2023
12.09

私と朝日新聞 2度目の名古屋経済部の3 独り暮らしの基礎が出来た

らかす日誌

昼食はスパゲティが多かった。まずは麺を茹でなければならない。
うどんやラーメンの麺と、スパゲティの麺には基本的な違いがある。うどんやラーメンは麺に塩を練り込んであるが、スパゲティに塩は入っていない。従って、うどんやラーメンを茹でるのは塩抜きをすることでもある。一方のスパゲティは麺に塩を染み込ませるために茹でる湯に塩を入れる。
スペインレストラン「ラ・プラーヤ」のオーナーシェフ、カルロス=児玉徹君によると、人の舌はやや強めの塩味を美味いと感じる。しかし、塩分の取り過ぎは体に悪いといわれる。そのため毎日食べる家庭料理は薄味が多く、外食では味を濃くするために塩分を強めにする。客に

『美味い!」

と感じてもらうためである。
私は健康より味を楽しもうと思った。だから、茹で湯に塩を多めに入れた。計量カップやスプーンは使わない。いつも「適当」である。そのため、何度も

『こんな塩辛いスパゲティは食えない!」

と出来たばかりのスパゲティをゴミ箱に捨てた。そんな日は、インスタント焼きそばを代替食とした。すでに茹で湯は捨てている。もう一度湯を沸かしてスパゲティを作り直す時間を惜しんだためである。
何度も失敗したのに、スペゲティを茹でる適量の塩の量というのはどうしても身につかなかった。毎回「適当」に塩を放り込んだからである。毎日繰り返す作業ならそれでも適量は身につくのだろうが、多くても週1回の調理なのだ。『適当」はいつまでも『適当」のまま終わった。

麺がアルデンテに仕上がると、ニンニクと唐辛子だけのペペロンチーノ、シンプルに徹したバジリコ、湯むきしたトマトとタマネギ、ニンニクだけで作るナポリタンなどに仕上げた。多くは丸元淑生さんのレシピ本を参考にした。
ある日、バジリコを作ろうとした。茹で上がった麺にニンニクの香りをたっぷりつけたオリーブオイルを絡め、上から千切りした大葉を振りかける。それが私のバジリコである。しかし、大葉を千切りするのは面倒だ。プロはいったいどんな方法でやっているのだろう? そんな時は師に電話を掛ける。

「児玉ちゃん、大葉の千切りってどうやるんだ?」

回答はすぐに返ってくる。

「何枚かまとめてクルクルと巻き、その状態で切ればいい」

ニンニクの処理の仕方を教えてくれたのもカルロスだ。

「まず、包丁の腹のところでグッと押しつぶす。そうすると細胞が壊れて香りが立つ。潰さずに切ったニンニクは香りが出ないのである。また、潰してしまうと皮もむきやすくなる」

プロの仕事の勘所なのだろう。

そんな食生活をしていて気が付いたことがある。インスタント焼きそばを食べると、しばらく胃のあたりに違和感が出るのである。何となく胃が重苦しい。それが2時間ほどたつとスッと消える。ほかの食品では現れない現象だ。インスタント焼きそばは胃で消化しにくいのだろうか?

最初に作った夕食は野菜の手巻き寿司だった。建設省を担当した時、新聞社受験用に作文を読んでやったHa君をご記憶だろうか? 朝日には失敗し、日本経済新聞の記者になったが、後に朝日新聞の中途採用に通って後輩になった彼である。名古屋への単身赴任が決まった時、そのHa君がプレゼントをくれた。5、6冊でセットになったレシピ本だった。それをぱらぱらとめくっていて

「これを作ろう!」

と思い立ったのである。何しろ、極めて簡単だ。それに野菜を食べるのだ。健康そうではないか?
作り方は「グルメに行くばい! 第16回 :野菜の手巻き寿司」に書いたので、食べたくなった方は参考にしていただきたい。味は保証する。

時間に追われた日は、ステーキにした。ものの10分もあれば出来上がるから簡単である。ステーキの添える野菜は、肉を焼く間に電子レンジでチンすればよい。
凝って作ったのはカレーである。ある朝、

「今日はカレーにしよう」

と思い立ってキッチンに立ち、鶏ガラのスープから取り始めた。出来上がったのは午後4時半。なんと昼間はほとんど料理をしていたことになる。スパイスを十分に効かせたカレーは美味かった。

一番簡単のは鍋料理である。コンロと鍋、切りそろえた白菜、ネギ、それに豆腐と豚のバラ肉と出汁を取る昆布をそろえておけば食べながら調理できる。材料を余すのがもったいなく、用意した全てを何とか腹に押し込んで30分〜1時間も身動きできずにひっくり返ったことが何度もあったことは、「グルメに行くばい! 17回 :鍋物」で書いた。私のバカさ加減に興味を持たれた方はそちらもお読みいただきたい。

こうして私は、独り暮らしの食の体系を少しずつ構築していった。そんなに長くなるとは思っていなかったのだが、この2回目の名古屋勤務は3年半も続いた。いま、まねごとのような調理ができるのは、この体験のおかげである。

これで仕事をする基礎は出来た。さて、私は2度目の名古屋でどんな仕事をしたのか?