2023
08.11

私と朝日新聞 名古屋本社経済部の8 東海銀行の事件

らかす日誌

1年ほどで私は流通、証券、東海のくらし担当から金融担当となった。銀行が取材先である。そのころ名古屋には、都市銀行の東海銀行があり、地方銀行、相互銀行があった。それがすべて私の担当となった。

おいおい、である。仕組みが比較的簡単な流通業界ですら、さて、私はどこまで理解したのか、はなはだ自信がなかった。それが突然銀行である。銀行といえば、お金を預け、必要に応じて引き出すところ程度の知識しかない。銀行とは、私の預金に年利3%の利子を払い、その金を年利6%で貸し付けて利ざやを抜く商売だろう、程度しか知らないのだ。聞くところによれば、それ以外にも外国為替や債券でお金を運用しているらしいが、いったい何のことか分からない。その私が金融担当? さあ大変だ。いったい何から勉強したらいいものやら……。

それに、である。大学の同級生で銀行に職を求めて行った連中は結構いた。何でも、給料がいいという。しかし、人のカネを預かって、それを貸して利ざやを抜くのが男子一生の仕事か? 銀行に入れば、まずは支店に配属され、預金集めをさせられるというではないか。お前たち、本当にそんな仕事をしたいのか? 私は御免である。

そんな私である。不満タラタラの仕事であるが、命じられたらやるしかないのがサラリーマンである。それなりに、記事は書いた。

スクラップをめくると、その事件が発覚したのは1981年3月のことだった。株投機で200億円の損失を出した北海道テレビ放送(HTB)社長に、外国銀行が多額の融資をしていた。その融資を、東海銀行の札幌支店長が紹介、斡旋していたことが表沙汰になった。スクラップによると

「23日明らかになった」

とあるから、多分、朝日新聞の特ダネである。しかし、この事件にからむ当事者の中で東海銀行しか知らない私が書けるはずはない。多分、東京の金融担当が書いたのだろう。この記事をスクラップしたのは、名古屋で金融担当になってしまった私が、この取材合戦に巻き込まれてしまったからに違いない。

事件の概要はこうである。
北海道テレビ放送(HTB)は、テレビ朝日の系列局である。ということは朝日新聞も出資しているテレビ局だ。しかし、事件となると、そんな資本系列はどこかにすっ飛んでしまう。これはメディアとして健全である。
この北海道テレビ放送(HTB)に岩沢靖(おさむ)という社長がいた。株投機をしたのは「岩沢グループ」、つまり札幌トヨペット、金星自動車(タクシー会社)、それに北海道テレビ放送である。この3社で500億円近い金を株投機につぎ込み、多大な損失を出していた。
そして、この資金の大半、330億円を融資したのがバンク・オブ・・アメリカ、チェース・マンハッタンなどの外国銀行10数行で、東海銀行札幌支店の支店長が、

「岩沢氏、岩沢グループは信用できる」

という趣旨の紹介、斡旋状を出していた。なんでも、この支店長は外国銀行から

「岩沢グループに融資したいので、支払い保証をして欲しい」

持ちかけられた。支払い保証をするということは、保証人になることである。返済が滞れば、岩沢グループに代わって返済する義務が生まれる。さすがに断ったのだが、

「それなら、この紹介状にサインを」

と迫られ、応じた。そして、岩沢グループの返済が滞った。

問題になったのは、支店長がサインをした紹介状で、東海銀行に負担が生じるかどうかである。単なる紹介状に過ぎないのか。それとも、融資の返済にいくらかでも責任を持つことになるのか。

東海銀行の行内ルールでは、支店長が外国銀行への紹介状、斡旋状を出す場合には、国際部長、審査部長の決済がいる。金額が大きくなれば、頭取の決裁も必要だった。しかし支店長は独断でサインしており、東海銀行は当初

「相手も金融機関。この文書が返済を保証したものではないことは分かっていたはず」

と強気だったが、やがて一部を肩代わりすることを表明せざるを得なかった。

名古屋に本店を置く東海銀行で、札幌支店長がどんなポジションなのかは知らない。役員目前なのか、それとも上がりのポジションなのか。
いずれにしても、なんとか実績をあげて上に認められようというサラリーマンの、悲しい勇み足である。従業員を競い合わせるのは企業の宿命だろう。しかし、度が過ぎると不穏な行動を誘い、時には損失が会社に跳ね返ってくる。

これはその程度の「事件」だった。それから10数年後、2度目の名古屋勤務となった時、私は東海銀行の「不正融資事件」の取材チームを現場で仕切ることになるが、まさかそんなことになろうとは、当時の私が知るよしもなかった。