12.23
おしっこをするとは、実に大変な作業であることを実感した。
尿意があるとは、膀胱に尿がたまっているとのシグナルである。強い尿意があるということは、膀胱がはち切れんばかりに尿がたまっているということである。
つい先程まで膀胱にまで達する管を差し込まれていた私の膀胱に、尿が蓄積されているはずはない。だが、強い尿意があることも事実なのだ。私の膀胱はいったいどうなっているのか。私はどうすればこの責め苦から逃れることができるのか。
しばらくは我慢をした。そのうち尿意は消えてくれるはずだと考え、願った。それにもかかわらず、尿意は一向に弱まらない。逆に強くなっている気さえする。矢も楯もたまらず、私はトイレへの遠征軍を試みた。
排尿しようとする。出ない。これほど尿意があれば、常日頃であればほとばしり出るはずの尿が全く出て来ない。力を入れる。それでもダメだ。押しても引いてもビクともしない。
やがて、何だか出て来そうなムズムズ感があった。おお、やっと出る気になってくれたか! これで尿意から解放されるのか?
出た。ポタリ。先っぽから、何だか粘性の高い、赤い固まりが一滴、便器に落ちた。それっきりである。あとは何も起きない。
「えっ、こんなに尿意があるのに、出るのはこれだけ?」
ということは、やっぱり尿はたまっていないのだ。強い尿意は先程まで差し込まれていた管によって膀胱が誤解をしているだけなのだ。ベッドに戻りながら考えた。ふむ、じゃあどうする?
「貯まっていないのなら、貯めたらいいじゃないか」
何故か、そんな考えが浮かんだ。追い詰められた私には、これ以上ない名案に思えた。しばらく前、看護師さんが買って来てくれた(もちろん、お金は私が出しましたとも! 「そこにあるズボンの右ポケットに緑色の小銭入れがあるから、それで買って来て」とお願いしたのです。ついでに「あなたも何か飲みたいものがあればそれで買っていいよ」とも申し上げたのですが、彼女は何も買ってこなかったようです)ペットボトル入りの水の残りがテーブルにあった。3分の1ほどあったそれを私は一気に飲み干したのである。水は尿の原料ではないか。
一刻も早くトイレに駆け込みたい。しかし、口から入れた水が尿に変身するまでにはしばらく時間がかかる。私は待った。ひたすら待った。
30分もたったろうか。なんだか新たな尿意が盛り上がっているような気がした。よし、行け!
便器に向かって気張る。出てくれ、たっぷり出てくれ、と願いながら気張る。
願いは半分聞き届けられた。出たのである。血が混じった尿が。血のかたまりもひとつ、便器に落ちていった。だが、量はチョロチョロ。情けないほど少なかった。それ以上は出てくれない。
普段は何気なく繰り返している排尿という行為が、ひとつリズムが狂うとこんなに大変な作業になるのか。人体のメカニズムとは実に霊妙なものである。
我がトイレ作戦は2度に渡って失敗したのか? 暗澹たる気持ちでベッドに戻らざるを得なかった。さて、私の膀胱はいつになったら正常に戻ってくれるのか?
と思いは沈む一方なのだが、眠りは訪れてくれそうにない。やむなく、「嫌われた監督」の続きを読み始める。
中日新聞、中日ドラゴンズ経営陣の策謀で落合監督は、リーグ優勝を果たしながら首を切られる。落合監督の就任以来常勝チームと化した中日ドラゴンズは、選手の年俸は上昇する一方だった。それが経営を圧迫した。
「こんなに人件費が高騰したんでは、チーム経営なんてやってられない!」
プロ野球チームのオーナーは、自分のチームが勝ち、優勝旗を手にするのが夢のはずだ。だが、ここの経営陣はそうは考えなかった。これ以上勝ってくれては、人件費高騰に歯止めがかからなくなる。言い換えれば
「中日ドラゴンズは適当に勝つチームに戻ってくれた方が経営が楽だ」
ということである。経営者である己たちの無能ぶりには目をつぶり、経営逼迫の責任を人件費高騰に求める。語るに落ちた阿呆揃いだが、さて、彼らを阿呆と呼べる経営者が、日本には何人いるのか?
ぐいぐいと読書に引き込まれ、ふと時計を見るともう3時である。いかん、今日は眠れないまま朝を迎えるのか? いや待て、そういえば何だか尿意が衰えたような気がするが……。うん、確かにあまり尿意を感じなくなったぞ。我が膀胱は正常化の途上にあるぞ!
そう思ったら、いつの間にか眠りに引き込まれていた。目が醒めたのは7時前だった。尿意を感じてトイレに赴くと、少量、血が混じらない尿が出た。ふーっ、助かった! のではないか?
以上が前立腺の生検を受けて翌朝までの経緯である。我が後に続かねばならない不幸に見舞われたとき、私の体験談が何かのご参考になれば幸いである。