2023
12.19

私と朝日新聞 2度目の名古屋経済部の13 トヨタ自動車の飲み友だち

らかす日誌

トヨタ自動車広報課長のYaさんと飲み友だちになるのにたいした時間はかからなかった。私はできるだけトヨタ自動車に人脈を作りたい。広報課長であるYaさんは逆に、記者に人脈を築くのが仕事だ。お互いの利害が一致し、お互いに酒が好きであれば瞬時に飲み友だちが誕生する。

口に蓋をしないのは新聞記者の常識である。が、広報課長となると、記者さんのご機嫌を損ねては大変だと言動に気をつける人が多いように思う。もっとストレートに

「記者さん、あんた間違っているよ」

といえばいいのに、と思わされるシーンに何度も遭遇した。

「大道さん、ある朝日の記者さんなんですが」

と広報担当者から相談を持ちかけられたこともある。

「当社の案件で、たまたま朝日さんが抜かれたんです。そうしたら抜かれた記者さんが怒鳴り込んでこられまして。『朝日新聞を馬鹿にするのか!』ってエライ剣幕なんですよ」

この広報担当者は怒鳴られて頭を低くしたらしい。

「そんな時はね、あんたの努力不足でしょ、っていってやりなさいよ。新聞記者にペコペコする必要なんて全くないんだから」

そんな広報担当者がいる中で、Yaさんは実にまともだった。平気で私に反論するのである。その率直さが心地よかった。

「あのさ、私はトヨタ自動車とは実に尊敬すべき会社ただと思うけど、どうして私が乗りたくなる車が作れないのかなあ」

ある日の飲み会で、論争を仕掛けたのは私だった。

「大道さんはいま、何に乗ってるんでしたっけ?」

「いま乗ってるのはホンダのアコードだけど、やっぱりその前に乗っていたゴルフの方がいい車だね。あるトヨタ自動車の役員さんに『トヨタに勤めていなかったら、どの車に乗りたいですか?』って聞いたら、しばらく考えて『やっぱりBMWですね』と答えた人もいた。あんな魅力的な車、どうしてトヨタには作れないのかなあ」

ここまでの話は、私が優勢である。だが、Yaさんは平然と言った。

「いいんですよ、大道さんにわが社の車に乗ってもらわなくても。いいですか、あなたみたいな車感を持っているのはせいぜい1割か2割というのが日本なんです。その人たちは好きな車に乗ればいい。トヨタは残りの8割に支持されればいいんです」

なるほど、と妙に納得した。当時、国内でのトヨタ自動車のシェアは5割に迫っていたのではなかった。確かに、市場に合わせて車を作るのもメーカーの選択肢の1つだろう。どんな車を作っても、市場占有率が100%になることはない。だとしたら、最も高いシェアが取れる製品を作るのは当然といえば当然ではないか。
私は

「あ、それはそうだよね」

というほかなかった。

そのYaさんに、私はお願いしたことがある。トヨタ自動車が記者に配っていたお中元、お歳暮をやめることである。
当時、トヨタ自動車はトヨタ担当記者に中元、歳暮(どちらか1つだったかもしれない)を贈っていた。当然のように私のもとにも贈られてくる。車の形をしたボトルに酒が入っていたり、工夫を凝らしたものだった。貰って不愉快になるものではない。
しかし、記者は取材先と適度な距離を保たねばならない。だから、当然のように贈られてくる贈り物は生きすぎではないか? と心理的な抵抗を持ち続けていた。

「俺は送り返してやった」

「デパートに行って贈られたものの価格を確かめ、同額品を贈った」

などという記者の鏡のような先輩も少数いたが、私はそこまでクリーンではない。クリーンではないが、企業に貰う中元、歳暮はなければないにこしたことはない。

「ねえ、なんで記者にそんなものを配るのよ。金をかけて配っても効果はないでしょ? いや、効果がある記者もいるとすれば、そんな記者は何の役にも立たないでしょ? いずれにしても無駄の極みだと思うんだけど」

「うーん、そう言われても、楽しみにしている記者さんもいますからねえ。贈るのが遅れると、『今年はまだ来ないねえ』なんていいう人もいる。それをやめるなんて……」

「さっきもいった通り、そんな記者はクズでしょ? 何でそんなところに金をかけるのさ」

しばらく考えていたYaさんは、最後にこう言った。

「分かりました。原則としてやめます。ただ、やめたら苦情を言ってきそうな人もいるので、その人たちにだけは続けようと思いますが」

「うん、原則廃止、でいいんじゃない? あとはあなたの判断だよ。私の願いを聞いてくれてありがとう」

こうして、その年から私のところには、トヨタ自動車からは何も届かなくなった。Yaさんは約束を守ってくれたのである。
私とYaさんの酒飲み話が、メディアの業界浄化に少しでも役に立ったのなら、酒を飲んだ甲斐があったというものである。