとも、東京電力の最高幹部ともなると、表には現れない裏収入が笑いが止まらないほどあり、裁判官は極秘資料を基に
「この4人なら支払えるはずだ」
と判断したのかな?
4人はサラリーマンのたたき上げである。柳井正さんや孫正義さんのような、リスクをとりながら事業を拡大した事業家ではない。サラリーマンの出世競争に勝ち抜いただけである。収入が途絶えて破産するリスクはなく、ただただライバルを蹴落とす競争の勝者になっただけで柳井、孫両氏に劣らぬ資産家になれたとは、羨ましい限りではないか。
しかしながら、だ。常識的に考えれば、一人あたり3兆3302億5000万円の賠償金を払えるはずはない。とすれば未払いになるのだが、4人には資産を全て処分して無一文になっていただき、回収できた金額だけで幕を下ろすのか。4人の資産を合計しても良く見て数億円にしかなるまい。判決額から見れば雀の涙である。そうなると、どうする?
私は法学部を出た。ところが、賠償金を支払えない場合の司法の対応については
?
である。頭の中の何処を探しても、知識のかけらもない。やっぱり私が出たのは、「ア・法」学部だったらしい。
それに、だ。
もし4人の方々が、3兆3302億5000万円などとても払えない(それが普通だと思う)経済状況であったら、今回の判決は、実行不可能なことを実行せよと命じたことになる。実行できない判決とは、文字が躍っているだけで何の意味もない判決となる。それって、裁判の権威(というものがあったとして)を貶めることにならないか?
ん、こんな発想をする私は、やっぱり
「法学部を出ました」
と胸を張ってもいいのかな?
話はややずれるが、すぐに元に戻る。お付き合い願いたい。
さて、今回の判決は東京電力の元幹部に対して下されたものである。だが、4人に多額の賠償を命じた判決がまっとうであったとしても、1点の疑問が残る。
国に責任はないのか?
朝日新聞によると、4人はコスト削減を優先する余り、防災工事を怠ったとあった。あの大地震と大津波を防災工事で何処まで防ぐことが出来たかは横に置く。正面から見つめたいのは、なぜ4人はコスト削減に走ったかである。
私が知る東京電力は、実に鷹揚な会社であった。広報部長に
「東電って凄い会社ですね」
と水を向けると、
「いえいえ、ご存知ですか。東電は10兆円の借金を抱える問題企業ですよ」
との答が戻ってきた。10兆円の借金。それは電気を安定して供給するために、手元に金はなくても、借金して投資を繰り返しているということだろう、と受け取った。停電がほとんどない日本の電力状況は、世界で一番安定しているとも聞いた。
それなのに、4人はなぜ安全のための投資を避けたのか。
私は、経済産業省が推し進めてきた電力自由化が根底にあると思う。発送電を分離し、企業間の競争を促して電力料金を引き下げる。
なるほど、電気料金が安くなれば日本で製造される製品のコストが下がり、日本製品の国際競争力が増す。それに、私だって助かる。一見、理にかなった政策に見える。
しかし、結果はどうなったか? あなたの家庭の電気料金は下がりましたか? 安い値段でたっぷり電気が使えるようになりましたか? 私の実感ではNO.である。
そして、企業間の自由競争を促すということは、コスト削減競争に企業を追い込むことでもある。電線を通って我が家に来る電気は、どこで発電されようと品質には何の違いもない(日本の東と西でサイクル数が違うことはこの際無視する)。品質に違いがない商品の競争は、価格意外にはありえない。コストをギリギリまで削って、さらに雑巾を絞った会社が勝つ世界である。
ひょっとしたら、4人が安全のための投資をしなかったのは、コスト競争に追い込まれた結果ではなかったのか? もしそうだとすると、東京電力をそのような立場に追いやった国、経済産業省に責任はないのか?
もっとも、今回の裁判で国や経済産業省は被告になっていない。株主代表訴訟だから、被告に名を連ねることは出来なかったのだろう。あえて言えば、被告に出来ていたとしても、国が13兆3210億円の一部を負担することには抵抗感がある。電力自由化を推し進めた官僚たち、当時の経産大臣が私費で払うのなら納得できるが。
私のシナリオによれば、4人は国が強引に推し進めた政策の犠牲者ということになるのだが、皆様はいかがお考えだろう。
多分、4人は上告する。高裁でどんな判断が出るのか。最高裁までもつれ込んだら、4人はやっぱり13兆3210億円を分担して払うことになるのだろうか。
払えるはずはないと思うのだが、もし払えたとしたら、それも奇想天外な事件だよね、と考える私であった。