09.23
私と朝日新聞 北海道報道部の4 自民党道連からクレームが来た
横路知事がらみのの話を続ける。
1987年、横路知事は再選を目指して道知事選に立った。私は知事選取材グループに編入された。
まず、必要なのは情勢判断である。札幌市内を取材して回る。その頃私は主に経済を担当していたから、話を聞きに行った先は企業経営者が多かった。どこに行っても、横路一色だった。
会社のビルの外壁に、自民党候補のポスターを貼りだした会社があった。その経営者に聞くと
「うちは横路さんですよ」
という。だって、自民党の候補者のポスターをいっぱい貼ってるじゃないですか。
「ああ、あれね。あれは貼っておかないと、自民党から狙われるからね。ああ、そうだ。この話を記事にするのなら、私の名前、会社名を出さないで下さいよ」
そんな応対ばかりである。ああ、こりゃあ横路の圧勝だ。
そんな話をいっぱい聞いて、私は地方取材に出かけた。札幌は横路の圧勝だ。だが、地方はどうなのだろう?
ある町の、自民党候補の事務所に行った。
「どうですか。選挙運動はうまく進んでいますか?」
「やってるよ。先日札幌で会議があってね。偉いさんから『札幌は固めた。これからは地方の勝負だ』といわれたからねえ。必死だよ」
? 私が札幌で取材して受けた印象とだいぶ違う。
「札幌は固まった、とおっしゃいました?」
「ああ、いったさ」
「私が取材したところでは、本来は自民党の地盤であるはずの企業も、ほとんどが横路になびいてますよ。外に向けてに自民党候補のポスターを貼ってる企業も、横路をやってるんだが、ポスターは貼っておかないと自民党から嫌がらせをされるからね、というぐらいですから」
取材とは、一方的に情報を取ることではない。こちらも情報を出さなければ、向こうだってくれないのだ。Give & Take, いい取材をしたと思いながら、札幌に戻った。
選挙担当のデスクが顔を真っ赤にして私の席に来たのは、午後7時か8時だったと思う。
「大道君、君は今日の取材先で、何か変なことを言ったか?」
「変なこと? 言った覚えはありませんが」
「いま自民党道連から、君が選挙妨害をした、という強い抗議が来た。朝日新聞の記者が来て、札幌は横路が強いと話した。話しが違うじゃないか、と自民党道本部に抗議電話があったというんだ。君は何をしゃべったのかね?」
「選挙妨害? そんなことするわけないじゃないですか。今日はね、中央から『札幌は固めた。これからは地方の勝負だ』と言われたと取材先が言うので、私の取材では、札幌は横路で固まってますよ、と言っただけです」
「そ、それは選挙妨害じゃないのか?」
「情報を交換するのが、どうして選挙妨害になるのですか?」
「き、き、君は取材で知ったことをべらべらしゃべるのか?」
「はい、取材とは情報交換だと思っていますから。一方的に情報をもらってくるわけにはいかないでしょう?」
デスクは怒りを全身から垂れ流しながら去って行った。この人、東京の政治部から来た人である。いったいどんな取材をしてきた人なのだろう。
そうそう、自民党からの抗議は沙汰止みなったことを付け加えておく。
それにしても、である。有権者には絶大な人気を誇った横路氏だったが、側近には評判が悪かった。どんな言葉で横路氏をくさしたかはほとんど記憶にないが、
「本人が出るより、奥さんが出た方がよっぽどいい。あの奥さんがいるから、あいつでも持っているんだわ」
という表現だけは記憶にある。横路夫人は、側近も虜にしてしまう人だったらしい。
では、どうしてそんな横路を担ぐのか。
「勝てる候補があいつぐらいしかいないからねえ。仕方ないさ」
私も横路孝弘という政治家をあまり評価しない。というより、迂闊な人だなあ、大丈夫かあんた、という印象を持っている。あの外務省機密漏洩事件の顛末を見れば、そうとしか思えない。
毎日新聞の西山太吉記者が、沖縄返還をめぐる複数の機密電文を外務省女性事務官から入手したことに端を発する。この西山記者が電文を社会党の衆議院議員だった横路孝弘氏に渡し、国会で質問をさせたのだ。
政府間の機密電報を暴く。記者としては夢のようなスクープである。ところが西山記者は折角の特ダネを記事にしなかった(それらしいことを書いたコラムはあったというが)。不思議な判断である。手に入れたネタがあまりにも大きすぎ、記事にするのをビビったのか。それとも、情報入手の『手段」に後ろめたさがあったか。
ドジを踏んだのは横路氏だった。機密電文には通し番号が打たれていた。機密書類を管理する1つの手段である。西山記者が手に入れたのはそのコピーで、通し番号がはっきりと印刷されていた。通し番号の上に紙でも貼っておけばよかったのに、まったくドジなスパイ物語である。
この通し番号付きの機密電文のコピーを、横路氏は国会で振り回した。こうして政府は「通し番号」を知り、漏洩した人物を特定した。それが西山記者と情を通じたと言われた女性事務官である。
国会議員でありながら、機密文書にある通し番号に気が付かない。そして、漏洩元を監獄送りにしてしまう。迂闊と言うよりほかないではないか。
こんな人物が、遠くに行けば行くほど人気を高める。人物評価のドーナツ化現象である。民主主義とはなかなか厄介な政治制度である。
付言すれば、西山記者を主人公にした小説やドラマがあったが、私は信用しない。なぜ、自分が入手したことを自分で記事にしなかったのか?
中でもドラマは、西山記者に機密電報のコピーを渡した外務省女性があまりに美人で、
「何か違うよな」
と思ったことを付け加えておく。