2023
07.22

私と朝日新聞 岐阜支局の16 子ども見つけた、の5 ミルクまつり

らかす日誌

ミルクまつり
 飲めたぞバンザイ
  苦手克服、学業にも自信

岐阜市鷺山小学校の市原昇先生(53)は3年前、あの子たちと出会って、それまでの教師としての信念が、はっきりした確信に変わった。
担任は2年4組。しげき君は、牛乳が大きらいだった。給食の時間が近づくと、ゆううつになる、飲めないことが、引け目になっていたのだろう。だが、いつも牛乳びんは手つかずのままだ。
   ▇二口、三口と訓練
家庭訪問のとき、コーヒー牛乳なら飲める、と聞いた。牛乳に即席コーヒーを混ぜてみた。それなら飲む。3ヶ月、コーヒー牛乳で胃を訓練した。
夏休み明けかから「白い牛乳」への挑戦が始まる。「もう大丈夫、飲めるよ」。先生の暗示で恐る恐る口をつけた。全員の視線を浴びて、一口含んだ。が、ゴクリに一苦労する。つらそうに顔をしかめて、やっとのどへ押し込んだ。
次の日も、一口。やがて二口、三口と伸びた。「きょうは新記録!」。まわりから声援が飛ぶ。まだ吐き気をこらえてはいる。が、苦痛より克服の喜びの方が大きい。
「一口牛乳」から22日目。180ccを飲み干した。「バンザーイ」「やったぁ」。クラス中が大はしゃぎした。
しばらくして「ミルクまつり」が開かれた。しげき君が牛乳を飲んだお祝いだ。5色のテープ、折り紙で飾られた教室。子どもは紙の冠をかぶって……。
   ▇ぼくもまけられぬ
〽とうとうしげちゃんみな飲んだ ぼくもわたしも負けられぬ 何でも食べて強い子に……。
「ウサギとカメ」の替え歌が流れる。しげき君もテレながら合唱に加わった。
「しげちゃんはえらい。きらいな牛乳を飲んだ」。そして、トマトぎらいが、トマトを食べ始めた。チーズぎらいも、にんじんぎらいも……。
給食に関しては、彼は「底辺」といえた。「底辺」が変わると全体が変わる。ものごとが困難であればあるほど、やりとげたときの喜びは大きい。子どもがそれを自覚した。
翌年、市原先生は3年を受け持った。「漢字博士」という制度を設けた。条件は、通算10回以上か、5回連続で100点を取ること。クラスの半分が「博士号」を取ったころ、先生は「漢字まつり」を提案した。「全員が博士になったらだ。ただし期限は9日間だぞ」。そのとき、ゆうじ君には100点が3回しかなかった。
ゆうじ君の家へ放課後、“家庭教師”が来た。級友のきみたか君だ。勉強に付き合って、採点もしてくれた。「あした100点取れよ」といって、帰った。早朝、教室で、ゆうじ君を囲む勉強の輪もできた。彼は自分より仲間のためにがんばった。
5回連続100点達成。博士号決定。みんな、小躍りした。あっちゃんは「じぶんがなったより、もっとうれしい」と思った。
表彰式。ゆうじ君が博士号のカードをもらう。そのとき「タータータターター、タタタタターターター……」とハミングが流れた。「勇士は還りぬ」である。いつのまにか、合唱に変わっていった。
   ▇祭りで打ち上げ
笛まつり、宿題まつり、九九まつり……。何かやりとげるたびに祭りで打ち上げをした。
子どもは一度、自信がつくとすばらしい底力を発揮する。そして、だれもが無限の可能性を秘めている。教育とは、それを引き出すことだ——市原先生の得た確信はこれだった。
しげき君、ゆうじ君、そして九九でがんばったけんちゃん。いまはみんな4年生になっている。どうしてるかな。教務主任になり、担任がない先生は、あの子たちが妙になつかしい。

✖️     ✖️     ✖️

1年生の後半ですでに子ども自身に苦手意識が芽生えるという。「ボクは計算が苦手」「私は字を書くのがイヤ」といった形である。そうした自信喪失が興味減退、拒絶反応に結びつく。「算数がダメね」。親の何気ない一言が、一層根深いものにする。
低学力層を対象にした「計算力」の調査がある。3年なら半数以上が「自信あり」と答えているが、学年が進むにつれて、その比率は急速に減り、中学1年では、3%になってしまう。「好き」が「嫌い」を下回るのは4、5年のころである。
第一線の先生は「わかりやすくていねいにやると、時間がなくて……」と悩みを訴えるが……。(1979年1月7日)