2023
10.05

私と朝日新聞 北海道報道部の16 札幌で横浜の博多ラーメンを食べた話

らかす日誌

蘇ってくれる記憶に関する限り、札幌での仕事の話は出尽くした。これからしばらく札幌での暮らしをご報告する。

札幌ラーメンといえば全国に通用するブランドである。そんなに美味い店ばかりではないことは「グルメで行くばい! 第12回」でしつこいほど詳細に書き記したが、実は全国ブランドのラーメンはもうひとつある。博多ラーメンである。
そして、博多のどの店より美味いラーメンを食べさせてくれるラーメン店が、横浜の我が家から歩いて5分の所にあった。「火の国」といった。過去形で書いているのは。すでにこの店は店主が亡くなり、いまは店舗も存在しないからである。今回は、その「火の国」の話である。

自宅から5分の、とんでもなく美味いラーメン店。我が家は揃って、この店の常連であった。とにかく、全員がファンなのである。私が仕事に出ている時にも、妻女殿や子どもたちは行ったらしい。私は夜回りという仕事をこなして日付変更線前後に自宅に戻ることが多かったが、ハイヤーの車中で空腹を感じると、運転手さんに声をかけた。

「ねえ、腹減らない? 美味いラーメン屋があるんだけど、一緒に食べようよ」

自宅から歩いて5分の所にハイヤーが止まり、運転手さんと2人で店に入る。

「今晩は。ラーメン2つね」

「お、今日も遅いんだ。はいよ、ちょっと待っててね」

香り、舌触り、味。これまで食べた最高のラーメンが「火の国」のラーメンで、横で食べている運転手さんのどんぶりを見ると、ほとんどの人がスープを一滴も残さず飲み干している。

「綺麗に飲み干したね」

と声をかけると、

「あんまり美味いんで、ついつい飲んじゃいました。ごちそうさま!」

と返ってくる。
ラーメンだけでなく、チャンポンも、博多うどんも極上の味だった。「グルメらかす」に度々登場する我が畏友カルロスもファンで、先頃亡くなった頭脳警察のバンドリーダー、PANTAにご馳走したのもこの店だった。
我が家は一家挙げて「火の国」のファンだった。
以上が、今日の話の前提である。

「また、東京に出張だ」

自宅で家族にそう申し渡した。出張は毎度のことである。だが、連絡だけはしておかねばならない。

「お父さん、横浜に家に泊まるの?」

といったのは長男だったか。

「ああ、そうだよ」

と答えた私に、意外なリクエストが来た。

「『火の国』のラーメンが食べたい。お土産に持ってきて」

ん? 店で客に出すラーメンを、横浜から札幌まで出前することができるのか?

「うーん、そんなこと、できるかなあ。ほかの土産じゃダメか?」

「あのラーメンが食べたい」

「札幌ラーメンだって美味いじゃないか」

「『火の国』がいい!」

となれば、これは、できるかどうかやってみるしかない。

「分かった。火の国のおじさんに聞いてみるわ。持って帰れたら持って来る。待ってろ」

東京で仕事を済ませ、火の国に行った。

「というわけなんだけど、札幌まで火の国の味を持って行けるかな?」

「うーん、麺はいいんだけどね、スープが……。ま、そこまで惚れ込まれちゃあしょうがないね。やってみるわ。スープは先にこちらで味付けしてプラスチックのボトルに入れれば何とかなるかも知れない」

東京を去る日、「火の国」に立ち寄ると、用意がしてあった。麺が5人分。上に乗せるチャーシューやネギも5人分パックされている。

「これがスープね」

1人前のスープが何ccなのか知らないが、1リットルは入ろうというプラスチックのボトルが2つか3つあった。

「麺は沸騰した湯で〇〇分茹でる。スープは温めてどんぶりに分け、しっかりお湯を切った麺を入れる。まあ、店より少し味は落ちるかも知れないけど、何とかなると思うよ」

金を払い、全てをカバンに詰め込んだ。ずっしり重くなった。1人前のスープを500ccとすると、全部で2.5リットル、2.5㎏を少し超える。麺や具を加えれば、3㎏近い荷物が加わったことになる。
いま、ペットボトル入りに水を多くの人が飲んでいる。あの価格のほとんどは運送費だという。そりゃあそうだろう、中の水はほとんどただだ。ペットボトルの製造費もたいしたことはあるまい。運賃が水入りペットボトルの価格の大半を占める。運ぶとはどれほど大変なことである。
私は長男に、水ではない、「火の国」のラーメンスープを運搬する仕事を仰せつかったのである。

札幌の家について、早速「火の国」のラーメンを取り出した。大歓迎を受けたのはいうまでもない。

天下に名だたる札幌ラーメンの地で、横浜から運び入れられた博多ラーメンを食べて

「やっぱり美味いね」

と舌鼓を打つ。
何だか我が家は、一風変わったファミリーであった。