2023
09.16

私と朝日新聞 東京経済部の16 吉永小百合さんと昼飯を食った話

らかす日誌

新聞記者にも、ほんのちょっとした役得はある。私が経験した役得は、どうでもいいような会話から始まった。

2×4広報の住宅で著名な三井ホームは私の担当企業だった。当時、三井ホームは、コマーシャルに吉永小百合さん使っていた。
ある日、広報担当者と雑談をしていた。

「吉永小百合を使ってるね」

「ええ、彼女は多くの人にアピールしますから」

「でも、あれほどのビッグ・タレントを使うとなると、結構お金もかかるでしょう」

「そうですね、年間の契約料が3000万円、加えて、ポスターを作ってもCMフィルムを作っても、それぞれに支払いが発生します」

「ということは、『ほかの住宅メーカーの広告には出ないでね』というだけで、1年間に3000万円もかかるの? その上で、1件ごとにまた金を取られるの! とすると、年間数億円……。凄いね」

それだけで済むはずの話だった。しかし、お調子者の私である。ついつい口が滑った。

「そんなにお金を払ってるんなら、私、1度ぐらい彼女に会ってみたいんだけど、無理?」

まあ、普通は無理である。お金を支払っているのは私ではない。三井ホームである。私といえば、その三井ホームを取材する記者の1人に過ぎない。
ところが、なのだ。広報担当者は何と、

「あ、面白いですね。ちょっと考えてみます」

といったのである。えっ、考えてみる? ということは、俺は生の吉永小百合に会えるかも知れないわけ?!

断っておくが、私は小百合ストではない。嫌いな女優ではもちろんないが、「キューポラのある街」(確か、学校の授業で見に行った。小百合ちゃんの太ももが露出するシーンで、同級生の誰かが「キャーッ」と声を揚げたのを覚えている)を見てからこちら、何本も彼女が出た映画は見たが、憧れることはなかった。それでも、三井ホームにこんな話を持ちかけたのは、有名人に会ってみたいといミーハーな乗りだった。

数日後、あの広報担当者から電話をもらった。

「大道さん、先日の話ですが」

先日の話?

「ほら、吉永小百合さんの話ですよ。大道さん〇月△日、あいてますか? その日彼女はスタジオで写真を撮っています。そこでよければ昼食を一緒にとることができるんですが」

えっ、ホントに会えるの? 行く、行く、何があっても行く!
朝日の社内で、ある先輩、Tさんにこの話をした。

「えっ、お前、百合と昼飯を食う? 大道、俺も連れて行け。あ、そうだ、あいつは俺以上の小百合ストだ。あいつも一緒に行こうや」

とんでもない連れができた。2人とも怖い先輩だったのである。

三井ホームに人数が増えてもいいか、と了解を取った。こうして当日、我ら3人は撮影中のスタジオ(確か、砧にあったのではなかったか)向かった。

広報担当者の案内でスタジオに入る。沢山のライトに照らされた小百合さんが様々なポーズをとってフィルムに納まっていた。

「はあ、やっぱり綺麗な女性だな」

やがて、撮影を終えた小百合さんがスタジオから出て来た。昼食、はお弁当である。映画ならロケ弁というのだろうが、写真の撮影では何弁というのだろう?

屋外で、四角いテーブルを囲んだ。小百合さんの隣は、飛び抜けた小百合ストの先輩である。その隣に、T 先輩が座り、私はその隣だった。

小百合さんと専ら話したのは、T 先輩だった。ふだんから口数が多い人で、一緒に取材に行っても、相手からはなしを聞くより自分で話す時間の方がはるかに長い人である。
小百合さんの隣に座る栄光を得た超小百合ストの先輩は、何故か無口だった。それほど暑くもない日だったのに、ポケットからハンカチを取り出し、しきりに額や首筋にあてる。口数が多い人ではないが、これほど押し黙るのも珍しい。

「そうか、この人、あがってるんだ」

怖い先輩にも、こんないじらしい一面があったのか。そういえば、吉永小百合さんと目を合わせようともしない。彼、ホントに小百合ストなんだなあ。

私は、といえば、遠慮なく小百合さんを眺めていた。綺麗である。さすがに大女優だ。この時、確か39歳。こんなに綺麗な39歳にはお目にかかったことがない。
そのうち、不思議な気分になってきた。

「綺麗すぎるんじゃない?」

と思ったのだ。半袖のシャツから出ている真っ白い腕。顔にも首にも皺1つ、シミ1つない。おいおい、39歳でこんなに綺麗でいていいのかよ! この人、お化けなんじゃない?

その夜は、確か2人の先輩にご馳走になった。

「大道、ありがとな」

というわけである。
ま、たったそれだけの役得であった。

それにしても、と思う。すでに彼女は78歳。最近テレビで見る彼女はとてもそんな年には見えない。私もどちらかといえば若く見られる方だが、それでも60代半ばに見られる程度である。しかし、何の先入観も持たずに今の彼女を見たら、さて40際に見えるかどうか。こんなに若く見える後期高齢者って、ほかにいるか?

吉永小百合という女優はやっぱり化け物なのである。

そういえば最近、吉永小百合さんが高倉健と共演した「動乱」を見た。2・26事件の背景になった疲弊する農村で、わずか1000円の借金のために売られる女性が吉永小百合。その弟を部下に持つ軍人が高倉健、という役回りである。巡りめぐって2人は夫婦となり、夫の健さんは2.26事件の首謀者となって銃殺される。1980年の映画だから、吉永小百合さんはすでに30歳台のはずだが、10代の娘時代から、高倉健の妻となる中年までをみごとに演じている。10代を演じる小百合ちゃんは限りなく可愛いし、30代役の小百合ちゃんはホントに美しい。
数多くの小百合ストが生まれたのも、何だか理解できるような気になった。

恐るべし、吉永小百合!